第七十七夜 変わらぬ思い

「ハクヤ~。起きてる?」


「ああ、起きてる」


 扉をノックしてから開けてひょこっと顔を出したエレンは部屋で寝ているハクヤの様子を伺った。

 すると、だいぶ顔色が良くなったハクヤの姿がそこにはあった。


 ハクヤはエレンが来ていることに気付いていたのか。ベッドの上で上体を起こしている。しかし、エレンはその状態に不満げであった。


「もう、まだ完全回復してないならちゃんと寝てないと」


「そうしたいのは山々だけど、状況がそうも言ってられない感じだし。今ってどうなってる?」


 ハクヤはミュエルに叩き起こされた一件からあまり外部の情報は受け取っていない。

 回復に専念するよう気を遣われたのかもしれないが、ハクヤ的には何も情報がない方が辛い。とはいえ、ミュエルがまだいるので安心はできるが。


 そして、体調も八割方回復したところで、残りの二割は自然回復に任せてハクヤはエレンから情報を聞き出そうと尋ねた。


 それに対し、エレンは「仕方ないな」とぼやきつつも返答していく。


「とりあえず、村の周囲に防御策は作ってるかな。とはいえ、急ごしらえに近いから耐久度的な問題は期待出来てない感じだけど」


「それはエルフの力を借りれば十分なものも出来上がる。それ以上に、敵の総数が把握でいない以上罠の設置数が決められないのが問題だな」


 とはいえ、ハクヤの予想では相手の数はこちらの総数よりはるかに多くの数が攻め込んでくると予想している。


 それほどまでに魔族が潜伏しているわけではなく、ある意味魔族より厄介な“魔物”による襲撃だ。


 ハウズの証言からは「聖樹の加護でも抑えきれない狂暴化した魔物」が増え始めてるとのことだった。


 そして、その事実がわかったのは少なくともハクヤ達がハウズと出会う前のこと。言い方を変えれば、ハクヤ達よりも先に魔族連中が森に入った頃ともいえる。


 そうなれば、生物兵器を使った魔族が同じく生物兵器の一つとして魔物を狂暴化させたとなれば辻褄は合う。


 まあ、そのことはハクヤが魔族と対面した時点でわかっていた。故に、相手の総数はこちらよりも多いといえるのだ。


 加えて、魔物は森に住むエルフとはまた違う天然のハンターだ。魔族が迷う道でも魔物は迷うことなく余裕で敵へと突っ込んでいく。


 相手が魔族ならばまだ別のやりようがあったかもしれない。しかし、相手が魔物であれば地の利は同じ。

 加えて、恐らくこの敵の黒幕がエルフであるとすればなおのこと。


 魔族といえど人である。そして、人は「恐怖」を感じ、自分の身に迫る危険を「不安」とともに命を惜しむ。


 それは人が敵と相対したとき「勝ち負け」に拘るから。成績の順位や学歴など大抵なことは命にかかわるほど切羽詰まったものではない。


 故に、人は「戦う」のである。自分に命があることなんてもはや一部当然のことに考えているのだろう。


 されど、魔物もとい生物は違う。彼らは――――「生き残る」なのだ。


 他種族との生存競争のすえ、自分達の有利な進化を考えてそれに特化して生き延びる。

 命とは常にいつ失われてもおかしくないと前提で考えられているが故の行為。


 魔物は人が決意を固める時間を必要とするまでもなく、「殺される前に殺せ」なのである。

 故に、人以上に戦いの前においてたとえ殺されるときであっても、恐怖に屈する存在は少ない。


 だからこそ、厄介なのだ。魔物に各々の自己判断力がなくともそれは指揮官の命令一つでどうにでもなる。


 そして、その魔物が群れで動く存在であるほど結束力と連携力は凄まじくなり、油断ならなくなっていく。

 加えて、魔物によっては個体値が遥かに人よりも高いことはザラにある。


 なので、この戦いが魔物と戦うことを前提として行われるならば、対策はもちろん魔物特化のものにしないといけない。


「はあ......とりあえず、俺も自らの目で様子を確かめた方が良いか」


「なら、私が付き添うからね。絶対だよ!」


「俺はそこまで病人じゃないんだけどな」


「さあ、この過保護っぷりはどこの誰の影響でしょうね」


 エレンは頬を膨らませプイッとそっぽ向ける。その様子にハクヤは苦笑いしながら「やっぱ魔族殺しを気にしてたか」と内心思った。


 とはいえ、あの場で魔族を野放しにしておけば後でどうなっていたかなんて容易に想像つく。

 可能性的には生き残って森を抜ける確率はとても低いが、万が一森を上手く抜けた後は援軍もしくは情報が組織に伝わることになる。


 そして、その情報をもとに組織自体が動いてしまえば、この森はたちまち存在がなかったように消えてしまうだろう。


 だったら、可能性をゼロにするのが一番。そう、にするのであれば。


「それじゃあ、行くか」


「うん!」


 ハクヤが声をかけるとエレンは嬉しそうに返事した。まるで犬の耳とシッポが幻視できそうな笑顔だ。

 ハクヤはエレンの頭をポンポンと触れると部屋を出ていった。


*****


「みゅーえっるさん」


「どうしたの?」


「恋バナしましょ」


「はあ、またなんなのよ突然......」


 場所は移って村長宅の外。周囲の見回りに出ていたミュエルはルーナの突然の言葉に呆れてため息を吐いた。


 どうしてまあ、こんなにも突然なのか。しかも、今のようなちょっとピりついたような空気の時にそんなフワフワした話を。


