第472話 アレルバレルのもう一人の化け物

 シスの放った『終焉エンド』によって『アレルバレル』の魔界全域は闇に包まれている。しかし直接的な効力に関しては、この魔法の発動者であるシスが、その完璧な魔力コントロールを用いて大賢者ミラ達のみに効果範囲を絞っているため、この世界の崩壊の心配はない。


 しかしこの破壊に特化した魔法は膨大な魔力を必要としており、あの『概念跳躍アルム・ノーティア』以上に再現するのは難しい魔法である。


 『九大魔王』に名を連ねる破壊の代名詞『ブラスト』や、その『九大魔王』筆頭である『ディアトロス』であっても使えはしない。


 この魔法の詠唱者の『魔力』如何によっては、その星に生きる全生命体すら死滅させる事も可能だといわれているこの『魔法』は、』以外は使えないと、この数千年間に渡って思われていた。


 だからこそミラはソフィを別世界へと追いやって、自分達の確実な生存方法を選択した。しかしまさかようやく作戦が成功した矢先に別の存在が、突如現れてを発動させるとは思わなかった。


 だが、この魔法を調べに調べ尽くしたミラは、目聞きした事で研究は続けてきたために『終焉エンド』に対する対応策は色々と知っている。


 まずこの魔法の規模だが、今シスが放った『終焉エンド』程度であれば『星が破壊される事全生命体の死』はないと言っていいだろう。


 更にこの『終焉エンド』は『ソフィ』程の魔力から放たれたわけではないが故に『神域魔法』を耐え得る程の『耐魔』を持ち合わせていれば、魂を抜き取られるまでの猶予はある。


 次にそれは発動者であるあの魔族が知っていて使ったという事である。つまりこの魔法で勝負を決めようとは思ってはいないのだろう。


 つまり奴の目的とは、先程私自身が考えた事を実行させる事だろう。

 誘導されたのは分かってはいるが、ここでその選択肢を取らなければ、待つのは確実な『』である。


 確かに『』は何度でも替えがきくが、流石にを対象にされた場合は話が変わる。ミラはそう考えて、誘導されている事を理解した上で『シス』を狙わずにはいられないだろう。


 心の中で舌打ちをしながら『ミラ』は『ルビリス』達に視線を送る。

 まだ若干驚いている様子だった彼らだが、流石は私が選んだ者達である。すでに動けるくらいには、精神が落ち着いているようだった。


 ――これならばあの『シス』を倒して、この魔法の効力を消失させる事も難しくはないかもしれない。


 対象者がいなくなっても一度放たれてしまった『魔法』が消える事は無いが、そんなモノはこのであればどうにでも出来る。問題はそのシスをこの場で倒す事が出来るかどうかにかかっている。


