第五十二夜 殺意#1

 ダンジョン35階層。ここにてアンデッド系のフロアボスであるゴーストキングを倒したエレン、ベルネ、メニカ、ウィル、ボードンの5人は想像以上にあっさりと倒せてキョトンとしていた。


 てっきりもう少し苦戦するかと思っていれば、聖水二つばかりを使っただけなので、こちらの損害と言えばほぼゼロに等しい。


 これは運が良かったのか。それとも、こちらの対策がたまたま的確だったのか。それがどちらかはわからないが結果良ければ全て良し。


「やったー勝ったー!」


 ベルネがエレンに駆け寄ると両手を掴んではぶんぶんと上下に振って喜びを表した。


「おいおいおい、これマジで今回で最終階層行くのも夢じゃねぇんじゃねぇか!?」


 続いてきたウィルも思わずこの先の自分達の最終階層攻略を想像しているのか興奮気味だ。


「これはいけるっスよ! 間違いなく!」


「正直、どうなるかと思いましたが、まだまだ私はやれますよ」


 それから、ボードンもメニカも戦いの熱気が冷めやらない様子で、言うなれば戦うよりも士気が高い。


「それじゃあ、一先ず休憩しよっか。さすがに魔力を消費したしね」


 そんな興奮している4人にエレンはあえて一歩引いた様子で休憩を促した。

 その姿はいつかのハクヤの姿を真似ているような気もしなくもない。いや、本人的にはきっと意識した感じなのであろう。


 その言葉に「まあ、調子乗って油断するのもあれだしな」とウィルが同意するとその言葉に従うようにどっと疲れた息を吐いた。

 そして、全員がその場にへたり込む。なんだかんだ言って魔力消費による倦怠感はあるようだ。


 すると、メニカが先ほどの戦闘に関してエレンに質問してきた。


「そういえば、どうして武器を聖水で濡らせば攻撃が通ると分かったんですか?」


 その質問に、エレンは膝で甘えるグレンをあやしながら返答する。


「私がそれを閃く前にゴーストキングあのフロアボスの攻撃があったでしょ? そして、その時にボスはわざわざ攻撃してきたんだよね。

 それってさ、つまりは岩を持つために一時的に実体化できるということで、本来なら実体化できないボスを聖水を使ってなら実体化できるんじゃないかと思ったんだよ」


 それを聞いていたウィルとベルネは「うんうん」とうなづきながら、ゴースト系の魔物の特徴をさらっていく。


「なるほどな。ゴースト系の敵はまず魔法しか通用しない。そして、その弱点が光魔法で、特に神聖属性も持っているとなお有効」


「それで聖水が効くのはその水に含まれている神聖属性がある光の魔力が込められてるからなんだけど......これってもしかしたらこれからのゴースト系の魔物にも使えない?」


「確かに使えそうっす! でも、あまり試すのは有効な手段じゃないっすね」


「なんでよ?」


「まず......というより、一番大きな問題に聖水がそれほど手に入らないことがあります。

 今回はボス戦で平然と二つほど使っていますが、本来であればそれすらも渋ると考えた方がいいです。

 なんとなく思うのですが、今回がやけにあっさり勝てた理由としてはエレンさんの神聖持ちの光に加え、ウィルさんとベルネさんの二人も聖水を使ったアタックがかなりボスにダメージを与えたのではないかと」


「そもそも俺達は現状況で聖水がまだ余ってるというバグった思考をしているんだ。

 俺達が金を寄せ集めてもせいぜい買えて二つ。そして、ここでその二つを使ったとなれば、この先待っているのは詰みしかない」


「そ、そうだったわね.....本来慎重に使わないといけないのを思わずボス戦だからって二つ使ってるけど、その行動自体頭がおかしいのよね」


 だんだんと4人の士気が勝手に下がっていく。伝わってくるのは「これって俺達の本当の実力だったら負けてる可能性あるんじゃね?」ということ。

 それはより名誉を求めた冒険者故の自意識なのか。


 とはいえ、勝ったものは勝ったのだ。そう思わせようとエレンは考えたものの、上手い言葉が見つからなかったので、話題そのものを変えることにした。


 そして、エレンは立ち上がりながらパンと一回手を叩いて4人の注意を引くと笑顔で告げた。


「とにもかくにも、私達の冒険はまだまだ続けられるってことだよ。どうせならこのまま行けるところまで、それこそ最終下層まで行こうよ」


 エレンはそっと右手を差し出した。その右手に他の4人が自信あり気な顔に変わると立ち上がり、エレンの右手に自身の右手を乗せていく。


 いわゆる円陣だ。エレン達がダンジョンに潜る前にやった恒例の一番手っ取り早い士気を高める方法。


 その円陣はエレンよりも数多くやって来た他の4人にはわかりきっている。だからこそ、エレンの行動に嬉しくなり、同時にエレンの行動に意味も察した。

 それこそ、エレンが口に出した言葉の意味だ。

 

