第五十一夜 束の間の冒険

 場所は変わってダンジョンの35階層。ここではエレン、ベルネ、ウィル、ボードン、メニカは順調にダンジョンの最奥を目指していて、段々と敵の強さを実感しながらもなんとか進んでいた。


「少し休憩しよう」


「「「「賛成」」」」


 リーダーであるウィルが声をかけると全員がやややつれた顔で同じ意見を示した。

 疲労が溜まってきているのだ。ただずっと暗い道を歩いているのに加え、戦闘で激しく動き魔力も消費している。


 暗闇は精神的不安を作り出し、同時に自分のみを守るために周囲を警戒しておかなければならず休まることがあまりない。


 そして、戦闘はもっと単純で相手の殺意ある一撃が自分の命を刈り取らないように対処しなければならず、魔法も使用していけば魔力を消費していき、魔力残量が少なくなってくると体の疲労が大きくなっていく。


 これで休みを取るのは何回目か。下の階層へ行く度に休憩回数も大きくなっている。とはいえ、ずっと留まっているのは敵に囲まれる恐れもあるのであまり有効的な手段ではない。


 5人はダンジョンを攻略した者が優秀な冒険者として認められる理由をなんとなく理解した。

 自分の実力と同等以上の相手と集団で連戦しなければならず、周囲への警戒のために心を落ち着ける暇がない。


 もはやその警戒心を常態化しなければならず、それがどれほどまでに苦痛なことか。加えて、人としての生理的な欲求がある。


 それは食欲と睡眠欲だ。よく聞く話で自分が仕留める獲物は他の獲物を仕留めて食事をしてるや寝ているタイミングが一番の狙い目だと言われている。


 それは単純に油断しているからだ。それらは一種の快楽と同じ。心に平穏とゆとりをもたらす。だが、それはダンジョンの挑む者にとって絶対的に必要なものである。


 人の集中力は無限には続かない。常態化もしくは習慣化するほどの無意識下で鍛えられたものでしかそのようなことは出来ないだろう。


 そして、そういう鍛えられた人たちでも集中力は体力を削る。ずっと疑心暗鬼で生きていれば思考だって壊れてしまう。


 加えて、食事も寝ることもやめてしまえばやがて体にガタが来るのはもはや考えるまでもないこと。

 故に、それらは絶対的に必要なものである。だが同時に、先ほども言ったがもっとも油断が生まれる瞬間。


 エレン達は現在狩る側のものでもあり、ダンジョンという魔物のテリトリーに侵入した狩られる側でもある。


 そのため現在の休憩中でも半分が警戒して周囲を見渡し、半分が少しだけ警戒心を緩める。そして、その半分が休憩し終えると先ほどの半分が休憩。


 このぐらいしかやっていく方法はない。しかし、それも回数を重ねればもはや休憩と警戒の曖昧がつかずに、結局のところ警戒しっぱなしになっているということはザラにあるが。


