35. 異世界151日目 再びアーマトの町へ
朝の忙しい時間にもかかわらず、宿屋メイルミのメイサンとルミナ夫妻は見送りに来てくれた。ジェンは5ヶ月。自分は3ヶ月お世話になったところだし、ジェンに至っては最初の色々と困ったときに助けてもらった恩のある人たちだ。
この世界の冒険者は危険も伴うため、また会えるというのも確実なことではない。ジェンは涙を流しながら「また来るからね。」と約束している。
時間前にカサス商会の前に行くと、すでに大体の準備が終わっているようだった。その中に風の翼のメンバーを発見する。
「フェルナーさん、お久しぶりです。」
「おお、ジュンイチじゃないか。今回もまた同じ護衛と言うことは聞いているぞ。なんかもう一人いるという話だったが・・・」
と、ジェンを見て固まった。
「おい!!なんだ、なんだ。この美人さんはなんなんだ!?」
「前にこの町に来たときに言っていた知り合いですよ。」
「女だったのか。」
なんか打ちひしがれているが・・・。
「初めまして。ジェニファーと言います。呼ぶときはジェンでかまいません。今回は護衛に同行させていただきますのでよろしくお願いしますね。」
フェルナーさんだけでなく、カルマさんとニックさんもなんか挙動不審になっている。女の人にあまり慣れていないのかな?
今回の移動は前と同じような割り振りなんだが、普通車が6人乗りとなったので自分たちは車の方に乗ることとなった。まあそうはいっても一番後ろの狭い席なのは仕方がないけどね。コーランさんたちの他にいるのは前回と同じくクリークさんとハリーさんだ。
さっそく車に乗り込んで出発するが、やはり前と同じく結構うるさいので車の中ではひたすら勉強していた。うるさいのはエンジンに当たる魔道具と車軸のあたりから出ているようなんだが、なんとかならないもんかねえ。こういうものは知識がないからちょっと難しいかなあ。
前と同じように1~2時間おきくらいで休憩を取りながら夕方には途中の村に到着する。今回も泊まりは基本的に宿なのでかなり楽だ。今のところ盗賊が出るという話もないし、大丈夫だろうと言うことだ。
ここで勘違いがあったらしく、自分とジェンは同室になってしまった。もう普通に付き合っているパーティーと思われていたみたいで、自分たちは一部屋になってしまったようだ。今日は人が多いみたいで残念ながら他に空いている部屋はないらしい。
うーん、さすがに一緒にいるのには慣れてはいるとはいえ、同室というのはちょっと気になるなあ。ジェンの方を見るとさすがに緊張しているようだ。風の翼の方はさすがに3人いるので自分が追加ではいるわけにもいかない。
どうしようかと悩んでいると、ジェンの方から「ほらほら、早く部屋に行くよ。」とせかされてしまった。いや、自分はいいんだけど、ジェンはいいのか?
ベッドはちゃんと二つあるので同じベッドで寝るというわけではないんだけど・・・。女性と同室って・・・寝られるのかな?
荷物の整理が終わってからみんなで夕食となる。今回は食事代もすべてコーランさんが持ってくれるのでとても助かる。いろいろと話をしながら食事をとり、一息ついたところで部屋に戻る。
さすがにジェンと同室だと気を遣ってしまうが、今後もパーティーを組んでいくことを考えるとこういう状況にも慣れておいた方がいいのかな?男女のパーティーとかだと宿泊の時はどうしているのだろうか?
シャワーを浴びてさっぱりしてから早々に寝ることになるが、ベッドに入ったまま話をしていたらそのまま眠っていたようだ。
朝起きるとまだジェンは眠っていた。自分も緊張して寝られないかと思っていたんだけど、そうでもなかったようだ。やっぱり座っているとはいえ疲れがたまっているのだろう。
そういえばあまり気にしないようにはしていたけど、改めてみると本当にかわいいよな。まあ彼女も同郷と言うことで一緒に行動しているだけだろうから、きちんと距離はもつようにしておかないとまずいよな。大切な人が地球にいるという話もしていたし、手を出すようなことはさすがにできない。
異世界に行った二人が恋に落ちるというような話は多いけど、自分なんかが付き合えるレベルではないだろう。まあ、あんなにすぐ恋に落ちて体の関係を持つっていうのはあまりにも胆略的すぎだ。
寝顔を見ているとジェンも起きたようだが、しばらく固まった後、枕を投げつけられてしまった。
「寝顔をのぞくなんて最低!!」
それはそうだな。素直に謝るしかない。
「ごめんなさい。」
朝食に行くと、他のメンバーに少しからかわれるが、そんな関係ではないです。はい。食事の後で出発の準備をするが、ジェンはなんかかなり眠そうだ。やっぱりあまり眠れなかったのかな?
