第12話



「どういうことだ?」


 重い声が隣の〝人形使い〟に問いかけた。声の主は、ジル・ド・レエであった。月明かりが、黒鉄の甲冑を鈍く浮かび上がらせていた。


「何がだい?」


 〝人形使い〟が意に介することもなく、飄々と受け流す。その態度にジル・ド・レエは、苛立ちと疑念を隠そうともしていない。〝人形使い〟をめつけながら、問い質す。


「なぜ、彼らがここにいるのか――と問うているのだ、〝人形使い〟。返答によっては、貴様とて首を刎ねるぞ」


 右手に握った大剣を、ドンッ、と地面に突き立て、恫喝する。対する〝人形使い〟はそんなことなど、どこ吹く風――だ。


「おお、怖。でもさ、どうせとは決着をつけなくちゃいけないだろう? 手間を省いただけじゃないか。なあ、〝怪物〟?」


と、2人と少し離れた後ろに蹲る黒い影に、〝人形使い〟は語りかけた。無論、影に返答はない。ただ、蹲っているだけだ。〝人形使い〟は内心、忌々しげに思いながら、無反応な〝怪物〟を見やった。

 彼らの前方、15メートルほどの距離を取って対峙しているのは、ミケーレとマリアである。マリアは先日と同じ、戦闘用のスタイルだった。


 どのような口実を並べ立てたのかは知らないが、〝人形使い〟は先の約束通り、ジル・ド・レエと〝怪物〟を誘き出したのだ。

 その際、ミケーレは〝人形使い〟に1つだけ注文を付けた。

 それは、戦い易い、広い場所に〝怪物〟を誘き出すことであった。ただし、他人が近寄らない場所であるか、そのように細工――結界を張るなど、手段は問わないが、他者が立ち入れないように――しておくことを念押ししていた。

 そして、選ばれたのが、この街外れの広い公園であった。

 中でもここは、特に開けた場所。かなりの広さに芝が植えられており、本来なら野球やサッカー、犬と遊ぶなどと楽しめる場所であろうが、戦いの場としては申し分がない。周辺には疎らに街灯が立っており、桜を主とした樹々が植わっているものの、見晴らしが良過ぎるので、罠といったものや何かを仕掛けておくには不向きだ。そうしたければ、かなり巧妙に伏せておく必要がある。

 例えば――皆が集う前から、仕込んでおく――などだ。

 〝怪物〟陣営――特に、〝人形使い〟とジル・ド・レエの仲が悪そうなのを見て、マリアがミケーレだけに聞こえる声量で言った。


「あっちは仲が悪いみたいね」

「そのようだな」

「あの左手……戦斧?」

「みたいだな。なくしたままよりはまし……ってところじゃないか?」


 昨日の戦いで失われたジル・ド・レエの左腕には、分厚い斧と短剣が組み合わさった戦斧が付いていた。肘からが、斧になっていると思えばいい。その斧の切っ先に、短剣がくっ付いているのだ。


「〝怪物〟はどう? あまり以前と変わらないようだけど……」

「さて……。どうだかな」


 ミケーレは〝怪物〟を視界に捉えたまま、曖昧に答えた。〝肝臓〟を喰らったという〝怪物〟を、見た目で判断するのは早計だ。それに何故か、以前より、存在感そのものが希薄なことも気にかかる。ミケーレの懸念を察したマリアも〝怪物〟を見つめるが、やはり判然としなかった。どこか違和感を覚えるものの、それがどのようなものか、マリアにも指摘することが出来ないでいたのだ。


を食べたのよね?」

「そういう話だったが」

「……。私にはわからないわ」


 軽く息を吐いて、マリアはそう言った。そんなマリアをちらり、と流し見てから、


「ところで、気付いてるか?」


と、ミケーレは聞いた。もちろん、確認のためである。マリアが気付かないわけがない。


「ええ、もちろん。さっきから、皮膚がするわ。色々とみたいね」


 そう言いながらも、いつもと変わらぬ体で、マリアが周りを眺めながら答えた。

 その答えに満足したのか、ふっと微笑を漏らすと、ミケーレが相手側に声をかけた。


「相談は済んだか?」


 睨み合うようにしていたジル・ド・レエと〝人形使い〟が2人に向き合った。もっとも、〝人形使い〟は横目で睨んでいただけで、掴みかからんばかりになっていたのは、怒り心頭に来ていたジル・ド・レエだけであったが。


