第13話



「撃て! 撃て、撃て!」


 隊員たちに慌てて指示を出すパオロの声が耳に届いた。マリアが〝人形使い〟の傍にいるのもお構いなしの指示だ。かなり動揺しているのだろう。それを聞き留めたマリアが〝人形使い〟から離れ、距離を取る。

 直後に、HK33アサルト・ライフルが一斉に火を噴き、降り注ぐ5・56ミリ高速弾が〝人形使い〟を蜂の巣にした。身体中で銃弾を浴びた〝人形使い〟が、まるでボロきれのように吹っ飛んだ。


「殺ったかっ!?」


 パオロの期待の籠った声を裏切るように、またも〝人形使い〟が起き上がった。両の手も地面につき、四つん這いである。しかも、よくよく見れば、四肢の関節が1つ多くなっていた。脚部を見てみれば、太腿の上にもう1つ関節が付き、膝から下は倍くらいの長さに変わっている。腕なら、上腕の上にもう1つの関節、そして腕の長さが倍――といった具合である。昆虫か、クモなどの多足類を思わせた。〝人形使い〟はその四肢を、バタバタと慌ただしく動かし、包囲の輪を狭めていた隊員たちへと疾った。

 その意外なほどの速さ!

 不用意に近づき過ぎていた2人の隊員たちを両手の爪で仕留めるや、さらに付近にいた3人の隊員たちへと疾り寄った。

 3人の身体が宙に舞った。バラバラになって――。


 血風舞うその光景に釘付けになったパオロの真正面に、〝人形使い〟がいた。振り上げた血塗れの爪が、鈍く輝く。その爪を見上げたパオロが、小さな声で何事か呟いていた。


「わ、私も殺すのかっ!? 約束が違うではないかっ……!」


 強張って動けないパオロを、ミケーレが突き飛ばした。もんどりうってパオロが転がる。


 あいつ、〝〟と言ったか――?

 あいつと〝人形使い〟がつるんでたか――。


 パオロの発した言葉の意味を謀りながら、振り降ろされた〝人形使い〟の爪を、刀で擦り落として捌く。返す一撃でミケーレは、〝人形使い〟の腕を斬り落とした。しかし、ジル・ド・レエによって斬られた腕が戻ったのと同様、ミケーレが斬り落とした腕も、やはり元通りに復元した。

 それを確認するや、ミケーレはマリアに声をかけた。


「マリア! 時間を稼ぐ。彼らを逃がせ。彼らの武器じゃ、奴に効かん」

「わかったわ」


 マリアに撤退を任せたのは、同じ組織に属するマリアの指示のほうが、彼らとしても納得しやすいからだろう。即座に理解したマリアが、指示し始めた。手近なところにいる隊員から指示する。


「撤退するわ!」

「逃げなさい!」


 各自に声をかけ、撤退を促す。隊員たちが蜘蛛の子を散らすように、バラバラになりながらも、逃げ出した。そこへもう1つ、ミケーレの声が飛んできた。


「それから――、を捜せ」


 えっ――?

 言われたマリアは、周りを見回した。ミケーレの言わんとするところを悟ったのだ。そう言えば、特務部隊が現れた頃から、その姿を見ていない。

 小さい――――だ。

 瞳を凝らし、周囲を探った。闇に溶け込み易いとはいえ、本来、紅は注意を惹く色だ。ただでさえ、目立つ。

 周囲に植わった樹々にも注視していると――、

 コナラの樹が数本、纏まって植わっていたが、その1本の横に張り出した枝に立ち、両手の掌を広げ、何かを操っているように突き出して、頻繁に動かしている。教会に〝使い〟としてやってきた、紅いドレスを着た、あの洋人形だった。

 その姿を認めるや、マリアは2本の投げナイフを抜き取り、投擲した。閃光の速さで飛来した投げナイフを、洋人形は避けきれなかった。


「ぴゃっ……!」


 奇妙な声を残し、洋人形はコナラの幹に投げナイフで縫いつけられていた。腹部を貫くナイフを抜こうと、もがいている。洋人形の全高は40センチほど。刃渡りだけで20センチもあるナイフを引き抜くなど、出来ようはずがない。