「はあ、心が休まらない。ある程度のことは予想していたけど、もう敵が一撃で倒せないのよね」


「まあ、それはこの階層の最終部にいる階層ボスを倒すための温存であるから仕方ないですし」


 思わずついて出たベルネの弱音にメニカがそっとフォローする。しかし、それにウィルが少しだけ噛みついた。


「そんなこと言ったって、魔力を回復できる魔力ポーションをボス戦までがぶ飲みして腹タプタプで行くわけにはいかねぇだろ?」


「それにあれってあんまりうまくないっすからねぇ」


「まあまあ、今はここまで来れた自分達を誇ろうよ。それにいざとなれば聖水があるわけだし」


「キューイ!」


「そうそう、グレンちゃんもいるわけだしね」


 エレンはグレンの頭を撫でながら、皆に心をなだめるようなことを告げる。

 とはいえ、そういうエレンの顔も作り笑顔といった感じであまり心の余裕を感じさせない。

 まだ余裕があるとすれば、それはグレンの存在か。


 グレンは基本的に控えとして温存させていた。それはこの先に待ち構えている階層ボスのため。

 そのためこれまでの道中ではグレンの力に頼らず自力でやっていた。

 しかし、それも限界が来てついにグレンの力を頼らざるを得なくなった。


 とはいえ、現状で言えばグレンが一番元気だ。そして、小さいとはいえ立派なドラゴン出ることにはかわりない。


 加えて、周囲の索敵や警戒などをグレンが手伝ってくれているのでその分少しだけ楽させてもらってる感じでもある。


 そして、なんといっても安心感だ。ドラゴンであるため早々にやられないという安心感と両手に乗るサイズからのアニマルセラピーともいえる癒し。

 エレン達からすれば、グレンの存在が唯一の休憩を味わえている実感があると言える。


 全員がグレンの様子を見て少しだけ表情を柔らかくするとウィルが「そろそろ出発しよう」と歩き始める。


 そして、その道中にももと冒険者の慣れの果てのような姿をしたゾンビやプレートメイルを着たスケルトンなど様々な強敵が現れた。


 その魔物たちを倒し、ときには退けつつ奥へ奥へと進んでいくとついに5人は巨大な扉の前まで辿り着いた。


「ようやくここまでやって来たな」


「そうね。もう大体4分の3までは来てるんじゃないかしら?」


「残りもあとちょっとですね。頑張りましょう」


「盾は任せてくださいっす。相手の攻撃は全力で防いで見せるっす」


「それからチャンスがあれば聖水をぶつけよう。それだけで戦況が変わるかもしれないからね」


「よし、全員いっちょ“あれ”やるぞ」


 そう言って、ウィルは手を差し出すと全員が円を作るように並んでいき、その手に自身の手を重ねていく。


 そして、ウィルの「勝つぞ」という言葉で全員が「おおおおぉぉぉぉ!」と叫びながら拳を天高くつき上げると扉の奥へと進んでいった。


 扉に入ると背後の扉が勝手に閉まる。ここからはボスを倒さない限り逃げ出すことも叶わない。生きるか死ぬかはこの場で決まる。


 ボス部屋は明るかった。そして、全員が見る目の前には黒い靄の集合体のようなものが存在していた。

 しかし、赤い目と口だけがやけにハッキリと見えており、その靄は足はないものの鋭く三本爪の手だけが大きく存在している。


 5人が軽く見上げるほどの大きさで、まるで巨大な建造物と戦うようなスケールだ。とはいえ、こんなのは今更で前回のミノタウロスだってその大きさはあった。


 しかし、問題は相手が靄のようなもので物理攻撃の判定があるかどうか。


「全員、あの靄は恐らくゴースト系だ! となれば、魔法ぐらいしか有効的な攻撃がない! 魔法主体の攻撃で行くぞ! 前衛はメニカとエレンを守れ!」


「わかったわ!」


「わかったっす!」


「なら、さっそく先制攻撃行くよ、メニカちゃん――――白光の槍ホーリーランス


 エレンは杖を頭上よりも高く上げ、杖の先から白く光る魔法陣を作り出す。


「わかりました。私はエレンさんの攻撃力をアップさせます――――魔法能力向上マジックグロウ


 メニカがエレンにバフをかけそれによってただでさえ弱点である神聖属性の光の魔法陣に攻撃力が上乗せされた。

 そして、エレンは空中に十数本の神々しい光を放つ槍を作り出すと一斉射撃。


