第二十二夜 エレンとライユの対談

「はあ......」


 村に戻ってからというものエレンに元気はなかった。

 それは先ほどの戦闘について。


 散々“ハクヤの役に立ちたい”と言っていた割にはいざ戦闘になると全然動けない自分に対して情けなさを感じていた。


 といっても、あの状況に追い込んだのはハクヤなので、エレンにそこまでの非があるわけではないが、それでも戦闘となった時にすぐに動けなかったことが問題なのだ。


 エレンは咄嗟に思ってしまったのだ。

 本当に殺していいものかと。

 殺す必要まではないんじゃないかと。


 ハクヤは「獣害だから殺す」と言っていたが、本当にその判断で良かったのか迷っているのだ。

 必ずしも殺すべきなのか。


 ハクヤとミュエルは気を遣ってエレンを一人にしたが、そのエレンはそれを考え始めてから未だに答えが出ていない。


 考えれば考えるほど本当に正しいのがどっちかわからなくなる。


「あの人は......」


 すると、ふとコークの家の縁側で膝上に猫を寝かせながら、一緒になって日向ぼっこしているコークの母ライユの姿があった。


 ライユは優しい手つきで猫を撫で、その撫でに猫は熟睡してるのか起きる様子もない。

 エレンは何を思ったのかライユの近づいていく。


「あのー、コークさんのお母様ですか?」


「あら、ここでは見かけない顔ね。ということは、あの男の人と一緒に来た冒険者?」


「はい。まだ見習いですけど、エレンって言います。しばらくの間、よろしくお願いします」


「ふふっ、礼儀正しい子なのね。その挨拶といい、先ほどの言葉といい」


「言葉?」


「私のことを“お母さん”と言わずに“お母様”と言ったのよ。

 自然とそれが出るということはそれなりに育ちがいいのね」


「あ、すみません。別に他意はないんです」


「大丈夫よ。単にそう思っただけ。

 少しお話しに付き合ってくれない?」


 ライユはそういうとエレンを隣に座らせた。そして、さっそく口火を切る。


「私はコークの母でライユっていうの。

 エレンちゃん達はコークの依頼で来たのよね? 二人だけ?」


「もう一人いますよ。三人でたまたま遠征依頼があったので、旅をするついでに依頼をこなそうとなった次第です」


「そうなのね」


 真っ直ぐ目を見つめてきたエレンからそっと視線を外すとライユは青々とした空を眺める。

 そして、静かに目を細めるとエレンに尋ねた。


「エレンちゃん達はこのまま依頼を達成するつもりなの?」


「恐らくそうなるでしょうね。でも、少し不可解な点があって.....コークさんや被害者の男性はキラーファングの仕業と言っているのですが、どうにもそれだけじゃない感じなんです」


