別世界の『理』編

第446話 二つの世界の魔法の理

 ソフィがサイヨウ・サガラと話を終えて屋敷に戻ると、リーネ達が出迎えてくれた。


 まだレアは眠りについたままだと言うが、どうやら命に別状はなく安静にしていれば時期に目が覚めるだろう。


 リビングで一通りリーネ達と話した後にソフィは、ブラストを連れて自室へと戻ってきた。

 話があると言われたブラストは、真剣な面持ちでソフィの言葉を待つ。


「ブラストよ、我は一刻も早くアレルバレルへ戻らねばならぬ」


「分かっております! 組織の連中はこの手で破壊せねばなりますまい」


「問題はどうやって『アレルバレル』の世界へ戻るかなのだがな……」


 そこでソフィは大きく溜息を吐いた。


「違う世界の『ことわり』を覚えて、フルーフの使う魔法を覚えるのが一番早いと思うがどうだ?」


 ブラストは頷く。


「……ユファですか?」


 フルーフと同じ世界出身で『概念跳躍アルム・ノーティア』を扱える者は、ソフィの配下に現在二人居る。


 一人目は『フルーフ』から寵愛を受けて育ったフルーフの娘『』。

 そしてもう一人は『九大魔王』として、ソフィの配下となった『』である。


 別の世界の『ことわり』は、ある程度の波長が合う簡単な魔法であれば、僅かな期日で覚えられる事があるが『概念跳躍アルム・ノーティア』は少なくとも数千年は覚えるのに、時間を要する程の『時魔法タイム・マジック』であろう。


 しかしそんなに時間を掛けてはいられない。


 『アレルバレル』の世界では今もディアトロス達が組織の連中と戦い続けているだろう。


 ソフィは死ぬ気で魔法を覚えるため、ユファとレアから直接『ことわり』を学ぶ決心をするのだった。


「しかしこうなると分かっていれば、あの時のマジックアイテムを『イリーガル』達に渡さず、全て私が持っておくべきでした」


「何? お主をこの世界に飛ばしたマジックアイテムは、他にもまだあるのか?」


「ええ。ディアトロス殿を救い出す時に、城の一室に厳重に『結界』が張ってある部屋がありまして、そこに私をこの世界に跳ばしたマジックアイテムが『』ほどありました」


「組織の者達が生み出したマジックアイテムなのかもしれぬな。それで残りは『ディアトロス』達が持っておるのか?」


「そうです。しかし皆効果は分かっては居ないでしょう」


 分かっていればすぐに伝えて使わせるところだったが『念話テレパシー』が通じない別世界ではどうする事も出来ない。


「それこそ『ユファ』に『アレルバレル』の世界へ跳んでもらって、ディアトロス殿達に伝えてもらうというのはどうでしょうか?」


「いや、それはだめだな『ディアトロス』程の魔王を捕まえる程の奴らだ。ユファやレアを単身で向かわせるのは危なすぎる」


「……そうですね。しかしやはりそうなると『ことわり』を理解せねばなりませんな」


 ソフィは『ことわり』を覚えるという発想は持っていたが、時間が掛かりすぎると諦めて他の選択肢を探っていたが、サイヨウが言っていたの言葉を受けて、実践しようと試みるのだった。


「明日一番に我は『ユファ』の居る『レイズ』魔国の方に向かうが、お主にその間この屋敷を頼みたいのだが……」


「勿論構いませんよ、ソフィ様! 万が一あのが来たとしても私が破壊して見せましょう」


「頼んだぞ」


「御意!」


 …………


 話し合いを終えた後、ブラストは自室へ戻っていった。


「簡単にはいかぬだろうが、何もしなければ始まらぬからな」


 ソフィは『レパート』の『ことわり』を覚える決心をするのだった。


 次の日の朝。早速ソフィは『ユファ』に『念話テレパシー』を飛ばして、時間を作ってもらい事情を話すのであった。


 ユファはソフィの事情を聞いて、快く引き受けてくれた。


 そして現在はレイズ城の最上部にある『シス』の部屋に集まるのだった。


「いきなりですまなかったな」


 ソフィはユファとシスにそう言うと、笑みを向けてくれた。


「気にしないで下さい。それにしてもあの子が襲われたというのは驚きました」


 ソフィはユファに心配はないと前日に伝えておいたが、それでもユファはその場に居なかった事で悔しさを顔に滲ませていた。


「組織の者達はどうやら我が『アレルバレル 』へ戻るのを何としても防ぎたいようだな。そのためにお主やレアのように『概念跳躍アルム・ノーティア』を使える者達を狙っていると我は思っている」


