第六十二夜 鬼人の娘と乙女の地雷

 ハクヤがのんびりと街道を移動中、荷台でポカポカと暖かい日差しを感じながら寝ていたミュエルは耳をピクピクと反応させ何かを捉えた。


 そして、寝ぼけ眼で起き上がると目をこすりながらハクヤに告げる。


「遠くの方で何か聞こえた。戦闘......ぽい?」


「起きたか。戦闘ね......魔物同士の戦闘であればスルーするに越したことはないんだが、そこらへん判別できないのか?」


「少し待って」


 ミュエルはそう言うと両手を床につけて大きく背中を反らして伸び~をした。いわゆる、猫が起きてやるストレッチのそれだ。


 それを見たハクヤの「やっぱり猫だな。まあ、猫の獣人だしな」とニヤニヤした視線に気づくとミュエルは顔を赤らめすぐに氷の矢をシュッと放つ。


 しかし、その攻撃はハクヤにさらりと躱されて余計に怒りに震える。とはいえ、これ以上やろうとも全て時間の無駄であり、体力の無駄。


 ミュエルは深呼吸して心を落ち着かせると耳をピンと立てて、それからちょこちょこ動かしながら聞こえた音を判別していく。


「女の子の声がする。それから、多くの魔物の声」


「わかった。それが聞ければ十分だ」


 ハクヤは馬に鞭を打つと急いで馬車を飛ばしていく。そしてしばらく走らせていると、正面の方から粉塵が舞い、大きな得物を持つ少女とその少女を囲む魔物が見えてきた。


 その少女は基本銀髪のポニーテールであるが毛先が紅くなっており、額からは逆立って生える立派な二本の角が見える。


 そして、少女が持つ得物はまるで斧と金槌を合わせたような自身の体を超える武器で、片方の斧の部分で魔物を斬り裂き、もう片方の金槌の部分で魔物を押し潰している。


 正直、助太刀などいらなそうな雰囲気であったが、一人の少女に対して魔物が際限なく現れており、少女の方も肩で大きく息をしていて体力的にも厳しい感じであった。


 それを見たハクヤはエレンを起こすとすぐに二人に指示をかける。


「ミュエル、運転を変ってくれ」


「わかった」


「エレン、寝起きにそうそう悪いが俺を今から三秒間見るな」


「おはよ~......うん、わかった~」


 絶賛寝起きみたいなエレンの様子に若干不安になりながらも、いざとなればミュエルが守ってくれると信じ運転席から飛び出した。


 ハクヤは「後であの子には謝らないとな」と呟くとスッと笑みを消して、目つきを鋭く細くした。

 その瞬間、辺り一面は凍り付く。


 これはあくまでイメージだ。少女と魔物とミュエルが見た、ただのイメージ。されどわかっているミュエル以外には現実と錯覚するほどの鮮烈な殺気イメージ


 突然遠くから氷が迫ってきたかと思うと自身の体を氷漬けにしていき、喉元にはナイフが突きつけられているような感覚に囚われた少女と魔物はその戦闘を止め、一人の男を見る。


 その男ハクヤを死神のごとくだと理解して、咄嗟に動こうにも体が無意識に拒絶していて動かない。


 そんな少女にハクヤは飛び出した勢いのまま近づいていく。するとその時、少女が雄たけびを上げて動き出した。


「らあああああ!」


「すごいな。君は心が強い子だ」


 少女は恐怖で固まった体を叫び声で無理やり奮い立たせ、両手に持った得物を刃を前にしてハクヤに振るった。


 ハクヤは空中で落ちているタイミングなので「当たる」と思った少女であったが、まるで足場があったかのようにひらりと躱されあっという間に間合いを詰められる。


 そして、少女に目元にそっと手を覆い視界を隠すとハクヤは告げた。


「俺を見なければ大丈夫だから安心して。それから、君を助けに来ただけだから」


「......え?」


 理解が追い付いていない少女を尻目に見ながら、ハクヤはもう片方の手で親指を立てそれを首に当てる。


「じゃあな」


 ハクヤがその親指を横に動かしてまるで斬首するかのようなジャスチャーをすると固まっていた魔物が一斉に体を石のように固めたまま横に倒れた。


 そして、ハクヤが殺気を収めると少女がブワッと出していた冷や汗も落ち着きを取り戻し始めた。


「悪いな。割りに数がいたからこれが手っ取り早かったんだよ」


「そ、そうなんですか......」


 ハクヤがすぐに手を放すと少女がすぐに見た光景は先ほどまで戦ってた魔物との死屍累々。

 何をしたかわからない少女は未だ混乱する最中、ミュエル達が向かってくる。


「ハクヤ、やりすぎ」


「いや、そこまでだと――――」


「やりすぎ。謝って」


「はい、ごめんなさい」


「私じゃない。その子に」


「誠に申し訳ありませんでした」


「い、いえお構いなく。あたしは助けてもらった方なので」


 ミュエルに頭が上がらないハクヤは言われるがままに、先ほどの威厳はどこへやらとペコペコ頭を下げる。


 その急な反応の変化に少女は戸惑いながら対応しているとミュエルは獣人故の鋭い嗅覚で何かに気付いた。


 そして、少女に近づいていくとにおいのもと確かめながら探っていき、「失礼」と言って少女の腰についていた小さな袋を手に取った。さらに、その小袋をカチンコチンに凍らせていく。


