第211話 リーゼ・ビデスの誕生

 ヴェルマー大陸の冒険者ギルドが新たに発足して『レイズ』の首都『シティアス』の建物や道等の整備も修復された。


 そのおかげもあってようやくレイズ魔国の民達にも笑顔が戻り始めて、更には女王が戻ってきた事で活気も少しずつではあるが見え始めていた。


 今はまだ発酵なども出来る環境がないので『ミールガルド』大陸から直接仕入れたエールなどを酒場で出しているが、それでもレイズの者達は満足気にそれを呑み嬉しそうに笑顔を見せていた。


 そして現在『シス』や『ユファ』達の手によって新たにレイズ城の修復にあたっていた。すでに八割方は修復出来ており、残る二割も数日で直せるところまで来ていた。


「ようやく元通りっていう感じね」


 シスが笑みを浮かべながらユファに声をかける。


「そうね。思ったより難航せず早かったと思う。でも出来ればもう少し強固にしておきたい所だし、結界も張り直さないといけないわ」


 どうやらユファの中ではまだまだ満足いく状態ではないようである。


「結界の種類は以前の『中位魔族』までの攻撃無効を張るの?」


 シスがそう言うと、ユファは首を横に振る。


「ふふ、私はもう『ヴェルトマー』の時とは違うのよ?」


 少し得意気な表情を浮かべながらユファは否定する。


「もう二度と、大事な人達を奪われたくないでしょ?」


 ユファの言葉にシスは悲しそうに頷く。


「安心しなさい! この『災厄の大魔法使い』と呼ばれたユファが渾身の結界を張って見せるからね!」


 ユファはシスを安心させるようにそう口にするのだった。


 『結界』には一度の攻撃で解除される脆弱性があるものと、最初からある程度の耐久性を持たせる事の出来る二つの結界の種類がある。


 耐久性を持たせる結界にはその結界の精度によって耐久性が決まるが、例えるならば『中位魔族』以下の攻撃を無効化するといった完成度の結界であれば、術者の魔力値が数万という規模では賄えない。


 過去のレイズ魔国が張っていた結界であれば、数百万の魔力が必要となる。


 ――そして今回のユファの使おうとする結界は『上位魔族』以下の攻撃を無効化させる事を目標としている。


 この結界の発動、維持、耐久性を持たせるためには、数千万規模の魔力値が必要となる。


 現状これ程の結界を張ろうとするならば、この世界では『大魔王』に到達しているユファと、ソフィくらいでしか使えないだろう。


 しかしそれだけ強力な結界であれば、およそ上位魔族に匹敵する戦力値、つまり1000万までの戦力値を持つ者達は『レイズ』及び首都『シティアス』全域にいる者に、悪意を持つ者からの危害を加えられなくなる事だろう。


 もしヴェルトマーが病気に侵されず、このユファの身体であったならば『ラルグ』との戦争で、その戦力の大半を無効化することが出来ていた。それ程までにこの『結界』は強力なのである。


 …………


 しかし結界以前にヴェルトマーが『災厄の大魔法使い』の形態であれば、結界を必要とはしなかったであろうが、


 …………


「さて、結界はそれでいいとして、後はこの城に住むものを選別しないとね」


 レイズ城はこの国の象徴であり、ここに住む者は王族や爵位を持つ者に限られる。


 現在いる者達であればシスが女王であり、ユファがフィクスなのは間違いがない。後はこの城に住む者として、No.3となる者からの選別が必要である。


「といってもヴェル? もうラネアもピナも居ないし、どうするつもりなの?」


「それなのだけれど私としては『リーゼ』や『レドリア』を推したいのだけど、駄目かしら?」


 元フィクスで魔法部隊長であった『リーゼ』。そしてこの国のNo.4であった『エルダー』の直属の魔法部隊の配下『レドリア』。


 この国の出身なのだから何も問題がないように思うが、レイズ魔国軍の過去の軍令で決まっている事の一つに『一度軍隊から退いた者は二度と軍隊に戻ることは出来ない』というモノがあるのである。