「済んだようだな。なら、そろそろ始めようか」


 そう宣言すると、ミケーレには〝人形使い〟が、マリアにはジル・ド・レエが相対した。

 〝人形使い〟はともかく、ジル・ド・レエはマリアに左腕を落とされた経緯がある。と、すれば、この組み合わせも当然か。


 すでに、マリアは両手に剣を抜いていた。戦闘準備は整っている。

 ミケーレは腰に日本刀を帯びているが、相対しても、抜き放つことはしない。抜き打つ最初の一撃こそ、剣筋を悟らせない有効な一手である。


 一方、失った左腕を固定式の戦斧としたジル・ド・レエは、右手だけであの大剣を扱うことになる。相当な――いや、並外れた膂力がなければ、あれだけの大きな剣は振り回すのにも一苦労なはずだが、それでもあの大剣を選んだのであるから、相応の自信があるのだろう。もっとも、昨日の今日で、替わりとなる武装を用意出来なかっただけなのかも知れない。


 〝人形使い〟はと見れば、これは泰然自若としたものだ。何の用意もしていない。いつものように、肩に紅いドレスの人形を乗せているだけだ。

 と、不意に懐から取り出した物があった。〝人形使い〟が手にしているのは、ほの白い光沢を放つ〝仮面〟であった。

 顔に沿う緩やかなカーブ以外は凹凸の1つもない、のっぺりとした造りのそれは、眼の部分だけに細いL字型の切れ込み――左右の目頭の位置に、短い縦線が開いている直線――があるだけの品であった。

 白塗りで、眼の切れ込みが無機質な印象を与える仮面。

 中世の騎士の冑の、面の部分だけ、と言えば分かりやすいか。ジル・ド・レエの冑よりも、眼の部分の開きが小さい品物だ。それを〝人形使い〟は顔に被せたのだ。留め具などは見えなかったのに、〝人形使い〟が手を放しても、仮面は落ちることはなかった。


 ミケーレとマリア、さらにはジル・ド・レエまでもが訝しげな表情を見せた。

 誰もが〝人形使い〟はその名の通りに、〝人形〟を使って戦うと思っていたからだ。思い込み――と言ってしまえば、それまでだが、〝人形使い〟が華奢な少年であることを思えば、致し方あるまい。お互いに手の内は見せないものとはいえ、一応は仲間であるジル・ド・レエですら、〝人形使い〟の戦い方を知らなかったのだ。

 だが、皆の想像とは異なり、自らで戦うスタイルらしい。だらりと降ろしていた手を再び上げた時には、その十指は50センチほどに長く伸び、指先は鋼の鋭利な輝きを放っていた。

 〝怪物〟はただ後方に、わだかまりのように蹲っているままだ。先ほどから、まったく変化がない。そのことが、敵味方双方にとっても気掛かりであった。


「では、やるか」


 疑念を払拭し、自らを鼓舞するように、ジル・ド・レエが力強く宣言した。ジル・ド・レエにとっては、信頼出来ない仲間の〝人形使い〟と、約束の履行など、すべてにおいて頼りない〝怪物〟とともに戦わねばならないのだ。さぞや、やりにくかろう。

 冑で見えなかったが、ジル・ド・レエは自嘲し、その口元を歪めた。

 ジル・ド・レエは大剣を振りかぶるや、


「ふっ!」


と、吐気とともに、振り下ろした。片手で操っているとは思えないほどの速度を持った一撃。

 しかし、ここで片手持ち故の欠点が現れた。物体は、速度が上がるほどに見かけの重量を増す。

 ドン!――と大きな音を上げて、地面に食い込む大剣。マリアは身体を捻って、難なく躱す。地を抉った大剣が、土塊を巻き上げた。跳ねた土塊を、マリアは袖で払い除けた。重い一撃であった。