「成程。しかし『概念跳躍アルム・ノーティア』は同じ『ことわり』を扱う『レパート』の世界の私達でさえ覚えるのが難しい魔法です。


 ソフィ様達『アレルバレル』の世界の方達が、私達の世界の『ことわり』を覚える事は相当の時間を要すると思います」


 ユファは本音をソフィに告げる。


「それも分かっておる。まずは一度『レパート』のことわりで簡単な魔法を使ってみてくれぬか?」


「ええ、分かりました」


 そう言うと『ユファ』は『レパート』の『ことわり』を使って、中級魔法の『炎の連矢ファイアーアロー』を発動させる。


 ソフィは発動された魔法より、その前過程の『ことわり』を生み出す刻印に注目する。


「全く字が読めぬ上に、費やす魔力から魔法の発動までが全然違うのだな」


「そうですね。魔力回路に魔力を供給する点までは同じなのですが、発動までの段階が違います」


「ふむ。続けてくれ」


 ソフィの先を促す言葉を聞き、ユファは頷く。


「まず『魔法』を発動するための魔力回路に魔力を灯すイメージは変わりません」


 そう言って再び右手に魔力を集約させて、ユファは魔力回路に魔力を灯し始める。


「この時点で魔力回路に魔力がある状態ですが、ここで『レパート』の『ことわり』では、、先に頭に使う魔法を思い浮かべます」


「ふむ……」


 この時点で『アレルバレル』の魔法の発動の仕方とは大きく変わっている。

 アレルバレルの世界の『ことわり』では、魔力回路に魔力を灯した後に自身の周囲に供給した魔力を空気に交わらせて、魔法発動までの道筋を作る。


 自身の魔力を魔法発動の潤滑油として扱い、周囲の空気と混ぜ合わせた後に全身に魔力を行渡らせて最後に使う魔法をイメージする。


 順序が何から何まで違う上に、どうやら『レパート』の『ことわり』では、先に魔法を思い浮かべるため、魔力の維持をどの場所で待機スタックさせるかが難しい。


 ここに火力増強などを目的とした『詠唱』を始めるとなると、魔力の行き場で更に悩む事になるだろう。


「頭にイメージした魔法を具現化させるため、魔力回路から魔力を少しずつ開放して自らの使う魔法のイメージを詠唱に乗せながら、全身に魔力を行渡らせます。そして魔法発動の準備が整った後に狙う箇所を見定めて放ちます!」


 ――中位魔法『炎の連矢ファイアーアロー』。


 ユファは室内で放った炎の連矢を発動と同時にすぐに消し去る。


「……ひとまず『レパート』の基本の『ことわり』を使った魔法は、こういった発動の仕方となります」


 ソフィはユファの言葉に、頷きを見せる。


 聞いているだけであれば、そこまで難しくはなさそうに見えたためにソフィは、今度は自分が使うという合図をユファに送る。


「そうですね。ではまず私が『結界』を張りますので、結界内で超越までの魔法を色々試してみて下さい」


「うむ、分かった」


 ソフィはユファに言われた通りに、レパートの『ことわり』の順序を口に出しながら発動してみせる。


「まず魔力回路に魔力を供給する。そして使う魔法を先に頭で思い浮かべ……」


 しかしそこでソフィは無意識に魔力回路に供給した『魔力』を周囲の空気に交わらせてしまう。


 ――ユファはそこで誤りに、都度訂正をせずにそのまま成り行きを見守る。


「そしてイメージした魔法を具現化させるため、魔力を開放して詠唱をしてそこで『スタック』させた我の魔力を魔法に乗せる……」


 ――中級魔法、『炎の連矢ファイアーアロー』。


 ソフィの魔力によって生み出された魔法は、成功してユファの結界に閉ざされて消えた。


「むっ? 失敗か……」


 魔法発動時の魔法陣の刻印は、アレルバレルの『ことわり』を用いた刻印だった。


「そうですね。失敗の原因は魔法を脳内で浮かべた後に、ソフィ様の『魔力』が周囲に漏れ出ていた事が原因で、レパートの『ことわり』の条件より、アレルバレルの『ことわり』の条件が優先されて発動されたようです」


