4.再会

 半日もするころにはすっかり見晴らしがよくなった。雄々しくそびえ立った木々はすっかり黒焦げになって、がさがさ、ずごんと倒れる音があちこちで響いている。ようやく、コロニーの中心に咲く巨大な花弁が見えるようになった。


「やはり本体は燃えないか。よほど養分を貯えているらしい。あれだけの火災ですすひとつ付いてない」


「ヤッパ直接叩くしかネェっテ!!」


 ワクワクしながら銃火器を構えるボブとプラドに揺られながら、俺たちはコロニーの中心部に向かった。その最中、幸運にも火災から難を逃れたアルストロメリア型が何体か、恨みがましくこちらに視線を送ってきた。俺たちは彼女を見かけるたびに、任意の銃の引き金を引いた。焼け朽ちる前、彼女たちはどんな表情も浮かべず、またどんな断末魔も上げなかった。


「チョロイもんだゼ」


「実際その通りだ。順調に進みすぎている」


 心配すればするほど、道中はあっさりしたものだ。トラップの類も、強力な人型プラントも出てこない。案外、この調子でいけばすんなりコロニーを攻略できるかもしれない。

 

 しかし、それは杞憂だったとすぐに思い知らされる。


 コロニーの中心地――つまり、最も巨大な花弁を揺らす木の下にたどり着いた俺たちは、運送車両から降り、さぁどうしたものかと思考を巡らせていた。


 その時だった。


『止まりなさい……愚かな旧世代の人間よ……』


 聞き間違えるはずがない。 あの日以来、その声を忘れたことは一日だってないのだから。

 それは確かに彼女の――アルストロメリア・フローレスの声だった。


 俺はAK-47を構えることも忘れて周囲を見渡した。しかしこの空間に俺とボブ以外の人間は見当たらなかった。


「ターナー! 上ダ!」


 ボブが驚愕の声を上げて、上空を指さした。

 そこには、巨大な木が聳え立っているだけだった。


 ――否。

 否、それは単なる巨大な木ではなかった。よく見ると、ぼこぼこした木の表面は顔の輪郭を象っていて、縦に二つ、不自然に樹皮がひび割れている。

 それが唇だということに、俺は気が付かなかったのだ。

 あまりにも、大きすぎるが故に――気が付けない。

 あまりにも、変わり果てていて――気が付けない。


『愚かななる人間よ……』


「シャベッタァァッ!?」


 ボブが驚くのも無理は無かった。今まで人型プラントが人の言葉を話したという報告はない。

 もちろん俺も驚きを隠せなかった。だが、それ以上に湧き上がる気持ちの方が大きかった。

 ――俺は彼女に、なんて声をかけるつもりだったのだろう。

 ――あれからどうしていたんだ、とか。

 ――どうして俺を置いていったんだ、とか。

 ――今ならまだやりなおせる、とか。


 或いは、それ以外の言葉だったのかもしれない。

 しかし、俺の口から零れたのはそのどれでもない、情けなく虚しい呟きだった。


「どうしてそんな風になってしまったんだ……」


 今のアルストロメリアには、かつての美しいビビットピンクの髪も無い。深淵のように妖艶な微笑みも浮かべない。柔らかそうな乳白色の肌はごつごつした樹皮に覆われ、耳を溶かすような甘い声色はくぐもった風の音色を奏でている。


 目の前にいるのはもう、アルストロメリアではない。

 ただの、植物に成り果てた――過去の残骸だった。


『おかしなことを言うものですね。私こそが、この姿こそが、人類にとって新しい可能性を体現しているというのに。なぜ、それが分からないのです?』


 彼女にも、もう俺のことは分からないようだった。新しい可能性になった彼女にとって、人間は等しく人間でしかないのだろう。


『愚かなる人間よ。植物の可能性を否定し、数多の同胞を土に還した罪深い旧人類よ。どうして大人しく滅びの道を歩まないのです? もう人間の時代は終わったのです。どうしてそれが分からないのです?』


「冗談きついゼ。勝手に俺の時代を終わらせルんじゃネェヨ」


 ボブはRPGの銃口を巨木に向けた。そして不敵に笑う。


「そうヤッテ余裕コイテる植物共ヲ、何体ブッ殺してキタか数えたらキリがないゼ。案外、今回もすんなりヤッちまうかもしれねぇゼ? ジャイアント・キリングってナ!」


『分かっていないようですね。我々は何度でも再生し、何度でも大地を埋め尽くす。戦っても勝ち目は無い。戦っても無意味。どうしてそれが分からないのです?』


 ボブは「ハァ?」という表情を浮かべながら俺に視線をやった。きっと、俺が同じ表情を浮かべていると思ったのだろう。

 確かに、普段の俺ならこう言っていたに違いない。「戦っても勝ち目はない。それがどうした。何度でも蘇るなら何度でも殺すだけだ。俺たちは大人しく死んでいるわけにもいかないんだよ」と。