 だが、それはジル・ド・レエの意図に反しての一撃であったのだ。

 両手持ちであれば、振り終わりに柄頭付近を持つ左手で抑えられる。しかし、ジル・ド・レエはその左手を失っていた。ここまで大きな大剣であれば、加速時の重量は半端ではなくなる。命中すれば、それはとてつもない効果を生むが、同時に扱いが難しくもなる。

 結果は、ジル・ド・レエの想定をも超えており、彼の膂力を以てすら、抑えきれないほどであったのだ。

 地面にめり込んだ大剣をジル・ド・レエが引き抜く前に、マリアが間合いを詰める。ジル・ド・レエの首筋を狙って、左手の剣を自身の右方向から横薙ぎに振るう。ジル・ド・レエも身体を傾けて躱すが、それをも折り込み済みのマリアは、半身から正面に向く際の身体の捻りを加えて、そのまま右手の剣を薙ぐ。二刀による連撃。

 ジル・ド・レエはそれを、今度は左腕の戦斧で受けた。マリアは受けられると見た刹那、刃がぶつかる瞬間に手首を返して、刃に受ける衝撃を緩和した。打ち合う刀身が、キンと澄んだ音を響かせる。

 マリアはジル・ド・レエの脇を擦り抜け、2人は間合いを離して、再び相対した。



 〝人形使い〟はがむしゃらに突進してきた。

 速度は速い。しかし、それだけだ。

 無言で迫る〝人形使い〟の攻撃は、奇をてらったものでもなく、力任せに凶器と化した爪を振り回してくるだけであった。ミケーレは腰を軽く落とした姿勢で2度、3度と後退して躱し、様子を窺う。

 大きく振り回してきた腕に合わせて、横薙ぎの抜き打ち。

 キイーン、と高鳴る刀身。

 ミケーレの一刀を弾いた〝人形使い〟の爪は、その見た目の光沢通りに、鋼の硬度を持っていた。

 ミケーレの一撃を弾いたことで自信を持ったか、〝人形使い〟は両の手の指を思い切り開いて、ミケーレを抱き締めるような行動に出た。上手く囲い込めれば、十指で切り刻もうというのだろう。

 当然、ミケーレは後退し、その攻撃とも呼べないような行為を躱す。さらに数度、〝人形使い〟は詰め寄って、囲い込もうとする。ミケーレは三度みたび後退したが、次に〝人形使い〟が詰め寄った時、おもむろに前進した。

 柄を腰のあたりまで引き、左側面を前にした半身でツイッ、と無造作に歩を進めたのだ。そのまま身体を正面に戻す力で突きを繰り出す。神速の刺突は〝人形使い〟の胸部――その心臓目掛けて突き出された。

 ずぶり、と刀身が〝人形使い〟の背部まで突き抜けた。血が噴き出す。一言も声を立てずに〝人形使い〟の両腕と頭部が力無く、だらりと垂れ下がった。


 だが、致命的な一撃を与えたはずのミケーレは、どこか浮かない顔であった。納得がいかないらしい。未だ、項垂れた〝人形使い〟を凝視し続けている。

 そう言えば、心臓を穿ったはずなのに、吹き出た血の量はけして多くない。

 と、突然にミケーレが、突き立てた刀身を引き抜き出すのとまったく同時に、〝人形使い〟の腹部を左足で思い切りよく蹴り倒した。それにより、刀身はすんなりと引き戻された。ミケーレはその行動を起こす直前、垂れ下がっていた〝人形使い〟の腕――長く伸びた鋼の爪が、ピクリと動いたのを見逃さなかったのだ。

 吹っ飛んだ〝人形使い〟がやがて、むくりと起き上がった。

 その様はまさに不死者であった。

 いや、それは〝人形使い〟だけではなかった。〝人形使い〟を中心として、その周りから何十体からもの死者たちが地面から這い出てきたのだ。会社員、OL、高校生から小学生、老若男女様々だ。見渡せば、都合、100体くらいはいるだろうか。