 同じ規模の魔法、同じ魔力で発動出来る同一魔法であっても『ことわり』が違えば、その世界の特色が出て刻印に刻まれる。


 『レパート』や『リラリオ』の世界であれば、中位魔法として発動される『炎の連矢ファイアーアロー』だったが、ソフィの発動した『炎の連矢ファイアーアロー』は、アレルバレルでいう『中級魔法』として発動されてしまった。


「何千年も無意識に魔法を使ってきた経験が邪魔をしておるな。簡単な仕組みだと思ったが、染みついた魔法発動を変えるのは難しい」


 ソフィは『ことわり』の違う魔法の発動が、予想以上に難しい事に気づき表情を曇らせる。


 奇しくも今ソフィが悩んでいる事は、数千年前のレアが精霊族を滅ぼす前に悩んだ事であった。


 この世界に生きる魔族達は、当然リラリオの精霊族の『ことわり』でしか魔法を使う事が出来なかった。


 だからこそ『精霊族』を滅ぼすとなると『ことわり』そのものが消えてしまい、この世界では、魔法を使えなくなってしまうのと同義であった。


 レアの世界の『ことわり』を一から教えるには膨大な時間を要する。

 だからこそ、過去のレアはこの世界の精霊族に報復をするか、それともこの世界の魔族達のために、精霊族を生かしておくかの二択に迫られてしまったのであった。


(※第330話『同胞の魔族の為に悩むレア』)


「そうなんですよね。一からその世界の魔法を覚えるのと、元々使っていた『ことわり』とは別の『ことわり』を使った魔法では全く別物となりますし、今はまだ簡単な魔法ですから、発動自体は練習すれば、すぐに扱えるようになるとは思いますが、これが『超越魔法』や『神域魔法』更には『時魔法タイム・マジック』と難度が変わっていけば更に集中や意識が変わります」


 戦闘中に使う魔法でなくても『ことわり』が変わればこれ程難しいのだ。

 相手が居て戦いの中で、知略や相手との距離感を測りながら、戦うともなれば『ことわり』が違う世界の魔法はどれ程に難しいだろうか。


 ――ユファが『シス』を天才だと思う点の一つはここであった。


 シスは戦闘中に無詠唱で複数の魔法を扱える。

 それだけならば、膨大な魔力を持っている彼女だからこそ出来るのだと判断ができるが、実際にはそれだけではなく、その同時に複数の魔法を扱う時に、世界の違う『ことわり』が交ざった魔法を、同時に扱っているのである。


 ――そんな事は如何に膨大な魔力を持つ魔族であっても難しい。


 『最強』の大魔王であり、膨大な魔力を持つシスと比較しても遥かに上を行くソフィであっても、初めての試みからスタートする以上、慣れるのには時間が掛かる事は否めない。


「ユファよ、一度お主の『概念跳躍アルム・ノーティア』を我らの世界の『ことわり』で発動してみてくれぬか?」


 ふとソフィはユファに『アレルバレル』の『ことわり』を用いて発動して貰う事を思いつく。


「……すみません、【概念跳躍アルム・ノーティア】は『炎の連矢ファイアーアロー』のように簡単な魔法ではないために私では不可能です。フルーフ様が居れば『概念跳躍アルム・ノーティア』の魔法を別世界の『ことわり』用に作り替えて、一から『魔』の構築をし直す事が可能なのでしょうが『概念跳躍アルム・ノーティア』を使える私でも流石に、別の『ことわり』に置き換えて使う事は出来ません」


 単に同じ魔法を別の世界の『ことわり』で、発動するわけではないため、ユファにあっさりと難しいと告げられてしまうのだった。


「そうなのか。ではやはり我が『レパート』の『ことわり』を覚えて順序良く覚えて行くしかないか」


「すみません。私がもっと強ければ……」


 ソフィの期待に応えられなかったユファは俯きながら申し訳なさそうに謝罪する。


 どうやらユファは自分が『九大魔王』としてもっと、相応しい力を有していれば『アレルバレル』に残っている仲間達に伝達に行けるのにと考えるのだった。


「何を言うか。決してお主のせいではないのだから、謝らなくてよい」


「はい……」


 少しの沈黙の後に再びソフィ達は、魔法の練習に取り掛かるのであった。


 ……

 ……

 ……


 初日の練習を終えたソフィとユファが屋敷へと戻っていった後、シスはユファの世界の『ことわり』の説明を思い返しながら自身も魔法の練習をするのだった。

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