 それに対し、ルーナはいかにも自分が間違っていないかのように話す。


「こういう時だからだよ。確かに緊張するのもいいけど、あんまり緊張しすぎるのもよくないかと思って。ほら、リラックスって大事じゃん?」


「それはそうだけど......どう考えても話のチョイスがおかしいでしょ」


「そう? おかしいところあったかな~」


 ルーナはミュエルの顔を見るとニヤついた表情を浮かべる。いかにもこれから小バカにしますよ感が溢れ出ている。


 ミュエルはそんなルーナに頭を抱えそうになりながらも、恐らく勘違いではないけど勘違いをしていることを訂正する。


「私とハクヤは同僚であり、青二才だった過去の私の過ちで兄妹の契りを交わしてしまっただけの関係よ。それ以上でも以下でもない」


「え~、私まだ何も言ってないよ~?」


「そうやってカマかけようったって無駄よ。あなたが話したいことはそれで間違いないんだから。それとも勝手に勘違いした私の姿を見て楽しむつもりでもいた?」


「ちぇー。もう少し愛想よくたっていいじゃん」


 ルーナは期待していたミュエルの反応とは違い悔しそうな拍子抜けのような顔をする。それに対して、ミュエルは逆にしたり顔だ。


 しかし、ルーナはすぐに気を取り直すと頭の後ろに手を組み、ミュエルに尋ねる。


「ハクヤさんがミュエルさんのこと『妹だ』みたいなこと言ってたけど、その契りみたいなのがそうなの?」


「まあね。その時の私は弱くて一人では何もできなくて、だからたまたま別の仕事で助けられたあいつについてったの。

 今思えば若気の至りって感じよね。ほんと色々考えれば選択肢は普通にあったはずなのに、あの時は一つのことしか考えられなかった」


「ってことは、かなり知り合ってから長いってこと?」


「長いわね。少なからず、ハクヤがエレンを引き取ってくる前からの付き合いだから。まあ、あの時は色々と大変だった」


「それで今もこうしてハクヤさんについていくほど好きなんだ」


「......あいつは何かと器用そうに見えて不器用な人間だから。特にエレンちゃんの扱いとその気持ちに関する取扱い方は」


「今の間って思わず肯定しそうだったから溜めた?」


「違うわよ」


「そっか。でも、ハクヤさんのことを好きなのは否定しないんだね」


「......っ!」


 ミュエルが自分の言葉にハッとしてルーナを見るとムカっとするほどにニヤニヤしている。

 それに対して、ミュエルは顔を赤くして思わず羞恥心でぶん殴りたい気持ちになったが、ここは大人である故にセーフしなくては。


「それにしても、健気だね。同時に悲しくも思えてくるよ」


「悲しく?」


「だって、ミュエルさんの好きなハクヤさんはエレンさんばっかり気にかけてて、エレンさんもハクヤさんに気持ちを爆発させた状態で。

 にもかかわらず、ミュエルさんはどっちの気持ちをしりながらも、どっちの仲も取り持つように動いている。自分の気持ち以上に」


「......」


「昔読んだ王国のお姫様並みの健気さだよ。もっともあれはそういう設定だからの話だと思ってたけど、まさかこんな近くに本物がいるなんて.......ってどうしたのミュエルさん?」


 ルーナが話しているとミュエルは突然止まる。その視線の先をルーナも辿ると村長の家からエレンとハクヤが並んで外へ出てどこかに歩いていく様子であった。


 ルーナが「あ~あ」という気持ちで眺めていると隣のミュエルが話し始める。


「もう諸々バレてるから言うけどね、私はもう十分に幸せをもらってるのよ。

 私はすでに汚れてしまっている。そして、ハクヤも汚れている。だけど、ハクヤの心を変えられるとすれば、それは汚れた私ではなく、汚れていないエレンちゃんだけなのよ」


「それって辛くない?」


「別に......今更考えたこともないわ。私は昔からエレンちゃんの存在を知ってるし、それこそ妹のように思っている。

 そんな妹が好きな人とために頑張ろうと色々考えて今もきっと行動してるのよ。私以上い健気な子なの」


「......」


「だったら、姉としてしてあげられるのはエレンちゃんの幸せ以外に何があるの?」


 ルーナは思わず目を見開いた。それはあまり際立って表情が変わらんないミュエルが今まで見たことないほど最高に気持ち悪く、薄っぺらい笑顔を向けていたからだ。


 一見純粋に全開の笑顔と思える表情もミュエルと話したルーナにはあまりにも違って見えた。

 自分の気持ちを殺しに殺した精巧な人形のような笑顔は微塵も心からエレンの応援をし切れていない。


 それはエレンに対する私怨ではなく、もっと単純なミュエル自身の心の弱さの問題。

 その笑顔から垣間見えたのは塗りたくったような泥の壁をいかにも鋼の壁のように見せているかというだけだった。


 本当はミュエルはエレンに負けないほどの強い気持ちを持っている。しかし、その本人がその気持ちを初めからなかったように振舞っている。それが“気持ち悪い”。


「ほら、私達も行きましょ」


「あ、うん......」


 ルーナはミュエルの言葉に何も返せなかった。ただ見たままの光景のインパクトが大きすぎて、そればかりが脳裏でチラつく。


 しかし、ルーナの中でそれに対する気持ちは必然的に一つに定まり始めた。

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