 かつてはパリッとしていた背広も、着飾った流行の服やアクセサリーの数々も、数種類の学生服も、着用者を寒さから凌いでいたコートもダウンジャケットも、今は土に塗れて、汚れている。

 誰が不死者の下僕としたのかは分からない。

 この様子だと、おそらくは〝人形使い〟だろうが、今では、呻き声みたいなものを口々にする、黄泉より舞い戻った亡者どもだ。それこそ、ホラー映画を見ているようであった。


「こいつ……。やりやがったな」


 ミケーレは苦々しく呟いた。

 学生服が多く交じっているということは、少なくとも昨日――土曜日までの間に噛まれていたということだ。この街へ着いてから、少しずつ増えていったのか。

 と、ミケーレの動きがほんの僅かに、止まった。そこに、沙月と同じ制服の娘が交ざっていたからだった。その顔を、諦めともつかない暗い影が過ぎったが、それも一瞬だった。


「……。やれやれ」


 うんざりしたといった溜息とぼやきを吐いて、ミケーレは近づいてきた学制服姿の死者の首を、何の躊躇いもなく、刎ねた。



 ジル・ド・レエと対峙していたマリアは、目前に這い出してきた〝人形使い〟の死者の1人を蹴り飛ばした。

 死者は上半身が出たところだったので、マリアの蹴りはちょうど、頭部にヒットした。軽く蹴ったとしか見えなかった蹴りはその頭部を粉砕し、死者は活動を停止した。

 これは戦いどころではないと見たマリアはミケーレの傍までやって来て、声をかけた。


「どうなっているの、これは?」

「どうやら、〝人形使い〟がやったらしいが、それにしても数が多い。こんなこともあるだろうとは思っちゃいたんだが、これほどとは……」


 ミケーレが周りを見渡して、そう答えた。〝人形使い〟がこういった手を使う可能性も想定していたようだが、現れた死者は、ミケーレの予想よりも多かったらしい。

 マリアも相槌を打った。


「確かに、これは多いわね」


 ふと、2人が見れば、〝人形使い〟の死者たちはジル・ド・レエにも纏わりついていた。すでに足元から3人、身体には4人が絡みついている。ジル・ド・レエは引き離そうとしているが、さすがに多勢に無勢。1人剥がす間に、別の1人が取りつく――と、いたちごっこの様相である。さらに、奥にいた〝怪物〟にも死者が取りついている。

 それを見たジル・ド・レエが〝人形使い〟に怒鳴った。


「これはどういうことだ!? 〝人形使い〟!!」


 だが、仮面を付けた〝人形使い〟はそれ以降、何も言葉を発していない。ミケーレに刺し貫かれた時も、呻き声すら零さなかったのだ。そのことに思い至ったか、歯軋りさえ聞こえてきそうな剣幕でジル・ド・レエは〝人形使い〟を睨んでいる。


「貴様……!」


 ジル・ド・レエは奥底から込み上げるような声で呟くと、力尽くで〝人形使い〟に近づこうとした。纏わりつく死者も引き摺ったままに、前進する。

 当然、死者たちはジル・ド・レエの進攻を阻もうと次々に襲ってくるが、ジル・ド・レエの大剣が死者を身体ごと薙ぎ払い、戦斧が熟柿のように死者たちの顔面を吹き飛ばし、首を断ち斬った。

 重戦車の如きジル・ド・レエの突進が、〝人形使い〟まで5メートルというところまで来た時、ミケーレは、カチリという機械音を聞いた。咄嗟に、


「伏せろ! マリア」


と、マリアを押し伏せた。


「えっ!? きゃっ……」


というマリアの当惑の声を残し、2人が倒れ込んだ途端に轟音が鳴り響き、無数の銃弾が頭上を飛び交った。

 だが、相手は吸血鬼による死者だ。ただの銃弾では殺せない。何せ、元々死んでいるのだ。吸血鬼によって生まれた死者を葬るには、銀製の弾頭が必要である。

 しかしながら、彼らの一斉射撃は、死者たちを確実に掃討していった。銃弾を全身に浴びて地に伏した死者たちは、それこそ本当の死者となっていた。2度と動くことはなかったのだ。どうやら、本当に銀の弾丸を使用しているらしい。


