第592話 緊迫した尾行

「尾けられているのに、気づいて居るか?」


 イリーガルは自分達を最西端の大陸へ先導する『ステア』には聞こえないくらいの声量で、並走して空を飛んでいるリーシャに声を掛ける。


「三体。いや最低でも四体以上はいますよね? 『漏出サーチ』でも上手く感知出来ていないのですが、あたしよりも魔力値が上なのでしょうか」


 『高速転移』を使って移動をしているリーシャ達は、大魔王領域下限の者達では何があっても追いつけない。つまりこれだけぴったりと追走してくる者達は、最低でもという事である。


 そしてリーシャの『漏出サーチ』といった『魔力を感知する魔法』を使っても探られない追走者は、自分達より魔力が上なのかもしれないとリーシャは懸念を胸にイリーガルにそう告げるのだった。


「どうだろうな。組織の奴らは戦力値は大したことないが、一丁前に魔力が高い奴も多い。もしかしたらお前の言う通り、俺達のあらゆる『魔力感知』方法を掻い潜っているのかもしれないな」


 『煌聖の教団こうせいきょうだん』は単なる戦力値でいえば『最高幹部』クラスでもなければリーシャ達の強さには遠く及ばない。しかし教団の多くの大魔王は『対魔族』に対して『特効』を持つ『神聖魔法』を使える者が居て、面倒な事に魔力だけは大魔王の上位にも匹敵するのである。


 戦闘となればリーシャ達の敵では無いだろうが、こういった風に尾行のような真似をされた場合、リーシャやイリーガルといった接近を得意とする『大魔王』では『魔力』を上回られて感知出来ないのである。


「それにな。お前は知らないだろうが、この世界とは違う世界の『魔法』には『魔力』だけでなく姿を完全に隠す魔法もあるらしい。もしかすると奴らは『それ』を使っているのかもしれないぞ」


 その魔法とは、かつて『魔王』レアがこの世界に初めて訪れた時に、ソフィ達を前にして姿を隠す時に使った魔法『隠幕ハイド・カーテン』という大魔王『フルーフ』が編み出した『であった。


(※第368話『フルーフを探しにアレルバレルの世界へ』)


「イライラしますね。あたし達『九大魔王』全員が揃っている時は、こんな尾行なんてフザけた真似なんかしてきた事なかった癖に……」


 ソフィの魔王軍や九大魔王全員が健在だった『アレルバレル』の頃は『煌聖の教団こうせいきょうだん』の連中は魔王軍を恐れて逃げ回っていた。このように九大魔王達の背後をつきまとう素振りなど、一切見せなかったのである。


 どうやらソフィと魔王軍が、長らくこの世界から離れていた事で『煌聖の教団こうせいきょうだん』の者達を調子付かせてしまったようであった。


「今は堪えろ。そして用心だけはしておけよ。俺達の任務はあくまで前を行っているステア殿と、その仲間達を中央大陸まで無事に護衛する事なのだからな」


「はい。分かっています。こっちからは仕掛けませんが、奴らが攻撃してくるようなことがあれば、全員地に伏せさせてやります!」


 『神速』の異名を持つ『リーシャ』は『』を纏いながら、決意を込めるのであった。


 ……

 ……

 ……


 ステアを護衛する『イリーガル』達を一つ分程の大陸程の距離を保ちながら『リザート』達は尾行し続ける。


「ん?」


 リーシャが『』を纏った事で魔力と戦力値が少しだけ上昇した事を感知した『リザート』は眉を寄せる。


(こちらの尾行がバレたか? いや、ヴァルテン殿が『レパート』の世界から持ち帰ったこの『隠幕ハイド・カーテン』という魔法は、完全に魔力を隠す事が出来る筈。流石に戦闘を行う程に派手な事をしなければ、まずばれる事はないと思うが)。


 しかし今尾行している者達は九大魔王である為、絶対にバレないという保障はない。

 『九大魔王』はどの魔王も侮れない力を持っているからである。


(どうするか、尾行がバレていたならば、我らが誘い込まれている可能性がある。一度ネイキッド様に、伺いを立てた方がいいか……?)


 今リーシャ達を追尾している者達は、本隊の隊長であるリザートと『本隊』の者達である。本隊の者達は別世界の精鋭達より遥かに上位に位置する大魔王達で組織された部隊であり、それぞれが『大魔王中位』以上の強さを持つ。


 そしてその隊長である『リザート』もまた、大魔王領域の上位の下限程の強さを持っているが、自分達が追尾している魔王軍の大魔王達は、そんなリザート達を一蹴する程の戦力を持っている。万が一戦闘という事になれば、この人数ではどう足掻いても勝てない。


 せめて何を目的に移動をしているのか突き止める事が出来れば、今すぐにでも引き返すのが、得策と言えるのだが、まだ何も成果を得ていない状況で戻るわけにもいかない。


(しかし戻ったところで返ってくる言葉は『追尾を続けろ』と言われるだけだろう。何か分かるまで危険でも追い続けるしかない……!)


 尾行を続ける『本隊』の者達も『リーシャ』の『』での戦力値の上昇に気づいており、どうするのかと『リザート』の方をちらちらと見て指示を仰ごうとしている。


 リーシャの苛立ちから使われた『』は、奇しくも後を追いかける『リザート』達に迷いを生じさせる成果をあげるのだった。

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