第44話 ソフィの新たな配下

 呆けた顔を浮かべていた『微笑』だったが、やがて前から歩いてきたを見て、深く溜息を吐きながら胸ポケットから煙草を取り出した。


「どうやらここまでのようですね……」


 もう逃げるつもりもなくなったのか『微笑』は煙草に火をつけようと手を伸ばしたが、マッチは濡れていて使い物にならなくなっていた。


 『微笑』は何も上手くいかないとばかりに、舌打ち混じりに煙草を捨てる。


「なんだ、もう終わりなのか? 我の見立てではお主はまだまだ奥の手を隠していると思っていたが」


 ソフィの見立て通り『微笑』には、まだまだ戦闘を継続させる上での奥の手は残されている。


 しかしそれは目の前に居るソフィという規格外でなければという話である。


 この化け物相手にはいくら手を尽くしても『微笑』には、勝てるビジョンが見えなかったようで、続けても無駄だと判断したようであった。


「全く……。こんなことになるのであれば、依頼を受けるんじゃなかったと、心の底から私は後悔していますよ」


 どこか投げやりに言葉を吐き捨てながら『微笑』は苦笑いを浮かべた。


 演技でも何でもなく死を受け入れている『微笑』を見て、ソフィも形態を戻して元の姿に戻るのであった。


(うーむ……。現時点では戦力値も『魔力』に関しても一般の人間の枠組みから抜け出せてはいないが、そんなモノよりこやつの戦闘技術は光るものがあった。我に通常の形態から変化を考えさせられた時点でそれは間違いないだろう。的確に急所を突くという事に対して必要な緩急のつけ方から速度の調整、それに戦闘中にしっかりと弱らせられているかを観察も行えていたようだし、今後しっかりと研鑽を積んでいけるならば、間違いなく強くなるだろう。このままにしておくのは非常に惜しい逸材だといえる)


 ソフィは『微笑』と名乗っていた人間と一戦交えてみて、他人では中々真似の出来ない近接戦闘技術をすでに兼ね揃えていると判断して、このまま死なせるには惜しいと判断したようであった。


 自身は『魔法使い』であるために『微笑』程の戦闘技術を持つ者に対して、的確なアドバイスなどを行う事は難しいが、彼の大事な配下達の中には『近接戦闘』に長けている者も数多く居る。


 ソフィはそんな者達から技術を学べば、この目の前に居る人間は今よりもずっと強くなれるだろうと考えたのであった。


「ふむ、それならば『微笑』とやら、我に従うつもりはないか? どうせここで死ぬくらいならば我に仕えるのだ」


 ソフィの言葉に『微笑』は目を丸くして驚いた。


「貴方は……、自分を殺しに来た殺し屋を自らの懐に入れるというのですか?」


 実力に差があるといっても、今の今まで殺し合いをしていた相手を誘う者を『微笑』は見た事がない。


 『微笑』は依頼の失敗による喪失感よりも、ソフィの言葉の魅力に身体を疼き動かされた。


「私があなたを裏切らないとお思いですか? 仮にも私は殺しのプロを自負しておりますが」


 『微笑』はいつか貴方を後悔させる日が、来るかもしれませんよと脅しているのだ。


「クックック、我を裏切る? これまで我はが、それならばそれでまぁ構わぬ。そういう者を飼うのも一興だろう?」


 Aランクの殺し屋がいつか裏切って反旗を翻すかもしれないと、こうして脅しているにも拘わらずソフィは笑って見せたのだった。


 その様子に『微笑』はソフィの懐の大きさを知る。


 冷静で強く物事をしっかりと見据えており、ひとたび仲間や部下に危機が迫ると救いの手を差し伸べる。


 この少年についていけば、自らをより遥かな高みへと連れて行ってくれる。


 そんな道標のように感じた微笑は――。


「成程、これは確かに面白そうだ。いいでしょう、これより微力ながら私は貴方の為の剣になりましょう」


 そう言ってを浮かべながら、ソフィに忠義の礼を尽くすのであった。


 ――それはまさしくであった。


 今ここでこの少年について行かなければ必ず後悔する事になる。


 この時に彼が抱いた焦燥感に似た感情を第三者に告げたところで、誰にも理解はしてもらえないだろう。


 だが、まるで神が声無き言葉で『微笑』に伝えてきたような――。


 そしてそれを自覚出来ないが故に、感情として強引に受託させられたかの如く『微笑』の胸に伝えられたのである。


 …………


 何はともあれこうして大陸最強の殺し屋として裏社会で恐れられていた『微笑』は、この時を以て圧倒的な魅力を持った『魔族』ソフィのとなるのであった。

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