「さて、これで魔物は来ないわよ。それじゃあ、時間もいい具合だしお昼にしない?」


 そして、(主にハクヤが)さっと魔物の死体を片付けると街道の少し端でエレンが料理を作り始めた。

 出来上がった料理にしばらく舌鼓を打つとようやく本題に入る。


「それであなたの名前は?」


「あたしは【ルーニエスタ=マルドゥーク】と言いますけど、長いのでルーナでいいです。それと、基本的に普通に接してくれればと思います」


「わかったよ。なら、私達も堅苦しい方がない方がいいかな」


「わかり......わかった」


 ハキハキとしゃべる割には意外にも緊張している様子であった。戦闘中ではあんなにも堂々としていたのに。


 とはいえ、見た目はエレンと似たような年齢で快活で元気な少女といった感じである。エレンと似たようなタイプで「エレンと仲良くなれそうだ」とハクヤが思うのも無理はなかった。


 ルーナが自己紹介してくれたので、ミュエルも簡単にメンバーを自己紹介していくとルーナの視線は最後に紹介されたハクヤに止まった。


「な、何か?」


「あ、いえ、何も......」


 思ったよりしおらしい反応に一瞬場が固まる。といっても、気づいているのはミュエルだけで、ミュエルは場を固めた隣の乙女に目を向けた。


 その乙女エレンはニコニコした様子でルーナを見ている。その反応に「一瞬ピクッとしなかった?」と思いつつも、何もないならとスルーすることにした。


「そ、それにしても、このパーティって男性が一人だけど、もしかしてどっちかが恋人だったりするんですか? もしくは両方とも?」


 思春期真っ盛りなのかそんなことを聞かれた。その言葉にエレンは「えへへ、そう見えるんだ~」とニヘラと溶けたような顔になり、ミュエルも気にしないふりをして触角を指でくるくる弄る。


 しかし、その場は当然のごとく鈍感野郎によってぶち壊されることになる。


「いや、娘と妹」


「え、そうなの......ヒエッ!」


 ハクヤは悪気も屈託もなくエレンとミュエルをそう言って見せた。そして、その言葉はエレンだけでなく、ミュエルも思わずピクッと反応させてしまった。


 何も知らないルーナは少しがっかりしたような様子でその二人を見て思わず声が漏れた。

 それは先ほどとはまた違った恐怖の殺気をハクヤにぶつける乙女二人がいたからだ。


「ミュエル、これが殺意なんだね」


「ちょっと違うけど、まあ似たようなものね。あいつは殺す気で行かないとダメよ」


 なにやら不穏な会話をしてることに気付いているのはルーナだけで、一向に二人の視線に気づかないハクヤに「なんで気づかないの!?」と思わずルーナは動揺する。


「まあ、そういう意味では何も関係性がないのはルーナだけになるな」


「み、見たいだね......」


「まあ、関係尽くしのパーティだからといってもあんまり気にしなくてもいいよ。とはいえ、こう出会った縁からしてなんかの関係があったりしてな。もしくはこれから関係を作っていったりするかもとか」


「関係を作る......」


 ルーナは思わず考えてしまった。もしこのパーティで関係を作ったのならどのポジションに入るのだろうか。

 「妹」と「娘」はいるわけだし、それとは違う視点となると「母」もしくは「恋人」―――――


「ルーナちゃん、その角立派だね。ちょっと見せて?」


「ヒエッ!」


 エレンがにこやかな身で告げてくる。その隣のミュエルも普段には見ない笑顔だ。

 しかし、ルーナにはわかる。その貼り付けたような笑顔の裏にはとんでもない殺気が隠されてることに。


 この会話を続けていればそれこそ先ほどの戦闘とは比でないほどの(精神的)ダメージを食らわされる。

 いや、この状況から逃げる為にはそもそも話題自体を変えるしかない。


 ルーナは冷や汗をかきながら「そ、そういえば!」と無理やり話題を捻じ曲げていく。もとより目の前の鈍感が引き起こしたことなのにどうしてこっちに来るのかと思わなくもない。あ、気づかないからか。


「ミュエルさん、確かあたしの腰から小袋を取り出したよね? あれってただのにおい袋だと思うんだけど、それがどうかしたの?」


「におい袋?」


 その言葉の反応にミュエルは思わず固まる。そして、氷漬けにした袋を全員の見やすい場所に置くと答える前に確認した。


「少し確認していい? ルーナが魔物と戦い始めたのはいつ頃?」


「うーんと、二時間前だね」


「よく体力持つね」


「鬼人族だからね。人族よりは身体能力高いんだ」


 その言葉に反応したのはミュエルではなくハクヤであった。そして、ハクヤが何かを考えるように頭を下に向ける一方で、ミュエルは質問を続けていく。


「その前に誰か人と会わなかった?」


「それなら会ったよ。耳が長かったし、肌は褐色だったからダークエルフだと思われる三人組」


「ダークエルフね......」


 ミュエルは頭の中にある情報で適当なのをピックアップして繋ぎ合わせていく。そして、ルーナに頭の中で出てきた解を告げた。


「ルーナ、実はこれ.....“におい袋”じゃなくて“魔寄せ袋”といって魔物を引き寄せるためのにおいがはいった袋。あなた、もしかしたら何か盗まれてるかもしれないわ」

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