「これは?」


 マリアが銃弾の雨の中、何とか頭を回して見てみれば、ドイツのヘッケラー&コッホ社製HK33アサルト・ライフルを乱射する30人ほどの迷彩服の一団が目に入り、その中に見覚えのある顔を見つけた。彼らを率いているのは、パオロであった。


「パオロ? それに特務部隊?」


 死者たちを掃討している彼らは、教会の異端審問会第2班所属の特務部隊であった。協会所属であれば、当然、死者を殺す方法は知悉している。銀の弾丸も用意出来るだろう。 第2班は小隊以上の規模での活動を主とし、掃討・鎮圧など、大事に駆り出される。

 ちなみに、マリアの所属は第4班。一個人から数人単位での活動を主体とする班だ。教会内でも前々から指摘されており、改善を図られている段階だが、第4班は個人の能力・技量に多くを依存しているのが欠点であり、死傷による欠員が多く、人員の補充が頻繁に行われる。

 マリアは様々な理由から、その中でも最古参であったりする。


 彼らの装備しているHK33アサルト・ライフルはフル・オートマチック射撃なら、1分で750発を発射する。装弾数は30発であるから、3秒と持たない。そこで彼らは2人1組で運用し、交互に予備弾倉を交換することで連続射撃を可能としていた。

 実際の掃射は、時間にして20秒ほどであった。

 辺りは火薬の匂いが満ち、硝煙で煙っていた。そよぐ風が煙を追い払った広場には、自ら伏せたミケーレとマリアを除いて、立っている者はいなかった。〝怪物〟もジル・ド・レエも、〝人形使い〟の姿もなかった。ものが、辺り一面に累々と倒れていた。パオロが手を上げると、隊員たちは各自散開して掃討に移った。まだ動く死者たちを見つけては、止めを刺していった。

 上体を起こし、その様子を見ていたミケーレはマリアに問うた。


「あいつに、ここで〝怪物〟らとやり合う――と伝えたか?」

「いいえ。何も言っていないわ。朝に別れたきりよ」

「そうか」

「ええ。でも、そう言えば、そうね。どうして知ったのかしらね」


 ミケーレの指摘に、マリアも美しい柳眉を寄せて、訝しんだ。

 1個中隊規模の特務部隊まで引き連れているのだ。ここで乱戦となることまで知っていたという可能性までも含めて考えると、どうしても疑念が浮かぶ。

 今も時折り、銃声がしているのでその心配もなかったが、念には念を入れて、誰にも聞こえぬよう、2人は小声で語った。

 そこへ、パオロが寄ってきた。〝怪物〟を倒し、死者たちも始末して題を解決した――という自負が、その顔には溢れていた。


「どうだね? これですべてが片付いただろう?」


 2人に語りかける声にも自信が籠っていた。


「だと、いいがね」


 意に沿わぬミケーレの返答にパオロがあからさまに不機嫌さを表した。ようやく立ち上がったミケーレにベレッタM92Fの銃口を向けた。銃口は頭部――眉間を狙っている。


「君にも銀の弾は効くのかね?」

「パオロ卿!」

「試してみるか? 効かなかったら、そん時ゃ、お前さんが死んでるぜ?」


 冷静に告げるミケーレに、パオロの銃口が自信とともに揺らぐ。この異端である吸血鬼の始祖に、銀の弾丸は果たして、効果があるのか――?