 それに対し、黒い靄――――ゴーストキングは丁度槍が当たりそうな箇所だけ靄を移動させて穴を開けた。

 それから同時に、両手を伸ばし周囲に落ちてる岩を掴むとエレン達を挟んで潰そうとする。


 速度的にはゴーストの方がやや速く、エレンの攻撃が躱されたために先に攻撃が届いてしまう。

 しかし、弱点が光属性なだけであって、魔法は有効だ。


「グレンちゃん!」


「キューイ!」


「俺達も行くぞ!」


「「「おおおお!」」」


 エレンの声でグレンがエレン達よりも上空で漂うとその小さな体から膨大なる熱量を誇る炎の息吹を放射した。

 それは横に薙ぎ払われると同時にゴーストの手に直撃していく。


 加えて、エレン以外の4人も燃え盛る火球や水の本流、風の渦、雷撃の一閃などを両端からやって来たゴーストキングの手に直撃させてその攻撃を怯ませた。


 すると、エレンは杖をゴーストキングに向かって手を向けると白い魔法陣を作り出し魔力を集中させる。

 そして、イメージするは指向性。特に魔力を帯びた物体が発射した時のその後の移動に関して。


 エレンは最初の町でもらった魔導書やこの町に来る前にエレンやミュエルに教えてもらったことを思い出しながら、放った光の槍から杖に伸びている細い魔力のパスを操作して方向を曲げていく。


 いわゆるホーミングだ。自動制御というわけではないが、完全に避けきっていたと思っていたゴーストキングには大きな一撃となった。


「ギャオオオオオォォォォス!」


 不意に背中から来る猛烈な痛みにゴーストキングは叫び声を上げる。すると、そこにウィルは追いうちとばかりに聖水の入った瓶を投げ、火球を放って割った。


 すると、ビンが割れたと同時に飛沫した聖水がゴーストキングに降り注ぐ。そして、ゴーストキングの体は青い炎に包まれ始めた。


「効いてる。効いてるぞ!」


「このまま押し切るしかなさそうね」


「なら、私にいい案があるよ」


 そう言って、エレンは咄嗟に思いついた作戦を告げると前衛のウィル、ボードン、メニカはグッジョブと親指を立てた。


 そして、エレンは杖を両手で持ち魔力を終始始め、その隣でメニカがエレンに何十にもバフをかけていく。


 その一方で、前衛の3人は物理攻撃が効かないと知りつつも特攻していった。

 すると、ゴーストキングは案の定周囲のがれきをポルターガイストのように持ち上げ、一斉に3人に投げた。


「全力魔力大障壁!」


 ボードンが前に出ると盾を構えてさらにその盾に付与されている<魔力障壁強度向上>を利用して魔力障壁を作り出した。


 そして、飛んでくる大小さまざまながれきをそれで弾くとその後ろからウィルとベルネが飛び出していく。

 その二人の剣とガントレットは僅かに煌めいて濡れている。


 ゴーストキングは二人を押しつぶそうと両手に持った岩でぶつけようとしてきた。

 しかし、二人は構わずほぼ真上から向かって来る手に跳躍すると武器を大きく振るった。


「俺達が攻撃できないと思ったか?―――――炎断刃エンブレイブ


「残念だけど、もう私達の勝ちよ。なんせ私達にはとっておきがいるんだから――――破砕拳」


 二人の炎を帯びた剣と鋭い破壊力を持った拳がそれぞれの手に持つ岩に直撃するとそのまま破壊して、その先の手を攻撃した。


 しかし、本来なら食らってもウィルの炎ダメージだけなのだが、ウィルの斬撃は手を切り裂き、ベルネの拳は手に風穴を開けた。


 二人がエレンのアドバイスで仕込んだのは聖水で濡らした武器だ。聖水ならば直接攻撃することをエレンが思いつき、それを二人が実行したのだ。


 そして、ゴーストキングが怯んだところで先ほどから魔力を集中させていたエレンの攻撃が来る。


「行くよ――――灼熱の光サンライズ


 エレンの頭上から直径5メートル巨大な光の球体を作り出し 、そこからまさに大地を照らし出す太陽の如き眩しい光でもってゴーストキングを包み込んだ。


 そして、ゴーストキングは叫び声をあげるまでもなくその姿を消滅させ、この場には5人以外何もいなくなった。

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