第270話 大魔王達が恐れた化け物

 再びソフィに殴り飛ばされたレアは、先程とは違い他の事は考えられなかった。今レアの頭の中は、ソフィに対する恐怖であった。


(怖い……! 怖い、こわい、こわい、コワイ、コワイ……!!)


 戦力値40億を越えるレアだからこそ先程の邪悪な笑みを浮かべた、の力を感じ取ることが出来てしまった。


 ――あれは自分ではどうする事も出来ない化け物だ。


 レアは吹き飛ばされながら戦意が喪失していく。


(あの化け物には、私がいくら強くなっても無駄だわ。無意味よ……!)


 気付けばレアは飛ばされていた身体を起こし、無意識にを使おうとしていた。


 ――『概念跳躍アルム・ノーティア』の魔法である。


 それは生き物としての本能だったのだろう。


 しかしレアがその魔法を成立させるには余りにも難易度が高い。


 ――それは何故ならば大魔王ソフィが、


「逃さぬ」


 『金色』の目をしたソフィが強引に『概念跳躍アルム・ノーティア』を発動しようとしていたレアの魔力をかき消す。


「ヒ……ッ!!」


 レアは一瞬で肌が粟立ち、カタカタと歯を鳴らしながら、突然目の前に現れた化け物を見た。


 まさに恐怖にとりつかれるとはこの事なのだろう。今まで味わった事のない感覚がレアを襲う。


「先程の力はよかったぞ! 実に! 実に実に! 我を脅かすか『魔王』レアよ!」


 その言葉を発した次の瞬間、青と紅のオーラが大魔王化をしているソフィの身体を包み込む。大魔王化を果たして26億という戦力値だったソフィだが、今はもうそれすら比較にならない。


 【種族:魔族 名前:ソフィ状態:二色のオーラの併用

 魔力値:38億4000万 戦力値:156億 所属:アレルバレルの王】。


 ……

 ……

 ……


 ヴァルテンを取り逃がしはしたが、勝負には勝ったキーリ。


 しかしあの鬱陶しいまでに生に執着していた魔族は、このままで終わるとは思えなかったキーリは、魔力探知で辺りをくまなく探していた。


 そんな時である――。


 龍族の始祖であるキーリの戦力値を大幅に上回るソフィの力を感じ取った。


「な、なんだこの馬鹿げた魔力の塊は!?」


 今のキーリではソフィの正確な戦力値は測れはしないが、頭が痛くなるほどの力を感じることは出来る。


 先程まで戦っていたヴァルテンや、そのヴァルテンを追い払った自身の戦力値とは比べ物にならない。


「……は、ははは……、レアも難儀な奴に噛みついたもんだ。こんな化け物に勝てる奴なんてこの世にいねぇだろ」


 ――あまりにも桁が違いすぎるのだ。


 こんな化け物に最後まで敵対していたら、彼女たち龍族は


 心の底から本当に心の底からキーリは、ソフィの配下となる事を決断した、のであった。


 ……

 ……

 ……


「あ……、ああっ! フルーフ様ぁっ!!」



 ――神域魔法、『凶炎エビル・フレイム』。


 ソフィの表情、ソフィの圧力、ソフィの嗤いに追い立てられたレアは、先程と同じく自身の出せる最高の技を以て恐ろしい化け物を遠ざけようとする。


 『魔王』レアの放つ黒き炎は『魔族』『人間』『魔人』そして『龍族』であっても、この世界において耐えられる存在は非常に少なかったであろう。


 しかし数多あるの中でも、高い戦力値を持つ魔族が蔓延はびこるアレルバレルにおいて、その全ての存在の頂点にいる『ソフィ』という大魔王が相手では話が別である。


 敵を滅し得る事を可能とする『魔王』レアの『凶炎エビル・フレイム』という神域魔法はこの大魔王『ソフィ』に対しては、にしかならなかった。


 そしてそれは『魔王』レアにとっては不幸を招く結果に終わった。


 ――決してこのソフィという存在にしてはならない事が二つある。


 それはソフィの配下や仲間を傷つける行為であり、この世界においても幾度かソフィの逆鱗に触れた者が消去される事もあった。


 がソフィに、である。


 彼は今まで数百、数千年という長い戦闘の歴史において一度も、たった一度も本気を出した事がない。


 ――否。出せるに値する存在と出会った事がないのである。


 そんな彼が望む事の一つに、戦いの中で本気を出させてくれる者と死闘を繰り広げてみたい。


 そして叶うのならばそんな至高の相手に『自分を破り去って欲しい』という歪んだ願望を持っているのである。


 過去の戦歴において金色を纏う天才賢者『エルシス』、最恐と称された『ヌー』。力の魔神に数多の大魔王と戦ってきたソフィだが、たった一度も本気で戦う事なく敵は敗れ去っていった。


 大魔王ソフィはある種、孤独を感じているのである。


 だからこそソフィに興味を持たせる程の魔法を放った『魔王』レアは、現在この世で一番の不幸といえよう。


 そして再び黒き炎はソフィに向かって放たれた。


 轟轟と燃え盛る炎に包まれたソフィはその中心で嗤う。攻撃を放った側の筈のレアが、全身総毛立ちながらソフィを見る。


「クックック、いいぞ! いいぞ! いいぞ! もっといけるだろう? さぁっ!! もっと我を殺すつもりでこい!!」


 黒い炎に包まれたソフィの姿はその炎までもが彼が纏うオーラの如く、彼の放つ歓喜の表現、いや具現のようにも見える。


「ヒッ……!! く、来るな、寄るなァ!! 化け物!!」


 ――神域魔法、『凶炎エビル・フレイム』。


 次から次に大魔力を賭して『凶炎エビル・フレイム』がソフィに放たれる。


 しかし既にレアの魔力は枯渇し『凶炎エビル・フレイム』は出せなくなっている。それでも『魔王』レアはその事に気づかずに、自身の最大魔法を詠唱し放とうとする。


「フハハハハ!!!」


 黒い炎に包まれながら、ゆっくりと、ゆっくりとではあるが、レアの元に『化け物』がにじり寄ってくる。


 カチカチカチと歯を鳴らしながら、手を震わせながらレアはソフィに魔法を放とうとする。


 今『魔王』レアは数千年もの間、決して頭から消える事のなかった、


 『魔王』レアの頭の中を支配しているのは、


 知恵のある生き物は、得体の知れない者と対峙すると恐怖に襲われる。自分と同じ人間や魔族といった相手であればまだどうにかできると思えるが、これがといった物が襲ってきた場合はどうしようもないだろう。


 すでにレアの中では、ソフィの存在はに認定されていた。


 そしていつの間にかレアの目の前までその『災害』は迫ってきていた。


「あ……、ああ……っ!」


 目を見開きながらレアは目の前のどうしようもない災害が、自分を飲み込もうとするのを黙って見ている事しか出来なかった。


「我の番で良いかな?」


 ニヤリと笑うソフィに圧倒されてレアはその場に尻もちをついた。


 そしてじわりと生温かい物がレアの足の間から漏れ始めていく。しかしレアは今にも殺されようとしている時に、そんな事を気にしている余裕はなかった。


「ああ……、うう……っ!」


 尻もちをついているレアを見下ろしながら『化け物』は静かに手を振り下ろそうとした。


 ――ちょうどその時であった。


 ラルグ魔国のある空に亀裂が入り禍々しい魔力を携えたが、その姿を見せるのであった。

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