3.炎
夜が明けた。
俺たちは先の見えない砂漠を、運送車両を揺られながら先に進んでいる。
(ああ、ひどい揺れだ。サスペンションがいかれてるんだろうな)
俺たちが乗っている運送車両は、驚くなかれ、1996年式のランドクルーザープラドだった。なんだって西暦3600年にもなって、こんな車に乗っているんだろう。
しかし最新鋭の車両はほとんど前線に行ったまま帰って来ないし、また作り直すだけの物資も無いのだから仕方ない。どこのジャンク島から拾ってきたか知らないが、動く車両を手配してくれただけでも御の字だ。
「あぁ、暑いなオイ! クーラー効かねぇのかよ!」
「ンなもんブッ壊れてるヨ! 世田谷の夏に比べたらマシだと諦めるんだナ!」
ハンドルを握っているボブは既に上機嫌で、ウイスキーの瓶を半分くらい空にしていた。
「作戦中に飲酒運転かよ! ハンドル操作だけは誤るんじゃねぇぞ」
「アア!? 文句があんなら自分で運転しろヤ!!」
「マニュアル車なんぞ運転できるか!! 時代錯誤にもほどがあるわ!」
「ケッ、紛争育ちが聞いて呆れるゼ」
「生憎、俺がいたころのゲリラは近代化が進んでてな。ジープも全部オートマ車が配備されてたんだよ」
「カーッ、浪漫のねェ戦場ダゼ」
そうこうしている内に、砂漠地帯が唐突に終わって、目の前に広大な森林が広がった。大の大人が十人以上揃っても、到底囲み切れないほど太い幹がずらりと並んでいる。どの木も競い合うようにして天を高く
さて、どうしたものだろう。車が通り抜けるスペースすらない。
「アンビリバボー! コリャまた立派なコロニーだナ!」
「ああ。さすがは爆心地。繁殖の度合いが常軌を逸している……」
しかし地球上の資源には限りがある。壮大なコロニーが作られるほどに、周囲の大地からは栄養と水分が失われ、急速に砂漠化が進む。
実際、俺たちがここに来るまでにも、砂漠化の影響は顕著だった。時折、コロニーの形成に取り残された人型プラントが花を咲かせていたりもしたが――すべてRPGで遠距離から仕留めてきた。いずれせよ、あのままでは満足な栄養が吸収できずに枯れたことだろう。
(こんな……こんな世界を、彼女は望んでいたのか?)
俺は胸ポケットに仕舞ってあるブローチに、無意識のうちに手を当てた。しかし、いくらそうしたところで彼女の思惑など分かりっこないのだった。
今の俺には、ただ前に進むことしかできない。
その先に、彼女がいると信じて。
「まずは……このコロニーをどうにかする必要があるな」
「だナ。このままじゃ前にモ進めネェゼ。ハッハー!! 与作よろしくヘイホーホーってワケだ!! 世田谷の森林管理署長をビビり散らさせたコノ腕ガ鳴るゼ!!」
「まぁ落ち着けボブ。こんな密林、いちいち相手にしてたらキリがねぇ」
「ジャアどうすんだヨ!!」
「燃やそうぜ。景気よくパーッとな」
俺たちは、運送車両の中から対植物粒子散布砲(Anti Plant Particle Cannon)を持ってきて、手当たり次第にブッ放した。これまた、葉緑体に反応して自然発火を引き起こすという珍妙な代物だ。
数分と経たないうちに、瞬く間に森林火災が起こった。
普通、樹木というのは大量に水分を含んでいるから簡単には燃えない。しかし見たところ、コロニーは相当な年齢を重ね、開花期も終盤に差し掛かっているので、幹の水分や栄養はほとんど花に集中している。だからよく燃える。
しばらくの間、俺たちは手持ち無沙汰となった。燃え盛るコロニーを見ながら
「しかしコイツら、一体ナニがしたいんだろうナァ」
「……というと?」
「アルストロメリア嬢ハ、人間を植物化して平和な世界を創りたかったンジャねぇのカ? その結果が人間の住処を覆い尽くシテ、挙句の果てに砂漠化ダ。イヨイヨ何がしたいノカ分かラネェ」
「そうだな。少なくとも、昔の彼女は意味もなくこんな真似をする奴じゃなかった。もしかすると彼女も、自分で自分が分からなくなっているのかもな」
「酔っぱらった俺みてぇだナ! ガハハハハ!! 世田谷ジョーク!」
見ると、ボブは既に二本目のウイスキーを空にしていた。勘弁してくれ。
話はそれで終わったが、しかし、実際のところどうなのだろう。
彼女は何を思って、どんな世界を願って、終末のダンデライオンを引き起こしたのだろうか。
或いは、俺の見落としている何かがあるのだろうか。
どれだけ考えても、答えは見つからなかった。
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