 これを覆すにはたとえ『フィクス』であるユファだけでは、一存では決めることは出来ない。


 ――この国の王である『シス』女王に許可を取る必要があるのであった。


「そうね。先に一応二人に聞いてみるわ。それから改めて答えを出させて欲しい」


 シス女王が真面目な表情でそう告げると、提案者であるユファはコクリと頷いた。


 そしてその日の夜。シスがリーゼに会いにシティアスの一室を訪ねるが、リーゼは寝間着姿で迎えてくれた。


「あら、こんな時間にどうしたのかしら」


 ドアを開けて中を見ると質素な部屋で、ベッドやテーブル以外には何も見当たらなかった。


「唐突にごめんなさい。少し貴方に話があるのだけど、上がってもいいかしら?」


 シスがそう言うとリーゼはすぐに頷いてくれた。


「ええ……。何もない部屋だけど」


 そう言ってリーゼは中にあげてくれた。どうやらシスの表情を見て、ただ事ではないと理解したのだろう。


「お邪魔するわ」


 シスが椅子に座るとリーゼは話を始めた。


「それで一体、どうしたというのかしら?」


 フィクスを引退して軍もまた退役したリーゼは、すでに何年も隠居のような生活をしていた。


 それからはこのように一対一でシス女王と話す機会もなくなり、一市民として『レイズ』魔国を見守っていたのだった。


「あのね、貴方に欲しいの」


「戻る?」


 曖昧な表現は意味を為さないとシスは、単刀直入に切り出すことにした。


「あ、貴方に『リーゼ・』として『レイズ』魔国に戻ってきて欲しいの!」


「!!」


 目を丸くしてシスの顔を見るリーゼ。


「分かっているのかしら? 私は前時代、貴方の母上の『セレス』女王の時代の『フィクス』なのよ?」


 セレス女王がこの世を去った時に、当時の『フィクス』から『ディルグ』まで全員が引退をして次の世代へと移った。


「分かっているわ。でも仕方がないじゃない……」


 今シスの頭の中には『ラネア』や『ピナ』達の事が頭に浮かんでいる事だろう。


「……ごめんなさい」


 ――その事はリーゼもすぐに理解出来た。


 ラルグ魔国との戦争で本当に長い年月、大国として君臨したレイズ魔国は壊滅した。軍の幹部達は玉砕自爆をして『シス』女王は行方不明。更に『ヴェルトマー・フィクス』は病気を患いながら戦死。そして残された者達もまた、一般兵に至るまでが敵兵を討つために自爆。


 今こうしてレイズ魔国が復興しつつある事は、ヴェルマーの長い歴史の中でも奇跡的な事であった。


「自国の事だし、戻りたいのも山々なのだけどね? 私もこの年でしょう? 残念ながらはもうないのよ」


 前体制の時でもリーゼは1700歳を越えていた。あれから更に年月は過ぎて、今ではもう彼女も4700歳を越えていた。


 老衰で亡くなる程に年老いているワケではないが、魔族でも第一線で働く程には決して若くはない年齢である。


(もし彼女が今の『最上位領域』より上の領域である『魔王』の領域であれば『代替身体だいたいしんたい』等を用いて代わりとなる身体を用いて再び転生をするようにも出来たかもしれないが、残念ながら『最上位領域』までの魔族には『代替身体だいたいしんたい』は使えない為に、魔族一代としての彼女は、相当な年齢と言える状況であった)


 戦闘面でも現在はピーク時にあった『魔力値』と『戦力値』の半分くらいだろうか。


 それに加えてもう今更軍隊に身を置く事など考えもしなかった彼女にとって、はいやりますと言えるだけの気持ちの整理や心の準備なども出来てはおらず、直ぐに決められるような簡単な話ではないのであった。


「戦わなくてもいいの。会議の時に貴方の戦略や智謀を是非貸して欲しい……」


 そう話すシスは幼少の頃にリーゼに見せた事のある目であった。という彼女らしい上目遣いだった。


 この話を断ろうと考えていたリーゼだが、その目を見た瞬間に両目を瞑って険しく表情を変えたかと思うと、苦しそうにそして泣きそうな表情になった後、最後には溜息を吐いて目を開けた。


「分かったわ。そういう事であれば微力ながら加えさせて」


 シスはその言葉に目を輝かせた。断られると思っていたのだからその嬉しさは一入ひとしおである。


「戦闘は本当に期待しないでよ?」


 リーゼが言う事は本音であった。今はもう戦力値は最上位魔族には届かない。そんなリーゼがこの話に最終的に協力したのには理由があった。


 リーゼはかつて目の前のシスに魔法を教えていた過去を持つ。


 セレス女王に魔法を教えるように頼まれて決して長いとは言えない期間を見ていたが、彼女は勝手に


 そして適当にとまでは言わないが、ある程度おざなりに教えてしまっていたのである。


 しかしヴェルトマーが魔法部隊に入隊した後、リーゼの代わりにヴェルトマーがシスに魔法を教え始めたのだが、その時程に彼女が人生で驚いた事はなかった。


 あのは、のだ。


 レイズ魔国の中でも更に優れた『大賢者級』の魔法使い。その類まれなる才能を見いだせず、彼女は自分の指導で腐らせるところだったのだ。


 彼女は自分の見る目のなさに自信をなくした。


 そして何よりシスに申し訳なく、いつかこの借りは返そうと思っていたのだった。


 ――しかしそれでも国政の第一線として復帰というのは、想像だにしなかった。


 今でも断りたいという気持ちはあるが、言ってしまった以上は仕方がないだろう。『宝人』の為に残りの人生を費やすのも悪くはない。


 そしてリーゼは大きく息を吸って気持ちを彼女の主となる者に伝える。


「これより『』は、!」


 そういってリーゼはその場に跪いて、シス女王に頭を垂れるのだった。


 きょとんとした顔を浮かべていたが、やがてこれは大事な儀式のようなモノだと理解したシス女王であった。理解してからは表情を一変させて『レイズ』魔国王の顔をしてシスは口を開いた。


「貴方の智謀に期待しています!」


 ――シス女王は威厳のある声で、そう告げるのだった。


 ……

 ……

 ……


 ――こうして新たにシスが治めるのNo.3が誕生したのだった。

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