途中で出てきた魔獣は風の翼が対応してくれたので出番はない。もともとの力が違いすぎるので自分たちが出ても邪魔になるだけなのでおとなしくしている。
ただ今回は大蜂の大群に襲われたせいで、そのときは自分たちも戦うことになった。連携には不安があるため分かれて戦ったが、自分たちは風魔法と水魔法を駆使することで問題なく対処できた。大きな怪我もなく、風の翼のメンバーからも褒めてもらえてちょっとうれしい。
本当は途中何度か刺されたときはかなり痛かったが、治癒魔法と回復魔法ですぐに治療をしたので大丈夫だった。
巣を見つけられたら退治した方がいいみたいだが、なかなか見つからないので諦めるしかなかった。しばらくしたらまた増えてくるのでかなり面倒な魔獣らしい。
途中倒した魔獣の解体をやらせてもらうことで解体のレベル上げを行った。ニックさんだと解体魔法を使えるんだが、時間は少しかかるがある程度解体が慣れるまでは手作業での解体をさせてもらう。途中からは解体魔法でできるようになったけどね。
移動中はコーランさんたちも寝ていることが多いので、自分たちも仮眠をとるか、ひたすら学識スキルの向上に努めた。
ちなみに語学レベルを上げるため、自分たちだけの時は英語や日本語でできるだけ話すようにしている。もし他の人に聞かれた場合も何を言っているかわからないので暗号にもなっていい。
休憩中や夕方早く着いたときにはフェルナーさんたちに簡単に訓練してもらえたのでよかった。やっぱり人に習うといい感じで助言をもらえて助かる。
予定通り10日間かけてアーマトの町に到着。4ヶ月ぶりくらいになるんだなあ・・・。すでに滞在カードの期限が切れているので今回はちゃんとチェックを受けなければならない。
5日後の朝にお店の前に集合することになったのでそれまでは自由行動となった。風の翼はここで護衛任務が終わるようで、首都までは別のパーティーが護衛につくらしい。また機会があればご一緒しましょう。
旅の途中、フェルナーさんからは魔獣については問題なさそうだが、盗賊などの対人についての覚悟を確認された。”人を殺すことに対して覚悟をしているのか。”ということである。
今は俺たちがいるから盗賊が出てきたとしても俺たちだけで対応できるかもしれない。ただそうはいっていられない場合もあるかもしれないのだ。盗賊に対して殺すことを躊躇することは、そのまま”死”につながると言うことだけは考えておいてくれと言うことだった。
これはジェンとパーティーを組んだ後に何度か話をしたことでもある。ジェンは他の冒険者からもちょっかいを出されていたこともあり、襲われる可能性もあったのだ。
ジェンは地球にいたときにもそういうことは常に考えるように教えられていたみたいで、”自分に害を及ぼすものに対しては容赦をするな!”という考えを持っていた。ただ人を殺すということまでできるかと言えば正直わからないらしい。
自分についてどうかというと、現時点では正直わからない。日本で普通に育ってきた高校生が人をすぐに殺せるかというとかなり抵抗があるというのも事実である。
オカニウムの町にいた時に、いったんは落ち着いていたと思っていた例の3人組に襲われた。このときはいきなりではなかったため、魔法を駆使することで3人を撃退することができたのであるが、相手を殺すまでは行かず、重傷というレベルだった。それでも初めて人に対して攻撃をしたのである。
相手も自分がここまで魔法を使えるとは思っていなかったらしく、魔法攻撃を受けて戸惑っているところに切り込んだので制圧ができたので助かった。
戦いになったときは無我夢中だったので躊躇することもなく攻撃をしたが、いったん落ち着くとさすがにちょっと考えることになった。とはいえ、こちらが悪いわけではなく、被害を受けそうになったから攻撃したまでなので、思ったよりはすっきりしていた。
うまく反撃できなければ自分は殺されていたかもしれないし、ジェンもどうなっていたか分からなかっただろう。
そのあと3人は厳罰が下され、遠い場所で奴隷のように働かされると聞いた。この国には奴隷制度がないため、あくまで労役という形であるが、おそらく数年で死んでしまうのではないかとの話である。
こちらの法は”目には目を”みたいな感じなので、人を殺したことがばれるとまず死刑となってしまう。殺した場合は身分証明証に記録されるから言い逃れはできない。
強姦の場合はあそこの切断みたいなのでかなり怖い。ただし強姦は証明が厳しいため、なかなか立証されないことも多いようだ。
この世界では命は軽い。あっちの世界でも日本にいると感じなかったが、国によって命は軽いものだろう。
ただ、よく小説で殺されかけた相手を殺して葛藤するシーンが描かれているが、自分はそこまで葛藤するようには思っていない。殺すつもりで来たのに反撃されて殺されたのであればそれは自業自得であり、反撃して殺した側が気に病む必要はないと思っているからである。
魔獣に対しても最初倒したときはかなり抵抗があった。血の臭いにも抵抗があり、吐きそうにもなった。最初はゲーム感覚もあったかもしれないが、今では普通にやっている。
それは生きていくためには仕方がないことだからだ。”人間死ぬ気になれば何でもできる”ということを聞いたことがあるが、ほんとにその通りだと思った。
正直人殺しはしたくはないが、しなければならない状況になったのならば躊躇しないつもりである。人を殺すよりも殺される方がいいとは決して思わない。もしかしたら後で葛藤することがあるかもしれないが、それは生き残ってからの話だ。
~フェルナーSide~
俺はアーマトの町を拠点にしている良階位パーティー・風の翼のリーダーをやっている。この町ではそこそこ有名だ。後輩の冒険者にもそれなりに慕われていると思っている。なんとか30歳までに優階位まで上がれればいいと頑張っているんだが、なかなか大変そうだ。
もう一つの目標は30歳までに結婚することなんだが、悲しいのはなかなか女と縁がないことだ。パーティー仲間の二人も同じ感じである。
冒険者としての活動は仕事と考えているので、別にパーティー仲間で彼女がほしいわけではない。夫婦でパーティーをやっている奴らもいるが、よっぽどでなければ今の連携が崩れてしまうのでそこは3人で話して割り切っている。
ここ1年ほど知り合いに紹介はしてもらっているんだが、まず見た目で少し怖がられてしまう。なんとか付き合うことになっても数回で「やっぱり無理だと思う。」と断られてしまうのだ。俺の何がいけないんだろう?