「確かにキラーファングは近くにいたんですが、襲われた男性の被害状況がキラーファングと一致しないみたいなんですよね」


「......そうかい。もしかしたら、あの子なのかね......」


 ライユは最後の言葉を消え入りそうな声で呟いた。


 その言葉をエレンは半分聞いているかいないかのような状態だが、ライユの少し柔らかくなっている笑みから何かが関係してると思った。


 そして、その答えであろう言葉を告げる。


「もしかしたらと思ったのですが......キラーファングって白狼様じゃないですか?」


「......ええ」


 ライユはゆっくりと肯定の返事をした。

 そして、言葉を続けていく。


「私がまだ小さい頃にね、一匹のキラーファングを助けたことがあるの。

 その子はまだ子供でね、なのに右足が真っ赤に染まっていた。

 このままじゃ死んじゃうって思って、私がテイマーであったことからすぐに処置が出来て助けることが出来たの」


 ライユは懐かしむように空を仰ぎ、思い出に浸るように目を閉じる。


「元気に走り回れるまで一緒に暮らしたわ。次第に愛着も湧いてきた。

 今は忘れちゃったけど、何かの本で見た言葉から名前もレナントってつけるほどに。

 確か『強くあれ』って意味でね。

 でも、そんなある日、私は森で野生の魔物に襲われた。

 普段魔物が出ない道でのことだったから、一緒に散歩していたレナントしかいなくて。

 レナントのおかげで助かったけど、次の日から姿を見せなくなったわ」


「一度もそれから見ていないんですか?」


「ええ、見ていない。でも、数年も経ったある時この村が多くの魔物に襲われたときがあったの。

 どうして襲ってきたのかは今でもわからないけど、私達のテイムしている魔物でも数で負けて、何より心で負けていた。

 だから、後は魔物の好きなように生かし殺されするだけ。

 そう思っていたわ―――――白狼様が来るまでは」


「.......」


「白狼様はすごかったわたった一匹でバッタバッタと倒していってついに魔物たちを退けてしまった。

 でも、その戦闘で負った傷は酷く白く美しかった毛並みは血で真っ赤に染まっていた。

 私は咄嗟に助けようと近づいたけど、顔も見せずにどこかへ去ってしまった」


「その白狼様がレナントですか?」


「そう、思いたいのかもしれないわね。

 顔を見ればハッキリとわかるのにさっさと消えていくんだもの。

 ただ私にはキラーファングとの出会いがあったから、そう勝手に思っているだけなのかもしれない」


「コークさんはライユさんが白狼様に何度もあったと言ってましたが」


「ふふっ、あのコークがね......それはコークをテイマーにされせるために思い出を少し盛ったのよ。

 ほら、言うじゃない? 嘘に真実を混ぜると本当のように聞こえるって。

 昔のコークは私の白狼様の話が大好きだったからね......そうかい、今でも全く信じていないというわけじゃないのね」


 ライユは膝上にいる猫を慈愛の瞳で見つめると嬉しそうに笑みを浮かべてそっと猫の頭を撫でる。

 すると、猫はぐいーっと手足を伸ばすと腹を大っぴらにしながら気持ちよさそうに眠り続ける。

 その光景を一緒になって見たエレンは「気持ちよさそうですね」と同じく笑みを浮かべた。


「エレンちゃんは本当に優しい子のようね」


「え?」


「あなたは私の話に夢中になって気づかなかったようだけど、ほら周りをよく見てみ」


 そうライユに告げられてエレンは周りを見てみる。

 すると、そこには多くの生き物が集まっていた。

 犬、猫を始め、小鳥などもまるで肩を寄せるように仲睦まじく一緒にいる。

 その光景にエレンは思わず驚きの声を上げるとライユは告げた。


「生き物はね、生きることに忠実なの。

 わかりやすく言えば本能に忠実ね。

 私達と同じで暴力的な人を嫌い、中身が見えない人を恐れ、偽りを見せる人に近づかないの。

 だから、逆に言えばそれだけ近づいてもらえるということは、あなたに心を開いているという証拠なのよ。

 とはいえ、ここまで集めるって子はこれまで見たことないわ」


「す、すごい......」


 エレンはライユの言葉を半分聞きながら、もう半分で遠慮なしに膝上に乗ってきた猫を撫でる。

 そして、そのサラサラでいつまでも撫でたくなるような触り心地に瞳を輝かせる。

 その感動はエレンの肩や頭に小鳥が止まろうと微動だにしないほど。


 ライユは生まれて初めてここまで生き物に好かれる人を見ながら、内心その光景を見て納得する部分もあった。

 それはエレンに自分の過去を話したこと。


 ライユは自分の過去をここまで大っぴらに言うつもりは無かった。


 多少が依頼の件を思い直して欲しいと思って行った部分はあるが、それでももっとエレンの心情に訴えかけるように言うつもりだった。


 だが、どうだ。言い始めた途端、心が温かく優しい気持ちになるように思い出を懐かしんでいたではないか。


 そして、助けたキラーファングの名前がレナントで、白狼様がレナントであればいいなんて本来なら全くいう必要のない情報に願望だ。


 しかし、結果は全てを告げていた。

 まるで昔に小さい頃のコークを寝かせつける時に話すような優し気な口調で。

 とはいえ、不思議と悪い気分はしない。

 むしろ、話せてよかったと思うほどだ。


「キューイ!」


「ん?」


「あの子は......」


 するとその時、一匹の両手に乗りそうなドラゴンの容姿をした生き物が翼をはためかせてやって来た。


 そして、エレンの頭に乗っていた小鳥を威圧して、どこかへはばたかせると我が物顔で頭に乗る。

 そんな突如やって来た不思議な生き物にエレンは目をパチクリとさせた。


「この子は......一体?」


「この子はピクシードラグーン。

 ドラゴンの中で一番小さくて、まるで妖精のような大きさからそう名付けられた希少種よ。

 その小ささでドラゴンという価値とウロコが万病に効く薬の材料となるということで乱獲されて数を減らしてる生き物。

 たまたま怪我を負っていて助けたのだけど......誰にも懐かなかったはずなのに......」


「私にはこうも大胆と」


「ドラゴンはもともとプライドの高い生き物だからね。

 懐かせるというよりは、小さい頃から一緒に過ごして親友って感じになるのが一番早いとも言われてるのだけど......本当に歴史を塗り替えたような大事を見た気分だわ」


「お、大袈裟ですよ。もしかしたら、たまたま機嫌よくて来ただけかもしれませんよ」


「恐らく違うわよ。見ててね」


 そう言ってライユはそのピクシードラゴンに触れようとする。


 しかし、目を閉じていたピクシードラゴンはカッと目を開き、「キューーイ!」と可愛らしい高音を出しながらもその顔はまさにドラゴン。

 ライユは「やっぱりね」と言いながら手を戻した。


「あなたはどうやら本当に心がキレイな子みたいね。

 あのピクシードラゴンまで手懐けるなんて。

 まるで天女か何かかしら」


「そ、それは言い過ぎですよ! でも、嬉しいです」


 エレンはニッコリと笑みを浮かべて言った。

 しかし、その可愛らしい表情を見たライユには他の印象を感じる。


「エレンちゃん、何か悩んでることない?」


「え?」


「どれだけ嘘をつくのが上手くても、あなたのような子は顔に出るものよ。少しだけ笑顔が固いわ」


「そう、ですか?」


「ええ。まあ、私も表情のわかりにくい生き物とかかわってきたから、エレンちゃんの機微に気づいたというのもあるけれどね。どう、良かったら話してみない? 」

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