一五〇万回再生ごときで普段来てないFPSに来てんじゃねえよ

 大正島事変を――名称については、Wikipediaで(いつものごとく)もめにもめていた――撮影したとする動画が何者かによって投稿されたとき、視聴したFPSプレイヤーの多くが鬼伍長を思い浮かべた。というか明らかに本人の声だ。動画内の発言を実際にゲーム中に聞いた覚えのある者までいた。


 初めのうちは、動画を制作した者――一部の層の間では◯×国政府で確定していた――に彼の音声が利用されたとの見方から同情が集まり、また、悪用した何者か――一部の層は『◯×人を◯(以下略)』――への怒りをおぼえた。

 が、話は次第に雲ゆきの怪しさをみせはじめる。

 当人、鬼伍長が、事件以来、ぱたと姿を見せなくなった。


 もちろん、今回の騒ぎを受けてゲーム内に顔は出しにくいだろう。

 動画の「少佐」は戦争ゲームFPSの界隈の有名人らしい、との噂は流れ始めると瞬く間に広がり、ほとんどあるいはまったくプレイしたことのないユーザーが物見遊山でやってきて、むやみに戦場フィールドをうろつくわ、誰彼かまわず嗅ぎまわるわ、同士討ちフレンドリーファイアを乱発するわ、サーバーは重くなるわと、既存のプレイヤーを閉口させた。

 が、それもいっときのことで、おめあての少佐が出てこないとなると人々はすぐに興味を喪失。一、二週間もたつとおおむね、もとの平和な(?)戦地が戻ってきた。


 しかし鬼伍長は戻らない。

 今回の一番の被害者は彼ともいえるが、責任感の高い人物ゆえに、FPS界隈を騒がせたかたちとなったことで敷居の高さを感じ、戦場ホームへ帰りづらいのではないか。現役自衛官説はやはり本当で、上層部にバレてログイン禁止命令を受けたのかもしれない。

 さまざまの憶測が流れ、鬼伍長に近しいフレンドが窓口代わりにされ多数の質問・依頼が寄せられた。だが彼らの答えは一貫して「自分たちも彼と連絡が取れない」。

 鬼伍長が姿を見せないまま、噂話だけがひとり歩きをする。


 注目を浴びたい者が消息筋を気どり、関係者――ひかえめの向きは元自衛官を、後先考えない怖いものしらずは堂々と現役の隊員を名乗り、


『以前、不藁3佐と同じ駐屯地で勤務し、見かけたことがある』

『同じ隊に当時2尉だった3佐がいた』

『知りあいの先輩の情報 「あの声と話しかたは絶対、S(特殊作戦群)の不藁3佐」』


 などと吹聴する。


 恐ろしいのは、その後、彼らは例外なく鬼伍長や不藁3佐について触れなくなる、というか、たいていの者がゲームに現れなくなり、ツイッター等のSNSへの投稿も停滞し、さらにはアカウントを消す者まで出るところだ。

 政府や防衛省は「不藁3佐」の在否について「防衛上の機密に関わるため答えられない」と回答し、明言を避けている。つまりは、そういうことだ。

 鬼伍長=不藁3佐の見たては、FPSのコミュニティーでは確定事項となっていた。


 大正島に関連する騒動は、それ以後、動画の件も含めて緩やかに、そして速やかに、人々の意識下へ沈んでいった。

 去る者は日々にうとし。ひと月、ふた月とたつうち、鬼伍長もまた、過去の人物となりつつあった。


 動画事件から三月みつきたった七月。

 にピリオドを打つかのように、掉尾ちょうびが飾られる。


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