エピローグ アルストロメリアの徒花

 ツタの階段を下って地上に降り立つと、ボブが煙草を吸いながら、ぐったりと巨木に寄りかかっていた。傍には、真っ二つに折れた二丁のRPGが横たわっていた。本人も血まみれでサングラスは木っ端みじんに砕け散っていたが、どうやら致命傷は負っていないらしかった。相変わらず悪運の強い男だ。

 ボブは俺に気が付くとニカリと笑った。


「ヨォ色男。また生き残っちまったナ」


「そうだな。また俺たちだけ生き残っちまった。煙草を一つもらえるか」


「お安い御用ダゼお友達ディアフレンド。で、どうだっタ? 鐘が鳴り終ワル前ニ、シンデレラは救エタのかイ」


「分からない。……悪い夢から目覚めることを救い呼ぶなら、救えたんだろうさ」


「そうカ。そいつハ……」


 ボブは煙を吐いて、ぼんやりと虚空を見つめた。俺も彼にならった。

 空はどこまでも蒼く、馬鹿みたいに透き通っていた。


「なぁ、ボブ。もし俺たちが戦争の無い世界で出会っていたら――それはどういう出会いだったんだろうな」


「ハァ? ソイツはなんのジョークだターナー。俺ナンかにゃ、戦争の無い世界ナンて想像もデキねぇゼ」


「だろうな。そうだよな。俺もそう思うよ」


「でもナァ、ターナー。俺ァ難しい話はよく分かラねぇガ」


 ボブが煙草の吸殻を地面に擦り付けて、空へと放り投げた。


「俺タチは『戦争のある世界』に生まレて――こうして出会ったんだゼ」


 それが全てなんじゃねぇのかナ、と。

 ボブは二本目の煙草に火をつけた。


「――だろうな。俺もそう思うよ」


 争いの無い世界なんてしょせんは理想で、夢に咲く花のようなものかもしれない。

 或いは実を結ばない徒花あだばなに、遠すぎる果実りそうを願うようなものかもしれない。


 ――それなのに、たったそれだけのことなのに、どうして涙が零れるんだろう。

 俺は胸ポケットからブローチを取り出して、壊れないように握りしめた。


『さよならの代わりに、花を編んで送るのよ』


 耳の奥から彼女の声が響いてくる。今はもういない、彼女の声が。


『この広い世界で、孤独を感じることがないように。自分は一人じゃないと思ってもらえるように――敵だろうと、味方だろうと関係なく。そんな風に繋がっていけたら、素敵でしょう?』


 ――そうだな。素敵な話だと思うよ。

 でも俺は、そんな繋がりなんて要らなかったんだ。


「ただ、ずっと傍にいてくれたらそれでよかったんだよ……」


 ざわざわと木々が揺れて、次の瞬間どぉっと強い風が吹いた。不意の突風が、俺の手からブローチを掠め取る。

 あたりに飛散した枝や葉を巻き込みながら、上空高く舞い上がって、蒼穹に吸い込まれていく。


「……随分とマァ、お前さんの物語は湿っぽくなっちまッタナ」


「そうだな。お前には悪いが、十二時の鐘ハッピーエンドには間に合わなかったよ。……でもな、


「あ? ソリャどういう……アァ!!」


 ボブは、俺がポケットから取り出したものを見て驚いているようだった。

 ――それは、アルストロメリアの災害植物ディザスタープラントから採取した球根だった。


「なるほど。人間よりも強く、凄まじい繁殖力を持った生物――か。お前の言う通りだよ、メリア」


 なぁ、メリア。

 お前が言ったように、人間は愚かなのかもしれない。争いはいつまで経っても終わらないかもしれない。変われない人間が、この世界にはあまりにも多すぎるのかもしれない。


 それでも、もし。

 すべてが終わって――争いの無い世界なんてものが訪れたら。


 その時は、球根を植えよう。

 今度は俺の理想とする世界を、お前に見てほしいから。


「――悪いな、ボブ。俺の物語ピロ―トークとやらはまだ聞かせてやれそうにない。だって、。最後まで付き合ってくれるよな?」


「……ヤレヤレ。口は災いの元、ってやつだナ。ショウガねぇから付き合ってやるヨ!」


 ボブは快活に人懐っこい笑みを浮かべて、ニカッと笑った


 ――いつか、語れる日が来るだろう。

 実を結ばない徒花あだばなに、遠すぎる果実りそうが実る。


 そんな夢のような話を、いつか。




 終

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アルストロメリアの徒花 神崎 ひなた @kannzakihinata

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