 ふん、と鼻息荒くそっぽを向いたパオロに、ミケーレが埃を払いながら聞いた。


「〝怪物〟はどうなった?」

「今、確認させている」


 相変わらず、任務の遂行を成功させて高揚しているところに水を注すような冷静な問いに、パオロが不快感も剥き出しに答えた。

 パオロが戦場と化した広場を振り返ると、隊員の1人が、


「黒衣がありました!」


と、大きな声で告げた。

 先ほどまで〝怪物〟が蹲っていた辺りに、外套のような黒衣が残っていた。〝怪物〟自体の姿はなく、死骸も残っていなかった。その周辺には死者たちの骸がごろごろしていたが、それだけだ。他にめぼしい跡はない。歳を経た吸血鬼は、死んだ直後に灰になったりもするものだが、そういった雰囲気でもなかった。

 ただ、ぽつねんと黒衣だけが残されていた――といった感じであった。


「あっ……」


 その黒衣も手に取った途端に、雲散霧消した。


「服だけ? 他には?」


 パオロの問いに、証拠の黒衣を失ったその隊員が、慌てて辺りを窺う。

 このままでは、パオロから叱責を喰らうと思ったのだ。この上司が短気であることは、教会ではよく知られていることだ。今回の任務を、パオロが率いると聞いた時、彼らはげんなりとしたものだ。


 そんな彼らが秘かに楽しみにしていたのは、〝教会の聖女マドンナ〟とも称されるマリアに会えるかも知れない――ということだった。マリアがこちらに来ている――という情報は流れていたからだ。彼ら組織下部の者たちに、マリアは絶大な人気を誇っている。〝教会の聖女〟というのも彼らの間でだけの呼称だ。もっとも、それも〝見た目〟での話である。


「あ……!?」


と、その隊員の動きが止まった。隊員は目前を信じられない面持ちで見詰めていたが、背中側からしか見えないパオロには、何が起こったか、分からなかった。

 その背から、妙な物が飛び出ていることも――。


「おい」

「あれは……」


 ミケーレとマリアが同時に気付いた。

 パオロが遅れて、妙だと気付いた時には、2人は駆け出していた。


「気を付けろ。もいるかも知れん」

「分かってるわ」


 2人が左右から距離を詰めた時、隊員の身体が、天高く持ち上げられた。

 隊員は腹部から折れ曲がり、絶命していた。腹部から背部へ抜けているのは剣だ。

 広い刃幅を持った大剣。

 最初の一斉射の時に、死者たちに埋もれるようにして、身を潜めていたのだろう。不意を突かれた付近の隊員たちは、血煙を巻き上げ、瞬く間に3人が斬り伏せられた。さらに、もう1人に詰め寄ったジル・ド・レエは、大剣を振り被った。

 振り返った隊員は、天高く振り上げられた大剣を見た。血に塗れたその剣先に、先ほど斬り殺された仲間の臓物がこびり付いているのが、やけにはっきりと見えた。

 銃を撃とうにも、引き金に掛けた指が硬直していた。隊員は、真っ二つに斬られ、内臓を撒き散らして殺される自分をリアルに想像出来た。


「ひっ……!」


 だが、大剣は振り降ろされず、ジル・ド・レエは夜気を裂いて飛来した2本の投げナイフを左腕の戦斧で弾き飛ばした。


「逃げて!」

「ひいっ!」


 マリアの援護に命拾いした隊員が、我に返って、転がるように逃げ出した。追う黒い騎士。

 遅い――!

 そう断じたマリアが隊員を抱え、横へと跳んだ。

 今の今まで、死を身近に感じ、涙を眼に浮かべていた隊員であったが、マリアを見た途端に、自分が死地にあることも忘れ、息を呑んだ。偉丈夫の彼を抱えて、華奢な少女の体躯で彼女は軽やかに跳んだのだ。

 しかも、その少女は天使と見紛うほどの美しさときた。噂には聞いていたが、彼はマリアを信じられない存在を見る思いで見た。

 その直後、背後を大剣が唸りを上げ、風を巻いて過ぎた。


「逃げなさい」


 そう言って、マリアは彼の背をやさしく押しやった。それで彼は、現在の状況を思い出した。言われた通りに、一目散に逃げ出した。

 彼を庇うように、ミケーレが相対した。


「やっぱり、生きてたか。ジル・ド・レエ」

「無論だ。俺には、やらねばならんことがある。それまでは死ねん」


 だが、もちろんジル・ド・レエとて、HK33アサルト・ライフルの斉射を浴びて、無傷というわけもない。黒鉄の甲冑には無数の弾痕が穿たれている。そのせいか、全身からは血が滴っていた。銀の弾丸による傷だからか、腕を落とされた時とは違い、血が止まる気配はなかった。

