第914話 不信感

「どうやら我達が『加護の森」に居た事でお主達の組織の者達は、我達を妖魔と勘違いしたのだろうな。最初に襲ってきた連中は狐の面をつけた連中だった。確かその中に居た『ミカゲ』という男が指揮系統を握っておったように思えたが」


「ミカゲというのは、確かにワシの『退魔組』に属する者達だ」


「我達が森に現れた事で妖魔と勘違いしたのかそやつらが、我達に攻撃を仕掛けてきたのだ。そして我たちは身を守る為に応戦せざるを得なくなり、仕方無くミカゲとやらと戦っていた時に、新手にタクシン達が現れたわけだ」


 ゲンロクはソフィの話を聞いて『退魔組』自体への不信感が大きくなっていった。ミカゲ達が『加護の森』に現れた理由はまだ理解出来る。結界に大きな力を持っている者達が現れた場合、それを確認しに行くのは仕事なのだから逆に褒められる行為である。


 そこで強力な妖魔が生まれていたりしていた場合、成長を経て手が付けられなくなる可能性もあるだろうし、それを未然に防ぐという意味でもミカゲ達は『退魔組』の行動としては決して間違ってはいない。


 当然、ミカゲが手の負えない相手がいた場合『式』を使ってミカゲより強い者を呼ぶことを行うのが必然である。

 『特別退魔士とくたいま』であるタクシンを派遣させる為に行動を起こしたミカゲは間違ってはいない。、そこまではよくやったとむしろ褒めてやりたい。


 ――だが、何故『退魔組』の連中はその事を


 何かあれば逐一にこの里へ連絡を寄こせと口が酸っぱくなる程に現場を監督している『サテツ』や、そのサテツの補佐を務めさせている『イツキ』には伝えてある筈だった。


 このワシに報告するには『加護の森』の事は些細な事だと判断したのか? 『上位退魔士じょうたいま』のミカゲが手に負えない相手が現れて『特別退魔士とくたいま』を派遣させる事態が起きているというのに?


(サテツめがぁっ! 誰が貴様を育てて今の立場においてやったと思っておる!)


 ギリィッと、歯を食いしばる音が周囲に聞こえる程に納得できないゲンロクは、苛立ちを募らせていく。実際にはサテツはゲンロクの里に報告は行っていた。だが、当然その報告はヒュウガまでで止められている為にゲンロクの元にまで届く事は無かったのだが――。


 ヒュウガもようやくゲンロクの様子に気づいたが、今ここでソフィに対してわざとらしく質問をすることは出来ない。下手に口を出してしまえば怒れるゲンロクに、何を追求されるかわかったものではないからである。


 この場はソフィが話を出して、ゲンロクがそれに対して質問を行う。ヒュウガはその状況を黙ってみている他に選択肢をとることは出来なかった。


「ソフィ殿達がミカゲ達と交戦になった事で、手に負えないと判断したミカゲがタクシンを呼んだという事は分かった。どうやら完全に落ち度はこちら側にあったというわけだな……」


 そう言うとゲンロクは、ソフィ達に素直に頭を下げるのだった。


 ソフィはそのゲンロクの姿を見ていたが、演技でも何でも無く、本当に何も現場の事を知らず、今になって把握をしたのだという事が伝わってくるのだった。


 そしてチラリとヒュウガを見るが、こちらは複雑そうな表情を浮かべて、ゲンロクを見ているのが見えた。


(どうやら我達が戦っていたという事までは知らなかったようだが、こちらの男はある程度の情報は、握っていたらしいな)


 そして横に居るヌーもソフィと同じように、ヒュウガの様子を窺っている。ソフィと考えている事が同じだったようだ。


(最初は何の茶番かと思ったが、このゲンロクという者は、ほとんどの事を部下たちに任せて半分は引退の身と言う事か。所謂の立場だという事だな)


 そしてソフィは冷静に『妖魔召士ようましょうし』の組織の内情を分析するのだった。


「いや、構わない。しかし何が起きているかを知る為には、もう少し自分の目で確かめる事をお勧めするぞ、ゲンロクとやら」


「お主の言う通りだ、ソフィ殿。今回のことは非常に教訓になった。早速現状の把握に努めようと思う」


 そう言うとゲンロクは、視線をソフィから入り口に居るヒュウガに向ける。


「!」


 ゲンロクに視線を向けられたヒュウガは、居た堪れない様子だった。


 ソフィはここに来るまで『動忍鬼どうにんき』を無理やり従わせる術式を編み出した目の前に居るゲンロクに苛立ちを募らせていたが、こうして本人と直接接して話を交わした結果、ソフィが思っていたような人間では全くなく、今回の事に関しても本当に本人は預かり知らぬところで行われていたのだと知って、これ以上はもう踏み込むつもりも失せたのだった。