「それじゃあ、最下層目指してがんばろ――――」


 エレンがそう言いかけて右手を振り上げようとした瞬間、ザクッという何かが切り裂く不吉な音がした。

 そして、その音の原因はすぐにわかった。


「ごばぁっ」


「......え?」


 突然、ボードンが吐血した。そして、口からこぼれ出た血は全員が重ねた右手へと降り注ぎ、その赤い滴は一番下にあるエレンの手まで大量に届いた。


 その光景に思わず言葉が漏れたのはエレンだけであって、他の4人は言葉にすらならない様子で固まっている。


 その一方で、ボードンはぼたぼたと口から血を滴らせ、重ねた右手をそのままに膝から崩れ落ちた。

 そして、エレン達が油を刺し忘れた機械のようにギギギと視線をボードンに合わせるとボードンのみぞおち辺りから剣が生えていた。


 いち早く動けたエレンは後ろ向き倒れるボードンの体を支えるとすぐさま剣を引き抜き、その傷に回復魔法を当てていく。


 あまりに突然のことに頭の中が半ばパニックになりつつも動けたのはエレンが特殊な二人に囲まれていたおかげか。

 その数秒後にようやく動き出した3人はすぐにボードンに駆け寄る。


「ボードン! しっかりしろ! おい、ボードン!」


「何......何がどうなってるの!?」


「わ、わわ私も今回復魔法を――――あぁっ!」


 メニカもエレンに続いて回復魔法をかけようとした瞬間、その体が一気に弾け飛んぶ。

 メニカの体は地面をゴロゴロと勢いよく転がっていき、その場で気絶した。


 そのことに再び思考停止になった3人であったが、エレンはすぐに治療を再開し、ベルネはメニカに駆け寄って安否を確認し、ウィルは鋭い目つきで自分達が入ってきた入り口の方を見た。


「ククク、ハハハハハ!」


 そこには右手を腰に携えた剣と柄に触れさせ、左手をエレン達に向ける金髪の男――――カルロスの姿があった。


 鎧や顔の一部にはここまでの道中の魔物を狩ってきたであろう血が付着していて、額から右目にかけて青黒い刻印のようなものが存在している。


 目、否、全身から溢れ出すような狂気は見ているエレン達に鳥肌を立たせるような感じで、何もしていなのにただ冷や汗をかかせる。


 まるで隠す気のない敵意と悪意の瞳は見ている全てのものを凍てつかせるようで、目を合わせてしまったエレンとウィルは蛇に睨まれた蛙のように固まる。


 僅かに動かせた視線でカルロスの姿を確認すれば、右腰には鞘が二本あるのに剣が刺さっているのは一本だけ。

 つまりボードンに刺した剣も、左手を突き出した様子からもボードンとメニカに攻撃したのはカルロス一人なのであろう。


 狂気的な笑みと笑い声をあげるカルロスはまるで虫けらを見るような瞳で告げる。


「ハハハ、実に良い気分だ。こんな誰もいねぇ空間で、溢れ出してくる力の試しとウざってぇガキどもを殺せるんだからよぉ。

 あー、ハハハ、ハハハハハ! なんもしなくても笑えてくる。女犯してヒィヒィ言わせるよりぶっ殺すという方が100倍わくわくするなぁ!」


 自分に酔っているというべきか、もう心底狂ってしまったと言うべきか。

 どちらにせよ、以前ギルドで会ったカルロスの姿とは全く様子が違うことは明らかであり、エレンは話てみなくても分かった。


 「この人は危険である」と。


 すると、「あ、そうそう」と言ってカルロスは一度入り口の方へと戻って、すぐに出てくるとその右手に何かを握って帰ってきた。


「せっかくの再会だぁ。実は手土産を持ってきたんだ。ほれ、受け取れよ」


 そう言って、放り投げた者はサッカーボールよりも一回り小さくて、人間の体でもっとも重い部分――――そう、頭であった。


 その頭はどこかも知らない男性の顔。しかし、エレン達を向いて止まったその人の顔は死ぬ瞬間の恐怖を押し固めたような表情で死んでいた。


「そいつはなぁ、そこのガキ娘にピッタリと等間隔の距離で尾行していた奴だ。

 てめぇらは気づかなかったようだが、そいつらはお前らを殺すでもなくただ観察してた。いいとこどこかで雇われた暗殺者か何かだろうな」


「......暗殺者?」


 その言葉にピンとこないウィルは思わず呟いたが、その近くにいるエレンだけは僅かにハッとした顔をする。

 「暗殺者」その言葉はエレンにとってもっとも身近な言葉だ。そして、殺すでもなく観察していたとなれば、恐らくどちらかが雇ったと考えるのが妥当。


 それはこうなることを予想していたからか、それとももっと単純に自分に対して過保護な二人の行動によるものか。


 二人のことを考えればきっと後者であろう。そして、それは自分に身の危険が迫った時、ミュエルまたはハクヤに連絡が伝わる橋渡し役だったはず。


 しかし、その存在が殺されているということはここに助けに来ることはもはや絶望的なのかもしれない。

 その瞬間、エレンは心臓が握られたように呼吸が浅くなった。


 そんなエレン達の様子を露知らず、カルロスは狂気的な笑みを浮かべたまま告げた。


「正直、再会の邪魔だったんだよなそいつ。とはいえ、手土産もなしに来るのは失礼だろ? だから、お前らにしっかり手土産を用意してやったんだよ。感謝しろよな」


 そう言って、カルロスは大きく髪をかき上げ、確かな殺意の宿った目で見つめた。


「だからさぁ、簡単に死んでくれるなよ。つまんねぇから」


 その瞬間、エレンの心臓は更に握りつぶされたかのようになった。呼吸が苦しくなり、体が勝手に震えてくる。冷汗は止まらないうえに目も離せない。

 この時、エレンは初めて本当の人の殺意を感じ取った。

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