 マリアはゆっくりと、洋人形を縫い留めたコナラの樹の下にやって来た。軽く膝を折って跳び上がると、洋人形が立っていた枝に乗った。もがいていた洋人形がそれに気付き、マリアを睨みつけた。その顔には、今朝の愛らしさは微塵もなく、あるのは年経た老女のような鬼の形相。歯軋りが聞こえてきそうなほどに歪めた小さな口には、これも小さな牙が覗いて、ガチガチと鳴らしながら、苦鳴と罵りを漏らしている。


「あなただったのね」


 マリアが静かに言った。

 この〝洋人形〟が、〝人形使い〟であった。

 〝人形使い〟はその本体を人形に移すことで、陽光の中での活動をも可能としたのだ。もっとも、その代償として、本体は自身の維持に必要な僅かな吸血行為以外の能力を失ったが、しかし、それを補って余りあるほどのメリットも得ることとなった。

 それは、特に戦闘時に大きかった。誰も肩に乗った〝洋人形〟が本体とは考えず、そうして他者の眼を欺くことで、危険を極力、回避してきたのだ。

 また、操る〝人形〟自体やからくりを改造・強化していくことで、〝人形使い〟としての自分を強くすることが出来たのである。


「貴様! 貴様! 貴様!!」


 ナイフを掴んだまま、〝洋人形〟が呪詛のように繰り返した。


「よくも、よくも……!!」


 マリアが手にした剣を一閃した。


「よく……も……」


 〝洋人形〟の首がずるりと落ち、コナラの樹の下へと落下した。マリアは1度だけしか剣を振るわなかったように見えたのに、落ちていく途中で、頭部は縦に真っ二つに割れた。首を失った身体は、幹に打ちつけられたまま残った。

 〝人形使い〟はマリアが洋人形を幹に縫い留めた時点から、ミケーレの面前で、糸の切れた操り人形のように頽れていた。ミケーレはマリアが洋人形を始末したのを確認して、動かなくなった〝人形使い〟に近づき、〝人形使い〟が付けていた仮面を外した。仮面はすんなりと取れた。

 白い仮面の下には、あの少年の顔。絶息したかのように見開いたままの瞳を見れば、それはガラス玉で出来ていた。口元には、腹話術の人形のような切れ込みがあり、下唇から下部が動く仕組みである。

 この〝人形使い〟本体と思われた少年のほうこそ、操られていた〝人形〟であった。

 〝洋人形〟が滅びた今、ただの人形に戻ったのだ。


 ミケーレが最初に疑念を抱いたのは、洋人形が教会を訪れた時。洋人形にただならぬ気配を感じたからであった。以前、擦れ違った時は少年と一緒であったから、どちらがその気配を発しているのか――が分からなかったが、教会には洋人形が1人で来たために、それと分かったのだ。マリアは洋人形としか会っていなかったので違いが分からず、すぐに気付かなかったのであろう。

 その次が、少年の胸を刺し貫いた時であった。心の臓を穿ったにもかかわらず、出血が少なかったことと、貫いた刀身から伝わる感触に疑念を持った。脈動など、体内での様々な振動や音に違和感を覚えたのだった。

 ミケーレは外した仮面を手にしたまま、少年の人形を見下ろしていたが、おもむろにその手の仮面を棄てた。仮面は少年の顔を隠すように、その顔の上に落ちた。

 洋人形に片を付けたマリアが、近くまで歩いてきた。まだ、剣は抜いたままだった。傍まで来て、マリアも少年の人形を黙って見詰めた。


「さて……」


 ミケーレが小さく呟いた時、その背にぞくりと冷気が疾った。同時にマリアにも。

 2人が振り向いた方向に、パオロがいた。部隊が散り散りに逃げ出した時、パオロも一緒に逃げ出していた。

 〝人形使い〟に殺されそうになったことが、前線にあまり出たことがない彼にはかなりショックだったらしく、いつもの不遜な表情は影を潜め、切迫した顔で形振り構わずに公園の外を目指していた。

 その進行方向に、2つの人影があった。黒衣を着た男性らしき人影は知らないが、もう1人の服装には覚えがあった。ゆらりと佇んでいるのは――。


「沙月!?」


 マリアが呟いた。嫌な予感がぎる。ミケーレは駆け出していた。マリアも続いた。


「邪魔だ……! どけっ!!」


 パオロが沙月に向けて、言い放った。パオロの進路上にいた沙月が男に背を押され、こちらに向かってきたからである。邪魔ならば、自分が避けたり進路を変更すれば済むものを、相手にそう命じてしまうところが、もうすでに普通の精神状態でないことを物語っている。

 思考が破綻しているのだ。

 沙月にしてみれば、パオロのほうこそ、ミケーレのところへ行くのを遮っている邪魔者であった。沙月の中で、怒りの感情が沸々と湧き上がってきた。

 なぜ、この男は邪魔をするのか――?

