第872話 同志だった者達

 イバキがスー達の元に戻ると彼らは、を浮かべながらイバキを出迎えるのだった。


「い、イバキ様!」


「どうしたんだい? 二人組が現れた気配はないようだけど、何をそんなに顔を青くしているの」


「さっきタクシンの亡骸を見た奴ら数人が、恐怖心に駆られてどこかへ行っちまったらしい」


 イバキはミカゲの表情を見て、何かが起こったという事を悟り、その先を促すが代わりに答えたのはスーであった。


「妖魔退魔士が……、逃げた?」


 イバキは信じられないとばかりに目を丸くして、呆れ顔をスーやミカゲ達の前に晒す。


「た、タクシン様がやられたのです。逃げ出した者達の気持ちは分かります。それよりもイバキ様、ここは一旦町へと戻りましょう! 二人組は私の『擬鵺ぎぬえ』の呪詛さえも通じず『特別退魔士とくたいま』のタクシン様でさえ敵わない以上、当初の予定通りにサテツ様に来て頂かなくてはまずい!」


 ミカゲは同志達を庇うつもりなのか、逃げた者達を擁護するような発言をする。そして更にはまだ、二人組とさえ遭遇していないというのに、ミカゲは情けない発言を次々とイバキにぶつけてくるのだった。

 イバキにとっては命がけで妖魔と戦う者達こそが、名誉ある『妖魔退魔士ようまたいまし』と認識していた。


 命を懸けて町の人間達を守るからこそ、少しくらいは横柄な態度を町民達に見せたりする若い退魔士が居ても、自分が緩衝材の役割をして、町の者達からの苦情から隊士を庇ったり、前回のように『妖魔召士』であるエイジを怒らせながらも何とか宥めて見せて『退魔組』の為に体を張って見せた。


 ――しかし今ミカゲと話している後ろから『勝てる筈が無い。』と嘆いて情けない顔を見せる者や『早く町に帰らせろ』と激昂して当たり散らかすように怒鳴ったりする者の声が、イバキの耳に聞こえてくるのであった。


 何も言えずにイバキがその声を脳内で反芻させていると、彼の肩にぽんと手を置かれた。ゆっくりとイバキはそちらに顔を向けると、自分の相方となって長い護衛剣士の『スー』であった。


「イバキ。隊がこんな状態では犠牲が増えるだけだ。コイツらの言う通り、一度『ケイノト』に戻ろうや?」


 その声で強制的に意識を現実に戻されたイバキは、顔を歪ませて唇の端を思いきり噛みしめる。


「先程『ケイノト』の屯所に向けて『式』を放った。タクシンがやられた事は『サテツ』様にすぐに伝わるだろうから、新しい編成を考えてくれる筈だ……」


 そこらかしこから『おお、これで何とかなる』とか『助かった』と言った声が、聞こえてくるのだった。その声でイバキは彼らを同志だとは思えなくなり、ただの雑音にしか聞こえなくなるのだった。


「分かった……。帰ろう」


 スーがイバキの様子を察して優しく声を掛けると、イバキは項垂れるようにしながらも素直に従うのだった。


 しかしイバキの胸中では失意や失望という言葉では、到底足りないほどの感情が渦まき、絶望に支配されるのだった。


 そしてイバキの目の前で自分が同志と呼んでいた退魔士達が、このまま強敵と戦わずにすみそうだと喜んでいたのだった。


(退魔組に入る事を拒んだエイジ殿や、他の『妖魔召士ようましょうし』の方々の方が正しかった。こんな……、こんな奴らが俺の仲間なのか……!)


 呆然としながらいつまでも、を眺め続けるイバキだった。


 しかしこのまま無事に帰れると思い込んだ『退魔組』の者達だったが、そう簡単には行かなかったようである。


 ……

 ……

 ……


 ソフィが崖の前から眺めていた森は『加護の森』の奥の方からは繋がる道があった。そしてその道を通って『退魔組』の逃げた者達は、サカダイが管理する側の森へと入ってしまう。そこは既に『イダラマ』達の結界の内側であり、様子を探っていた彼らの意識に留まってしまうのだった。


「どうやら『退魔組』の連中で間違いが無いようだ。狐の面を被った『退魔士』複数人が、森へと入るのを確認した」


 監視役のイダラマの一派がそう報告すると、イダラマは詠唱を開始する。


 そして懐から一枚の『式札』を取り出して、妖魔の『式』を使役し始めるのだった。


 …………


 ―――


 ……

 ……

 ……

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