第二章 帝国・魔界編
第一部 アルタール村
第72話 新たなる旅立ち
僕とクラリスとアレク。ついこの間まで命を懸けて戦った三人でこれから旅を始める。
目的は一つ、僕達の友達のエリスを生き返らせる為だ。
起きてしまった事は悲劇だが、それを挽回できるチャンスがある。そう思うと、これからの旅に自然と気合が入る。
「よしっ!」
両頬を手で叩き、一人で気合を入れていると、扉の外からクラリスの声が聞こえる。
「ハクト、準備は出来たのかい?」
ノックもせずに部屋に入ってくるのは、今ではもう信頼の証だった。
「僕はもう準備は出来たけど、クラリスはって、えっ!?」
振り返って僕の視界に飛び込んできたクラリスは、とても旅に出るような格好ではなかった。
袖がなくて肩が丸出しのシャツ、何故かサイズが小さくて胸の強調されているベスト、スカートだけは黒で丈夫そうな生地だったが、両脇に大きくスリットが入っていて、足の付け根の方まで丸見えだった。
「クククク、クラリスっ! そ、そんな格好でどこに行くのさ!? 僕達は旅に出るんじゃなかったの!?」
「ん? それはもちろん秘術を覚えてエリスを復活させる旅さ、当たり前だろう? もう目的を忘れたのかい?」
そんな目的忘れる訳ない! そうじゃなくて、クラリスの格好が目的を達成するのにそぐわない気がするんだけど……
目を背けながら僕はクラリスを視界の端で見る。普段ローブを纏っているから分かりにくいが、クラリスはとてもスタイルが良かった。ノルンの町からの帰りに寄った温泉で、不可抗力で拝む事になってしまったが、今は違う。
クラリスはこの格好で出かけようとしているのだ。これではきっと色々な理由で旅は成功しない、それだけは分かる!
「ね、ねえクラリス。その格好もとても似あうけど、旅には不向きなんじゃないかな? 肩とか足とか出ちゃってるし、ちょっと荒れた場所だとせっかくの綺麗な肌に傷がついちゃうよ?」
僕の言葉にクラリスがピクっと反応する。
「クラリスの肌に傷がついたら、もったいないし僕も悲しいなぁ……」
クラリスの肩が離れていてもわかるくらいに震えている。
「それに、そんなに肌を露出させてクラリスを、他の人に見せたくないよ……」
最後は僕も恥ずかしかったが、でもどうやらこれが決め手になったようだ。
すっとクラリスが顔を上げると、変に笑った顔で「着替えてくる」とだけ告げて僕の部屋を出ていった。
ふう、良かった。あんな格好でいられたら目のやり場に困るし、怪我なんかも本当に心配だ。クラリスが着替えている間に、僕は自分の準備を全て終わらせる。
再び扉が開いて戻ってきたクラリスは、旅支度をきちんと整えていて、いつもの茶色のローブを纏っていた。
「じゃあ行こうか」
クラリスと共に部屋を出る。
王都に来てからずっと寝泊まりをしていた宿だ。はじめは幼馴染たちと、その後はずっとクラリスと共にいた。ここを長く離れる事になるのはやはりなんだか落ち着かない。
無事に戻って来れますように。それだけを小さく呟いて、僕等は宿を後にした。
◆◆◆◆◆
今回の旅のもう一人の仲間、アレクは王都の正門近くで待っていた。
門の近くの待機所に馬車を付け、その脇に腕を組んで佇んでいた。
「アレクさん、お待たせ」
声を掛けるとすぐにこちらを振り向く。その姿が、今までの騎士然としたアレクではなく、どこからどう見ても旅人にしか見えないもので、僕は内心で驚いた。
「ああ、待っていたぞ。荷物を積んでくれ。さあ、行こう」
そう言って僕等を急かす。
アレクに急かされて馬車の荷台に荷物を積み込む。彼の用意した馬車は、言葉で表すのであれば見事の一言だった。フリューゲル家が用意したのか、アレク個人で用意したのかは分からないが、僕が初めて王都に来た時に乗った馬車とは比べるのもおこがましいものだった。
「……凄い馬車だね」
「そうか? クルトに聞いて一番旅に適している物を選んだんだが。気に入らなかったか?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
ダメだ、多分というか、これはもうはっきりと育ちが違うのだ。彼にとってのそれなりの物は、僕にとっての最上級の更にその上をいくものなのだ。
もう何も言う気も起きない。せめてこの立派な馬車で快適な旅を過ごそう、そうしようと心に決めたのだった。
「じゃあ、行こう。クラリスさん、とりあえず東に向かえばいいのか?」
「ああ、それでいい。慌てなくていいから、ちゃんとした道を行こう。それと、さん付けはもうやめよう。ハクト、君もだ。みんなそれぞれ呼び捨てで。どうしてもというなら、私の事はクラリス様とかクラリスお嬢様と呼べばいい」
馬車の御者台で風を受けながら、クラリスは真顔で言う。その目は遠くを見つめていて、クラリスの本音が全く分からない。
僕とアレクは顔を見合わせ固まり、次の瞬間には固まった空気は笑いへと変わった。
これがクラリスの計算の結果かは分からないが、僕達は目標の重さに気を張る事なく旅を始める事が出来そうだった。
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