 あくまでゲンロクは人間達を守ろうと術式にしてもそうだが、多くの事に貢献してきたのは理解出来た。その結果、色々と周囲や配下の者達に生み出した物を利用されて、知らず知らずの内に引き起こされた出来事が不幸な結果に繋がっていったのだろう。


 だが彼にも責任がなかったかと問われたら、間違いなくそんな事は無い。それは現場を離れて、あまりにも物事を他人に任せすぎた事である。先程のゲンロクの苛立つ様子を見たソフィは、そこまで他人任せにした結果に怒るのであれば、最初から現場を離れるような真似はせず、本人が真摯に物事にあたらなければならなかった。


 中途半端に身を引いた結果、このように信用する者に利用されてしまった。身を引くと決めたのならば、全てを任せるつもりで認めるか、それが納得いかないのであれば、本人が直接矢面に立つべきなのである。


 もしゲンロクがソフィと親しい者であったならば、この胸中にある気持ちをそのままゲンロクに伝えてゲンロクの年齢を加味した上で、潔く引退を勧告していた事だろう。


 だが、今の間柄ではそんな事を言う資格はソフィには無い。

 それに先程の謝罪でゲンロクという人間は理解出来た。これからの事は彼ら『妖魔召士ようましょうし』側の問題である。


 エイジという『妖魔召士ようましょうし』のように、無理矢理に従わせるような術式を認めないという人間が居るのだから、後はそう言った者の意見に耳を傾けて少しずつ変えて行ければ問題は無いだろう。


 ソフィはこのゲンロクという男ならば、それが出来るだろうと判断したのだった。彼としては仲間が傷つけられない限りは、これ以上口を出すつもりも無かった。


「では、我達はそろそろ失礼しよう。エヴィを探しに行かねばならぬのでな。長々と時間を取らせてすまなかった」


「そういえばソフィ殿はあの少年を探しに参られたのでしたな。ソフィ殿、こちらの落ち度な上に不躾で悪いのだが『転置宝玉てんちほうぎょく』は代々伝わってきたものでしてな? もし会う事があれば……」


「ああ、分かっておるよゲンロク殿。エヴィがもし持っていたならば、直ぐにお主に返させよう。色々とすまなかったな」


 素直に返すと言って謝罪交じりに告げた為、ゲンロクは何やら考え込むようなそぶりを見せた後、再びソフィに向けて口を開いた。


「少年と共にしておった男はイダラマと言う男でしてな。元々は我々『妖魔召士ようましょうし』の仲間であったのだが、どうやら最近はよからぬ連中とつるみ始めておるようで、その者達は『サカダイ』出身のようでして、まだイダラマと行動を共にしておるならば、もしかするとサカダイの町へ向かったのかもしれませんな」


「ほう? では、そのイダラマという男を追ってサカダイとやらに向かえば、エヴィに会えるかもしれぬという事か?」


「もちろん定かではありませんがな。ワシ達もこの後にサカダイに諜報の者を送ろうとしておったところだったのです」


 どうやらソフィ達が青い髪の少年の仲間と知り『転置宝玉てんちほうぎょく』も返してくれるという言葉もあったことで、どうせならば代わりに探してくれるだろうソフィ達には、伝えておいて損はないと考えたのだろう。ゲンロクは『サカダイに居るかもしれない』という情報をソフィに渡すのであった。


「感謝するぞゲンロク殿。我らはそのサカダイとやらに向かってみる事にしよう」


 ソフィがそう言うと、ゲンロクも首を縦に振って頷いて見せる。エイジやヌーは戦闘も覚悟していた為、すんなりと終わりそうな空気になった事でまるで肩透かしを食らったような感覚であった。


「では失礼する」


 ソフィ達はそのまま部屋の外へ出ようとするが、ヒュウガとその取り巻き達はソフィを睨んだまま、扉の前から動かない。


「ヒュウガ、何をしている」


「こ、これは失礼しました。おい、お客様達がお帰りだ」



「は、はは!」


 ゲンロクに睨みつけられたヒュウガは、そう言って大人しく場所を空けると、取り巻き達に外へ案内するように告げるのだった。


「ど、どうぞ」


「うむ、すまぬな」


 そう言って取り巻きの男は先頭に立って、外へとソフィ達を案内するのであった。


 ……

 ……

 ……


 そしてソフィ達が出て行った後、その場に残ったヒュウガに向けてゲンロクは口を開いた。


「どういう事か説明してもらうぞ、ヒュウガよ」


 ソフィ達に向けていた柔和な態度はどこへやら。これまで黙って色々と裏で動いていたであろうヒュウガに対してゲンロクは、現役の頃の顔に戻って恐ろしい形相で窘めるように口を開くのであった。


「も、申し訳ございませんでした!!」


(く、くそがぁっ!このままではすまさぬ!! 今に見ておれ『エイジ』に……『ソフィ』とやら!)


 ゲンロクに頭を下げながらもヒュウガは、ソフィ達に対して胸中では憤懣やるかたない様子であった。

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