 とうとう、2人はぶつかる寸前――、一メートルの距離もなく、対峙した。手を伸ばせば届く距離だ。パオロは手にしていたベレッタM92Fの銃口を、沙月に突きつけた。


「どけと言っているっ!!」


 口の端に泡状になった唾を飛ばす勢いで、パオロは喚くようにそう言った。気持ちに僅かの余裕もないのだ。ほんの些細なことでも、拳銃の引き金を引きかねない状態だ。

 一方の沙月は、茫洋とした表情のまま、両手で顔を包み込むように、パオロに手を伸ばした。


「な、何だ……!?」


 意外な行動を取られたパオロが戸惑っていると、沙月は頬に手を当ててきた。それがあまりにも緩やかな動きだったので、パオロも払い除けたりせずに、されるがままであった。

 沙月の顔が近づいてくる。頬に添えられた手が凍えたように冷たいことにも、パオロは気が回らなかったが、先ほどまでの不安と恐怖を思い出したのか、


「よ、寄るな……!」


と、銃口を沙月のこめかみに向けた。


「やめろ!!」


 ミケーレが何時になく、鋭く叫んだ。

 それは、パオロに対してだったのか。それとも――。



 ミケーレが2人の傍で、立ち止まった。パオロは足元に横たわっていた。眼は見開かれたままだった。すでに息はない。沙月に咽喉元を喰いちぎられたのだ。その口元から胸元までをパオロの血で緋色に染めた沙月が、ミケーレを見た。まだ少し、茫洋とした瞳であった。


「ミケーレ……」


 沙月が小さな声で呼んだ。感情が溢れてくる。知り合って、たったの3日だが、とても愛おしかった。会いたくて、仕方がなかった。


「会いたかった……」

「そうか」


 近づいてくる沙月に、ミケーレが静かに答えた。目前に来た沙月は手を伸ばし、ミケーレの頬に触れようとした。沙月の手が触れた。パオロの時とは違って、愛おしそうにミケーレの顔を包んだ。

 その身体が揺れた。

 沙月の背から、刀身が突き出していた。

 左腕を沙月の背に回し、優しく抱きとめ、そして――心臓を貫いたのだ。

 無表情なミケーレの左の頬に、一筋の血が流れていた。触れていた沙月の指が、深く食い込み、抉ったのだ。

 流れる血は、涙のようだった。

 ミケーレが血の涙を流し、泣いているように見えた。


「ミ……ケーレ……」


 途切れ途切れに、沙月はミケーレの名を呼んだ。沙月は自分の身に起きたことを飲み込めていないようだった。やっと、


「どう……して……?」


と、消え入りそうな声でそう言った。ミケーレの表情には、微塵も感情は浮かばなかった。ただ、能面のように、無表情なまま、


「ごめんな。もう、沙月を元に戻してやれないんだ」


と、沙月に告げた。2人から離れた後ろで、マリアが立ち尽くしていた。沈痛な面持ちで、俯き加減に2人を見つめている。

 沙月はパオロを殺し、本意ではなかったにしろ、その血を口にしてしまった。吸血鬼に血を吸われ、自らも血を啜った者は、大本の吸血鬼を殺しても、元の人間には戻らない。戻れないのだ。

 その時点で、ミケーレなら、こうするだろう――とマリアには分かってしまった。

 、ミケーレにそんな思いをさせてしまった。マリアは自分の不甲斐無さに、唇を噛み締めた。

 崩れゆく沙月を、ミケーレはそっと横たえた。僅かに沙月の顔を見つめると、


Buonaブォナ notteノッテ 沙月」


 イタリア語でお休み――と、声をかけた。それから、立ち上がり、黒衣の男を見た。を殺された男もこちらを睨めつけていた。

 悪鬼の如き形相で。

 ――。

 血走った真っ赤な――ありとあらゆる全ての負の感情に塗り固められたような眼で――。

 〝怪物〟がそこにいた。




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