 しかし、今はどうだろう。

 俺はなんのために――なんのためにここまで。


「ターナーァァァァァァァッ!!!」


 その時、ボブが突然俺の方に突っ込んできた。俺は為す術もなく、ボブに抱かれるままに地面に叩きつけられた。


 はっとして、何すんだ! と声を上げようとした時――先ほどまで俺の立っていた地面が、大きく陥没した。崩壊した地面の中から、二メートルほどのつぼみがせりあがってくる。

 そうして、ゆっくりと蕾が一枚、また一枚と開いていき――中から、妖艶な女体が姿を現した。彼女はにこりと笑ったかと思うと、高周波のハウリングを辺りにまき散らした。


「あは! あはははは!! あははははははははは!!! アハハハハハハハハハハハハハハハ―――――――ッ!!!!!」


 ツバキ型。

 かつてオーストラリアに咲き、たった一輪で大陸を壊滅させた悪夢の災害植物プレデタープラント


「オイオイ……ターナー。俺は夢でも見テんのカ?」


「そうであってほしいな。だが、アイツだけじゃないらしいぞ」


 そう、先ほどから次々に地面が陥没し、その中から様々な蕾が頭を覗かせては、花を広げている。


 太陽に向かって頭を垂れるサンフラワー型、毒々しい花弁から臭気を放つラフレシア型、ひと際巨大な、反り返るような花弁から女体を覗かせているのはバオバブ型か。

 いずれも、一輪で国を一つ滅ぼしかねない最強クラスの災害植物たちだ。


『愚かな人間たちよ。自らの行動がいかに無駄なのか、思い知りなさい! 貴方たちは我々の糧となるのです!』


 そう言い残すと、巨木から顔の輪郭が消えた。どうやら、彼女は自分の意志で巨木を行き来できるらしい。


「! 待て――!」


「行きな、ターナー。ここは俺に任せとけ」


「ボブ、何を言って……!?」


 ボブの表情に、思わず気圧されてしまった。サングラスを外しているのだ。その瞳は、酔っ払いのものとは思えないほどに研ぎ澄まされて、見つめているだけで自分の体が切り刻まれているような錯覚に陥った。


「あれが、お前の愛しい人シンデレラなんだろう? さっさと行ってやれよ早くしないと魔法が溶けちまうぜ。再開という名の魔法がな」


「バカ言え! 国一つ滅ぼすレベルの災害植物が四輪だぞ!? いくらお前だって――」


「彼女の真意を確かめるんだろう? お前はそのために今まで戦ってきたんだ、ターナー。なら、その気持ちを裏切っちゃいけねぇぜ」


 ボブは両肩にPRGをそれぞれ担ぎながら、ニッと頬を釣り上げた。


「死なねぇさ。俺は死なねぇよ。お前の物語――後日談ピロ―トークを聞くまではな」


「ボブ……」


 目が覚める思いだった。

 そうだ。どれだけ彼女の姿が変わり果てていようと、俺のことを忘れていようと関係ない。

 アルストロメリアのブローチ。

 その意味を確かめるために、俺は――


「走れや!! ターナーァァァァァァァッ!!!」


 RPGが同時に榴弾を放ち、辺りに爆風と音響が広がる!!

 その瞬間――災害植物たちの動きに、一瞬だけ共通した困惑を見せた。その困惑が点になり、そして線になり――ひとつのルートを浮かび上がらせる。俺は、その道筋に向かって全力で走り出した。無数のツタやイバラ、花弁が襲い掛かるが、ボブの援護射撃が俺を前へと走らせる。


 こいつらは、いうなれば足止めだ。

 コロニーの本体――つまり、アルストロメリアの元へ向かわせないための尖兵。だから、連中が塞ごうとする道の先には必ず彼女がいるはずだ!


「頑張れよ、ターナー」


 爆風と硝煙がたなびく向こう側で、そんな声が聞こえたような気がした。

 俺は振り返らずに、前へ、前へと一歩ずつ駆け出した。



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