 仁王立ちの血塗れの騎士を支えているのは、かつて恋い焦がれた少女を甦らせる――その頑ななまでの願い、ただ一つであった。


「なあ、ジル・ド・レエ。物は相談なんだが……、もう、止めにしないか?」

「今さら、何を言う」

「ミケーレ!?」


 マリアが驚いたように聞き返した。

 ジル・ド・レエは怒気を含ませながらも、それがどんな意図からの言葉なのか、と問う響きがその声にはあった。

 この局面での、この提案。

 このジル・ド・レエにして、興味がそそられたのだ。


「〝怪物〟が望んでた通りの力かは知らんが、奴は力を得たんだろ。望みが叶ったんだ。それで姿を消した。さっきのは、奴の〝〟だったぜ。奴はお前さんの望みを叶える気なんてないのさ。〝怪物〟は1人の娘に眼をつけた。奴ぁ、その娘にご執心だ。お前さんのことなんて、もう、知ったこっちゃないんだ」

「何だと……?」

「分からんか? 力は手に入れた。気に入った娘を見つけた。後は好きにするだけさ。お前さんだって、分かってるんだろう?」

「……」


 沈黙が、ジル・ド・レエの心中を物語っていた。


「お前さんがジャンヌを復活させたいのは知ってる。だから……。お前さんが分にゃ、見逃してもいいぜ?」

「馬鹿な! 教会が放っておくなどと……」

「もちろん、以後は、人と係わらんことが条件だ。こっちとしても、さっき、お前さんが殺した隊員については目を瞑る。ま、彼らもいきなり介入してきたんだ。お互い様……ってとこだ。それでどうだ? マリア」


 ミケーレはあくまで、ジル・ド・レエからは視線を離さず、そうマリアに確認を取った。


「まったく、勝手にそんな約束して……。でも、まあ……、それなら考えなくもないわね」


 肩を竦めるように、大きく息を吐いて、マリアは頷いた。これ以上、争うのも不毛だ。ここで手を打つのもだろう。

 ところが、


「何を勝手なことを言っている。見逃すなど出来るか!」


 パオロが文句を言いながら、大股で近づいてきた。


「そんな約束など、認めんぞ!」


 鼻息を荒くし、語気も強く、そう言い放つパオロを、面倒臭そうな眼でミケーレは見やった。マリアも、また始まった――と言わんばかりに、夜空を仰ぎ見た。彼を説得するのが、煩わしい。

 が、珍しくその役目を、ミケーレが引き受ける気らしく、


「おいおい。ここらで手を打っといたほうがいいぜ。あいつを葬るにゃ、これ以上の被害が出るぞ?」


と、パオロに話を振った。


「そんなことは覚悟の上だ。そいつはここで滅ぼす」

「お前さんが――ってんなら、文句はないんだがな。実際、戦うのは彼らなんだろう?」

「むっ? それがどうした!」

「戦わずに済むかも知れんってのに、彼らにそれを強要するのか? 彼らだって、無駄に死にたくなかろうさ。まったく、酷い上司もあったもんだ」

「なっ……!?」


 パオロは周りの隊員たちを見た。彼らは互いに顔を見合わせている。ジル・ド・レエによって、瞬く間に4人が殺された。武勇の誉れ高い黒騎士を倒すまでのに、あと何人が死傷するだろうか。ミケーレの言う通りに戦わずに済むというのなら、彼らとしても、是非ともそうしたい。

 そんな隊員たちを見て、パオロも戸惑いを隠せなかった。このままでは、自分1人が悪者扱いだ。今後の出世に関わるそんな風評など、彼にしても御免である。


「むう……」

「お前さんの裁量次第だな。ここを上手く収めたら、男が上がるぜ?」

「何っ?」


 マリアを眺めながらそう告げるミケーレの言葉に、パオロがマリアを見た。マリアはことの成り行きを黙って見ていた。それがパオロには、マリアが期待して見ている――ように思えたらしい。