「……お前達よく聞け。私と一緒にあの『シス』とかいう女を最優先で狙い倒すのだ。九大魔王の連中である『イリーガル』や『小娘』。それにもうあの爺すら無視しろ」


「分かりました」


「御意」


「まぁそれしかないだろうな。優先順位を間違えたら、死ぬのは間違いないだろうよ」


 大魔王『ハワード』でさえ、渋々と言った様子で頷き、全員の合意が取れた事を確認したミラは、シスを倒すために動き始めるのだった。


 …………


「……」


 シスはようやくこちらに向けた『ミラ』達の視線に苦笑いを浮かべた。


 ――あまりにも判断が遅すぎる。


 にも拘らず、あの大賢者ミラとかいう『組織』の総帥とやらは、ここまで時間が掛かった。


 私と戦った大魔王ソフィは。私を破って見せたソフィは、


 ――そしてこの私を成長させてくれた友人『』はもっと偉大だった。


 シスは右手で『終焉エンド』のコントロールを続けながら、空いている左手で『神聖魔法』の準備を始める。


 ――最後まで私は彼の願望を叶えることは出来なかった。後悔なく逝けたと思うが、心残りはを叶えられなかった事。


 ――神から与えられし贈り物。

 その贈り物は人間や魔族に拘らず平等に与えられる物。


 私がその贈り物を受け入れたのは、私が寿命を迎える最後の時まであの『ソフィ』が私に期待を抱き続けていてくれたから――。


 本当にすまなかった。我が友ソフィよ。長い間待たせてしまった。

 だがこういう形ではあるが、再び『生』を受けたからには、人生に彩りをくれた我が友にこれからは私の意識が続く限りに『』を返させてもらおう。


 大賢者『ミラ』の『神聖魔法』の補助を受けたルビリス達が、一気にシスに肉薄して攻撃を開始する。


 すでに『アレルバレル』の世界でも『トップクラス』の強さを持つ組織の者達。

 その彼らが更に総帥であるミラの『神聖魔法』によって強化されており、九大魔王であるイリーガルや、リーシャ達にとっても脅威的に映る速度だった。


 それでも『金色の体現者』である彼らの反応速度は大したものだった。

 普通の『真なる大魔王』程度であれば、シスに近寄ってくる者達の姿すらその目に映らなかっただろう。


 だがリーシャやイリーガル達が、接近を許した『組織』の幹部達相手に戦闘態勢をとる前に、すでにシスは行動を開始していた。


 金色に変わったシスの目は、恐るべき速度で近づいてきた者達を目で射貫く。

 次の瞬間には『ミラ』によって補助の強化を受けていたルビリス達の状態が通常のモノへと強制的に戻された。


 そしてシスが左手を前に突き出すだけで、三体の幹部達は全員吹き飛ばされた。

 シスと彼らの間に『距離』が出来た瞬間に、シスは高速詠唱を始めていく。


 『アレルバレル』の刻印が刻まれた魔法陣が出現したかと思えば、即座に一つの魔法がすぐに完成する。


 だが、まだ『スタック』状態のままの魔法は発動せずその場に残る。


 現在発動しているシスの魔法は『終焉エンド』。

 『スタック』待機状態の魔法が一つ。


 シスはその状態のままで動かずに相手の出方を窺っている。

 これは本来人間の賢者達の戦い方であり、前衛や後衛の戦い方を一人で何でもこなす『魔族の戦い方』にしては、相当に珍しい光景であった。


 だが、は、その戦い方に否応なく反応してしまう。


(『終焉エンド』で全体を強引に支配しつつも自分の周りに魔法を設置して、自らは動かずに相手の行動を観察しながら『後の先』を取れるように待つ。こんな卓越した『魔法使い』の戦い方をする奴が本当に『リラリオ』の世界の出身の魔族なのか? あの世界の魔族はかなり遅れていると見ていたが、こんな『魔』の先進的な世界に居るような魔族と、同様な戦い方をする者も居るものなのか)


 あらゆる世界を見て回ってきたミラにとって『アレルバレル』の世界以上に手強いと感じた世界はなく『リラリオ』の世界はその中でも特に『』世界』感じていた。


 別に『アレルバレル』の世界以外の世界を手中に収めようという気が無いミラにとっては、どうでもいいと思っていた世界ではあるが、こんな魔族が当たり前のように出てきたとなれば、今後は無視が出来ないだろう。


 ――だが、今の問題はそんな事ではない。


 ミラは遠目からシスの魔法の『発動羅列』を読み取りながら、徐々にまさかという感情が芽生えつつあった。


 今はまだ魔力が込められていないために、発動はしていないがあの魔法も当然のように『神聖魔法』である。


 それもただの『神聖魔法』ではなく、彼が崇拝している『大賢者エルシス』の最高峰と呼べる魔法であった。


 『発動羅列』の半分を読み切った時点で、ミラは驚愕に目を丸くしながらも行動を開始する。


「……駄目だ! お前達今すぐに引け! の『軍勢』がやってくる!」


 ミラの声が響き渡りルビリス達の元へ届いた頃、シスは魔力回路から魔法へと供給を開始して遂に『スタック』の待機させていた『魔法』に『魔力』を灯して発動させる。


 『金色に光る左手』を上空へ掲げるように上げると、天を指差すような仕草を取り始める。


 ――神聖魔法、『聖者達の行軍マーチオブセイント』。


 ――次の瞬間。白い装束に白い鎧を纏いながら、白い兜に包まれて長い槍や大きな剣を持った騎士の軍勢が魔法によって、魔法陣を媒介に次々と出現し始めていく。


 どうやら白装束の騎士達の数は『シスの魔力』に影響するようであり、この場にまだまだ増え続けて行く。


 ――既にその数は、凡そ百を越え始めた。


「な、何ですか、こ、これは……!?」


 リベイルは驚愕の声をあげるが、それも無理はない。


 騎士達の一体一体から漏れ出る戦力値に魔力値が、のである。


 これらの白騎士は『シス』が自身の『魔法』で生み出した『幻朧の軍勢』であり、彼らは『シス』の『魔力』が尽きるまで、何度倒して見せようとも永遠に蘇って詠唱者であるシスの敵を滅するまで攻撃を行い続ける――。


 ――この魔法の名は『聖者達の行軍マーチオブセイント』。


 大賢者『エルシス』が生み出した、多人数対策の『』半ば反則技と言っていい『神聖魔法』のと呼べる『魔法』である。


 複雑な『発動羅列』を必要として、膨大な『魔力』を費やし続けながらならず、わざわざこの魔法を覚えようとする者は『


 そして今この魔法を体現しているただ一人の元人間。

 大賢者ミラの前でそのミラよりも遥かに練度の高い『聖者達の行軍マーチオブセイント』を彼はみせつけられたのであった。


 それも恐ろしいところは、このが『』で行われている事である。

 左手一本でこれだけの大魔法を使用しつつ、右手は変わらず大魔王ソフィの『終焉エンド』を発動中なのである。


 ――どれだけの『魔力コントロール』と膨大な魔力が必要な事をやっているというのだろうか。


「こ、こんな芸当が出来る者が、彼を除いているわけがない!!」


 ――あの女は大賢者『』で間違いない。

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