第931話 捉術の恐ろしさ

「俺はこの世界に来る前にとある組織を束ねる人間と、手を組んで一つの世界を奪おうと画策していたんだがよ」


 ノックスの世界のきつい酒をがぶがぶと呷るように呑んでいたヌーは、先程まで愚痴を吐き連ねていたが、唐突に話題を変えて来るのだった。


 エイジはヌーの話に耳を傾けながらも内心ではヌーの酒の強さに、驚きを隠し切れなかった。ノックスの世界は娯楽が少なく、食事や酒が娯楽の上位を占める為に酒に強い者が多く、エイジの周りにも酒豪が多かった。しかしそんなエイジから見てもこの隣に居るヌーの酒の強さは、であった。


 ここに来てからまだそんなに時間は経っていないが、既にヌーは一気飲みペースで、延々とノックス世界の酒のお代わりを繰り返している為に、潰れていてもおかしくはない筈である。


 しかし顔がほんのりと赤いくらいで言葉もしっかりしているし、何よりも呑むペースが全然落ちていない。どうやらまだヌーの話は続くような為、空になった皿を前に差し出して、店員に追加をしてくれと促す。


 店員もどうやらヌーの酒豪っぷりを見ていたのだろう。苦笑いを浮かべながら、エイジから空の皿を受け取った後、追加の木のみを大量に追加して皿をエイジに戻した。


「世界征服というやつか? 何とも豪快だな」


 エイジは木のみの注文をしながらもしっかりとヌーの話を聞いて、相槌を打ちながら返事をする。


「ふっ、この世界では珍しいかもしれないが、俺達魔族からすればそこまで珍しい話じゃない」


 エイジの注文した木のみの皿に注がれていたのを目聡く見ていたヌーは、その皿から木のみを一つとって口に放り込む。


 エイジはその様子にふっと声に出してしまった。あまりに自然に横から奪われた為に、思わず笑ってしまい、店員と目を合わせてエイジは笑みを浮かべた。やりとりを見ていた店員も皿を拭きながらエイジに笑いを返すのだった。


 そして二人の会話は進んでいき、やがてはエイジがケイノトの裏路地で見せた、あの不思議な結界の話題になっていた。


「お前が使っていた結界、あれは一体どういう効果なんだ?」


 ヌーはケイノトの裏路地でエイジと出会った時の事を尋ねる。結界の類は、当然これまでのヌーの経験でも扱ってきていた。他者から身を守る為の攻撃を和らげる結界や、単に防御手段として扱うモノではない、単なる感知用の結界。更には結界の外側に情報を漏らさないようにする結界。


 これまであらゆる世界を経験してきたヌーは、これらの結界を見聞きしたり、実際に自分が対象となって結界を経験してきた。しかしこのノックスの世界でエイジの使用した結界は、ヌーにはこれまで経験をしたことが無かったのである。


「町でお主を動けなくさせた捉術の事か?」


 捉術と言われてピンと来なかったヌーだが、町で動けなくされたと説明された事で、その事だろうと判断する。


 ヌーが首を縦に振ると、エイジの目が少しだけ。僅かな一瞬だったが、その一瞬を見逃す程、ヌーは酒に溺れてはいない。即座にヌーは目を『金色きんいろ』にさせた。


「『捉術そくじゅつ』とは、こういったモノだ」


 瞬間、エイジはヌーの目を見たと同時に、ヌーの身体に重しが付けられたような感覚に陥った。


「何だこれは……」


 グラスを置こうとする手すら動かせず、無理に腕力を行使しようとするが、手がぴくぴくと小刻みに動くのみでヌーの想った通りに動かせなかった。


「皆、物心がつく前に自身の力という物に目覚める。そして、その力と共に小生達は成長を遂げて行くのだが、その目覚めた力とは、小生達のような魔法では無く、謂わば魔力では無く小生達が頭に思い描いた事をそのまま現実に反映させる、正に超能力のような力が『捉術そくじゅつ』だ」


 エイジは盛られた木のみを皿から一つとると、その捉術を行使している力を解除する。すると手先が自分のものでなくなったような感覚から解放されたヌーは、グラスの中の酒をテーブルの上に零してしまう。


 エイジの『捉術そくじゅつ』とやらに驚いたヌーは、酒が滴り落ちて来るのも気にせずに、固まっていた。


(この俺が何かされるのを分かっていた状態で、何もすることが出来なかった……)


 術を掛けられてから相手の影響下に置かれた状態で、何も出来なくなったというのであれば、それは仕方の無いことである。あの大賢者だと言っていたエルシスの神聖魔法が、この『捉術そくじゅつ』とやらに近い効力を持っていて掛けられたヌーは動けなかった。


 だが、エルシスの神聖魔法はまだ、掛けられて影響下に置かれる前であれば『次元防壁ディメンション・アンミナ』なり、なんらかの対処を施す事で回避する事が出来るだろう。


 しかし今の隣に居るエイジという人間が、この『捉術そくじゅつ』という術式を使う前の段階で、ヌーは何かをされると理解した上で身構えていた。


 そして『青い目ブルー・アイ』になった瞬間にも、ヌーは『金色の目ゴールド・アイ』を使って注意深くエイジの様子を見ていたのである。


 しかしその状況であっさりとヌーはエイジの支配下に置かれてしまった。その現実に起きた出来事に、ヌーは驚きを隠しきれなかった。


 余りの出来事に酒が自分に向かって零れてきて服を濡らしていくが、ヌーは考え事をやめる事は出来なかった。


 ……

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