「ぐむぅ……。……分かった。認めよう」


 ミケーレの話術にすっかり嵌ったパオロは不承不承、頷いた。頷くしかないように、ミケーレが話の方向を持っていったのだが、パオロでは気付かなかったようだ。


「さすがに話が分かる」


 指を鳴らし、満面の笑みでそう湛えられたら、悪い気はしない。それが、たとえ嫌っている相手だとしても――だ。パオロは良家の御曹司なせいか、そんな世辞に弱かった。要は、お坊ちゃんなのである。


「ご賢明な判断です。パオロ卿」


 マリアも立場上、賞賛の言葉を贈った。意中の女性に褒められたパオロは上機嫌だった。浮かれた語調で、


「ふふ、そんなことは当然だよ。皆を危険な目から、極力守るのは、上司の務めだ」


と、返した。そんなやり取りを苦笑しながら聞いていたミケーレは、これも黙って事態の推移を窺っていたジル・ド・レエに向かって、こう言った。


「……だ、そうだ。許可が出た。これで、お前さんは放免だ。隠棲している限りは、教会も関知しない」

「……。いいのだな?」

「ああ。好きにしていい」


 その言葉を聞いて、黒騎士ジル・ド・レエの身体から、ようやく力みが消えた。実のところ、見た目以上に負傷が重く、先ほどは怒りに任せて暴れたものの、今はジル・ド・レエも立っているだけで精一杯であったのだ。銃傷からの出血も堪えていた。


「礼を言う」


 そして、、静かに頭を下げた。だが、次の瞬間に、


「ぐっ……!」


 くぐもった声を発し、ジル・ド・レエがよろめいた。ジル・ド・レエを含め、皆がその胸を見た。場所は心の臓の辺り。そこから、5本の突起が生えていた。血に塗れた鋼の光沢。そんなものを持っているのは――。


「〝人形使い〟!! 貴様……」


 振り向き様に大剣を振るい、背から貫くその腕を斬り飛ばしたジル・ド・レエだが、膝を屈し、地に片膝をついた。

 先ほどまでのジル・ド・レエと同様に、〝人形使い〟も倒れた死者たちの中に隠れていたに違いない。そして、ジル・ド・レエや〝怪物〟の隙を辛抱強く、じっと待っていたのだ。

 腕を斬られた〝人形使い〟が跳び退って、距離を取る。斬られたはずの腕が宙を舞い、元に戻った。白い仮面の〝人形使い〟は無感情に対峙した。ジル・ド・レエに深手を負わせたことにも無反応だ。


「〝人形使い〟!」


 マリアが〝人形使い〟の相手を引き受けた。両手の爪による攻撃を、二刀で巧みに捌く。その隙に、ミケーレはジル・ド・レエに駆け寄った。

 然しものジル・ド・レエといえども、吸血鬼である以上は心臓を貫かれれば、堪ったものではない。身体のあちこちから、塵のようなものが散っていく。身体を維持することすら出来なくなって、崩壊が始まっているのだ。


「おい」


 倒れ込むジル・ド・レエの身体を、ミケーレは支えた。持っていられなくなったのか、ドン、と大剣が重い響きを立てて、手から落ちた。戦斧ごと、左腕がもげ落ちた。冑の陰から、塵が零れ出している。崩壊が加速していた。


「……せっかくの提案だったが……無駄にしてしまったな……」

「そうだな」


 ジル・ド・レエが穏やかな声で言った。ミケーレは静かに、滅びつつあるジル・ド・レエを見つめていた。息子でも見るような面持ちであった。


「……もっと早く……出会えていれば……な」

「また、違ってたかもな」


 途切れ途切れの声が、さらに小さくなっていった。


「ふ……。先に……逝……く……」

「ああ」


 ミケーレの返事と同じくして、ジル・ド・レエの甲冑が崩れ落ちた。バラバラに散らばった甲冑の中身はすべて、塵と化していた。甲冑も一気に年を経たように、錆びついて、ボロボロだった。

 それが――、500年を生きた吸血鬼〝黒騎士ジル・ド・レエ〟の最後であった。



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