第534話 もしかしたら

 ソフィは屋敷に戻った後に『ディアトロス』の言葉を重く受け止めて、再び『レパート』の世界の『ことわり』を復習していた。


 当初ユファに教わっていた頃とは、比べ物にならない程の成長を遂げており、今ではもう『超越魔法』位階程度の魔法であれば『アレルバレル』の世界の『ことわり』と遜色のない程であった。


 二つの『ことわり』を扱えるようになってきた事で、ソフィは『ことわり』以外にも『魔』の可能性を考え始めていた。そしてやはりここでも一つの発想へ辿り着く。


 それはレキが使っていた『魔瞳まどう』であった。

 ソフィは何度同時に発動させようとしても『レキ』のような効力を起こせず、別世界の『ことわり』のように何かや大事な仕組みが関係しているのだろうと結論を出した。


 無い物ねだりをしても仕方がなく、使えないという事は今はまだその時ではないのだろうと、強引に頭から振り払うように『ことわり』の研鑽をしているのだが、やはりレキに使われた時の感覚を忘れられずに再び考えてしまうのであった。


 そもそも『二つの魔瞳』もレキのみの固有魔法のようなもので、他の世界の魔族だからとかは。しかしそれでも気になって、気になって仕方のないソフィであった。


「いや、これは困ったな。こんなにも全く他の事が手につかぬとは思わなかった」


 屋敷の庭でブツブツと独り言ちて、研鑽を積みながらソフィは溜息を吐くのだった。


 しかしソフィが戦闘面に関して、こんな風に思い悩む事は今まで一度もなかった事である。レキとの新たな出会いは確実に『ソフィ』に変化を及ぼしていた。


 そしてこの思い悩むという出来事がソフィにとってはとても新鮮であり、没頭の出来る魅力でもあった。悩みはしているが何処か楽しくて仕方がないのである。


 ――ソフィはこの世界に来た事で、確実に強くなっている。


 元々『アレルバレル』の世界に居た頃から誰よりも強く、数千年間成長というものとは無縁の生活を続けてきたソフィだったが『リラリオ』という世界に跳ばされたことで『レパート』という世界の『ことわり』の存在を知り『』を使うレキと出会い『魔瞳まどう』や『創造羅移界クリエイト・トランジ・ワールド』といった自分以外のの『固有魔法』を扱う者を知った。


 それは『アレルバレル』の世界に居続けていたら、知りようのなかった新たな境地。そして確かな充足感であった。


 ――ソフィはもしかしたらと。彼の願望をこの世界に来た事で叶うかもしれないと考えるのだった。


 ……

 ……

 ……


 その頃リディアは『エルシス』に修行を見てもらいながら、石に魔力を込めようとしていた。


「駄目だな……。どうやって自分の魔力を注ぐ事が出来るのかまるで検討もつかん」


 エルシスに渡された少し大きめの石を手に取り、直接魔力を込めようとしたり、少し離れたところから集中して『金色のオーラ』を纏って魔力を送ろうとしたりと、色々と悩みながら試し続けるが、全く自分の魔力を『』へと移すようにして石に『魔力』を付与しようとしているが、出来ないのであった。


 どうやら刀はもう『リディア』の身体の一部のようになっているのだろう。石は刀と違い同じように魔力を込めようとするが何も起きそうになかった。


「どうやら、今日はここまでのようだ」


 リディアの様子を見守っていたエルシスだが、唐突にそんな事を言い始めた。


「何だと?」


「こちらにも少し事情があってね。続きを見てもらいたいと思うなら、明日またこの場所へまた来なさい」


 そう言うとエルシスは『リディア』の居る場所とは違う場所を見ながらゆっくりと歩いていく。


「お、おい! ちょっと待て! 嘘だろう!? こ、こんな中途半端な状態で見捨てるつもりか貴様!?」


 リディアが慌ててその後を追いかけて『エルシス』の肩を掴むが――。


 しかし振り返って見せた『シス』の顔は、同じ顔だというのに何故か『リディア』は、先程までの教えてくれていた『エルシス』とは違うと思うのだった。


「は? な、何なんだお前は……」


 どうやらエルシスは再び裏へと消えて、表にシスが出てきているようだった。しかしそんな事情がある事を知らないリディアは、全くエルシスと違うシスを本能で感じて戸惑う。


 そしてシスが何かを言おうと口を開きかけた時、シスの歩いていこうとした先から何かが走ってくるのが見えた。


 ――どうやらこちらに向かってくるのは、ラルフの師匠だとかいう魔族の『ユファ』であった。


「あ、あんた!! こ、こんな所に、何をしようとしていたのよ! ラルフに手を上げた上に、シスにまで手を出そうとしたのね!?」


 ユファは『』を纏いながら突然意味不明な事を言って、リディアに攻撃を仕掛けてくるのだった。


「ちょっと待て! 俺がこいつを連れ込んだのではなく、こいつにここまで連れてこられ……」


「はぁ? シスがそんな事をする筈がないでしょう! 言い逃れしようとするなんて、見損なったわ! あんた、本当に何を企んで……!!」


「ち……っ!」


 かなりの力が込められたユファの拳を躱して感じたが、どうやらこの女は本気で怒っている様子らしい。


「くそ! 何て女だ、ちょっとはこちらの話を聞きやがれ!」


「アンタこそ………ッ! シスに手を出そうというのなら容赦はしないわ!」


「は? ば、馬鹿かお前は!」


「な、何ですって……!」


 人の話を全く聞かないユファに、リディアは苛立ちを見せながらもこの場を離れた方がいいと判断するのだった。


 そして視線を感じてリディアがシスを見ると、少し申し訳なさそうにしながらシスは頷いて見せる。どうやらシスもまたこの場は直ぐに離れたほうが良いと、リディアに教えてくれているようだった。


「お前はもう少し人の話を聞くという事を覚えておけ! 難儀でしょうがない!」


 そう言って金色を纏いながら大きく飛翔して、その場からリディアは去っていった。


「待ちなさい!」


 リディアの捨て台詞に納得のいかなかったユファは、後を追いかけようとするが、そのユファの肩を掴むシスだった。


「ヴェルが待ちなさい!」


「え? し、シス!?」


 大丈夫だった? と聞こうとしたユファの額にシスからチョップが振り下ろされる。


「あいたぁ! な、何をするのよ! 私は貴方が心配で……」


「はいはい。まずは私の話を聞きなさい!」


 ――この後に怖い顔をしたシスから、詳しい事情を聞く事になるユファだった。


 ……

 ……

 ……

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