第95話 襲来
保護すると決めたはいいが、さて、ここからどうしたらいいものか。
魔族の少女はこちらを不安そうな目で見つめ、震えている。
それはそうだ、今の今まで帝国兵や魔族の兵に追い回されていたのだ。そして僕達は帝国兵の鎧を全身に着ている。彼女からしたら僕らは恐怖の対象だろう。
僕たちは慌てて鎧を脱ぎ捨て、彼女の側に寄る。
「僕たちは帝国兵でも魔族の兵でもない、ただの人間だ。一緒にここから逃げよう?」
普段着姿で近づいてみるが、彼女は座ったまま後ずさる。やはりここまで追い込まれた心の傷は深いのだろう。こうなったら無理矢理にでも連れて行くしかないか……。
「あ、貴方は……!」
僕がそう決断しようとしていた時、突如座り込んでいた彼女が目を輝かせて立ち上がり、アレクに抱きついた。まるでアレクの事を前から知っていたかの様に。
「な、どうしたのだ!?」
「お会いしとうございました……! 貴方様が来るのを私は、私は、ずっとお待ちしておりました……!」
そう言って瞳に涙を浮かべ少女はアレクに回した腕に力を込める。
「ク、クラリス! なんとかしてくれ! 一体なんだと言うのだ!」
「……その子は君を誰かと勘違いしているのかも知れないね。一応聞くけど、魔族に知り合いはいないかい?」
「いない! いる訳ない! 魔族を見るのも魔界に来るのも初めてだ!」
「まぁ、そうだろうね。どちらにしても都合が良い。そのままその子を抱いておいておくれ」
「なっ!?」
突然の出来事に慌てているアレクを放ってクラリスは街の門へと歩きだす。
だが、このままでは他の兵に見つかるのも時間の問題だろう。
「クラリス、どうするの?」
「認識阻害の魔法を使ってもいいけど、少々まどろっこしいね。もうここに来る事もないだろうから、ちょっと強引にいってしまおう。二人とも、こっちに来て」
クラリスに言われた通り僕とアレクが近づく。もっと、と手招きされたのでもっと近づく。肩と肩、以上に密着して、まるで三人で抱き合ってるようだ。
「よし、行くよ。
杖を掲げクラリスが唱えると、たちまち周りの空気が渦を巻き僕たちを包み込む。そのまま真っ直ぐ上に僕らを持ち上げると、城壁よりも遥か高くまで昇り、向きを変え
城門まで一直線に飛んで行く。
その速さはとても人の足では追い付かないだろう。馬よりも速く空を駆けると、そのまま城門の上から街を飛び出した!
「す、凄い! クラリスはなんでも出来るんだね!」
「ふふ、これはとっておきさ。なんと言っても魔力を馬鹿みたいに喰うからね。みんなを抱えて飛んだらここが限界だ」
言うが早いか、魔法の風は解けゆっくりと着地する。
だがこの短時間で街が遠くに見える所までこれたのだ。しばらく追っ手は問題ないだろう。
「さて、次はその子を治療しないとね。見せてごらん」
風魔術が解けてもアレクから離れない魔族の少女に、クラリスが声を掛ける。多少は意識があるようだが、やはりアレクにしがみついたまま離れない。
しばらく我慢して待っていたが、どうやら諦めたらしい。
クラリスはアレクに抱きついたままの少女へ近寄ると、そのまま治療を始めた。
「ふむ。魔族と言えども体の作りは人間と大差ないのだな。だが体そのものの頑強さがまるで違う。この体でここまで傷つくとは、相当な事をやられないとこうはなるまい」
クラリスは言いながら顔をしかめる。
そして手に光を灯しながら少女の体を治療して行く。
初めこそ少女は戸惑ったものの、その光が自分を癒すものと気付いてからは大人しくクラリスの手に触られていた。
クラリスの治療が終わると、元々青い肌だったが少し血色が良くなった様に思える。
彼女は依然としてアレクに抱きついたままではあったが、はっきりとクラリスの顔を見てお礼を告げた。
「あ、ありがとうございます。流石は勇者の御一行様ですね。酷い痛みが嘘みたいに消えました」
初めはどうなるかと思ったが、アレクの存在とクラリスの治療で怯えていた心が少なからず落ち着いたみたいだった。
……ん? 勇者御一行?
「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。私はクーベル・フルール。見ての通り今は魔族の姿をしておりますが、遥か古の魂を引き継いでこの世に生まれました。その昔、私はここにいらっしゃるギルベルト様に命を救われたのです」
うっとりとアレクの顔を見て頬を赤らめるクーベルと名乗った少女。
いや、待て。ギルベルト??
僕の知っているギルベルトなら、あの聖剣伝説に謳われる伝説の剣士だ。そのギルベルトなんだろうか……。
「い、いや、何を言っているのだ貴方は! 俺はアレク。ギルベルトという名ではない。何か大きな勘違いをしていないか?」
「そんな事はありません。私がギルベルト様を見間違えるはずなどございません。あの時と変わらぬお姿をされているではありませんか。ああ、ギルベルト様……! 私は貴方を待ち焦がれておりました」
僕の頭も疑問符で埋め尽くされていたが、当の本人であるアレクも同じだ。いや、僕以上だろう。
突然の出来事に僕たちは何も出来ずその場に立ち尽くしてしまった。
「まぁそういう事もあるのだろう。その少女、クーベルと言ったか。彼女の中ではそれが真実なのだ。それよりも、ここはまだ魔界だ。こんな所で呆けている場合じゃないよ」
僕たちの時間をクラリスが再び動かす。
そうだ、まだここは敵の陣地の中だ。街を脱出したとは言え、危機が去った訳ではない。
早くこの場を移動して、人間界に戻らないと。
「でも、人間界へと続く泉は満月の夜にならないと開かないんじゃないの? こっちにきて何日か経ったけど、まだ満月にはならないんじゃないかな」
「大丈夫だ、問題ない。考えはある。……だがそれよりも大きな問題がありそうだ」
クラリスは遠くの空を睨みつけながらそう言った。
一体何の問題があるのか。クラリスの言っている意味が分からなかったが、次の瞬間には僕もアレクもはっきりと理解した。
────キィィィィン
甲高い風切り音を上げて、何かが近づいてくる。凄い速さだ!
────ドオォォォン……
遠くの方に豆粒の様な黒い塊が見えたかと思ったら、塊はその姿をどんどんと大きくし、気付けば僕等の目の前に爆煙を上げて着地した。
「あーあ、ちょっと着地点間違えたみたいねぇ。そのままぶっ殺そうと思ってたのに」
もくもくと上がる砂塵の中から、女言葉で話す野太い声が聞こえてくる。
少しずつ土煙が収まると、その姿が徐々にはっきりと見えてきた。
……大きい。
背の高さは2mをゆうに超えているだろう。筋骨隆々な身体に不釣り合いなほど小さい頭。その顔は真っ白に塗られており、まるで道化の様だ。
そしてその頭には天を貫くかの様な2本の大きな角がついていた。
──魔族。それも桁外れに強い。
突然目の前に現れた魔族に、僕は背中からは冷たい汗が流れるのを止められなかった。
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