今回いつもひいきにしてもらっているカサス商会からの護衛依頼でオカニウムまでやってきた。カサス商会とは数年の付き合いで、金払いも待遇もいいので優先的に受ける依頼の一つだ。
3ヶ月ほど前になぜかジュンイチという並階位の冒険者と一緒に移動することになった。コーランさんから直々に「護衛という形で雇っていますが、護衛対象と考えて下さい。」と言われて不思議に思ったものだ。
ジュンイチは何度か助言を行ったこともある礼儀正しい青年だ。移動中もいろいろと冒険者のことを聞いてきたり、訓練をつけたりと向上心もあって好感が持てるやつだった。オカニウムにいる知り合いを探すために移動していると言っていた。
今度はサクラまでコーランさんと同行することになったみたいだ。コーランさんとかなり親しいようだが、どういう関係なのか未だはっきりしない。お店で意気投合したと言っているが、カサス商会の会長と意気投合するってどういうことだよって感じだ。
出発の朝にジュンイチがやってきたんだが、一緒にいたのはかなり美人の女性だった。どういうことか聞いたら前回探していた相手だったようだ。女だったのか・・・。
アーマトの移動中はジュンイチとジェンという女性は同室で泊まるようだ。もうそんな関係になったのか・・・うらやましいぞ。
ジュンイチもそうだが、ジェンも礼儀正しい女性だった。最初はなかなかちゃんと話せなかったんだが、訓練をしたり、冒険者のことについていろいろ話したりしていると、普通に会話ができるようになった。いつも女性といるときは緊張してまともに話せないからな。ジュンイチが一緒にいるせいもあるんだろう。
そういえば前に付き合った女性から、まともに会話もできないのがつらいか言われたことがあったな。そのあたりが原因なのか?よくよく考えてみると緊張しすぎて会話らしい会話をしていなかったように思う。
ジェンに前に体験した冒険の話をするとかなり喜ばれた。女性はこういう話は苦手かと思って俺のあまり知らない話をしようとしたのが間違いだったのか?
他に聞かれると恥ずかしいのでジェンが一人の時に聞いてみると、「興味ない人もいるかもしれないけど、自分の知っていることを話す方が一番楽しく話せるだろうし、それを受け入れてくれる人じゃないとちゃんと付き合えないんじゃないの?」と言われてしまった。
かなり衝撃だった。そうか、そうだよな。かっこつけてもしょうがないよな。結婚まで考えるんだったら一番自然体でいられる相手が一番だよな。
「ジェンのその相手がジュンイチなんだな。」というと、顔を真っ赤にして何か言っていた。よく聞こえないけどそういうことなんだろう。
~魔獣紹介~
大蜂:
並階位中位の魔獣。岩場や山岳地帯に多く生息している蜂の形をした昆虫型の魔獣。大きさは握りこぶしくらいで通常は動物や魔獣の死体を餌としているが、生きているものを襲うこともある。
1匹1匹は弱いが、100匹程度の集団で襲ってくることがほとんどで、最後の1匹になるまで攻撃をやめない。お尻にある針には弱い毒が含まれており、刺されると徐々にだるくなってくる。できるだけ早い段階で治療をした方がよい。
体が小さいため、剣や弓での攻撃は難しく、魔法攻撃が最も有効。体が油に覆われているため、特に火魔法が有効であるが、延焼には注意が必要。
もし巣を見つけることができれば女王蜂を退治することが望ましいが、地中に巣を作るため見つけるのは難しい。
素材としての買い取り対象はない。巣で育っている幼虫を食べる地域もあるため、地域によっては買い取りも行っている。
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