第63話 呪いの力

「ハクト、怖いならやめてもいい。ごめんね、今回は冗談なんて言ってられない。それくらいマズいよ。アレクは強い」



 珍しくクラリスが弱気で話しかけてくる。でも、だからって。このままこんなアレクを放っておくわけにはいかないじゃないか。


 アレクは、絶対に人殺しをやりたいはずがない。呪いのせいでそうなっているだけなんだ! だったら──



「アレクさんは、アレクは、友達だから……。だから、僕が、助けるんだっ!」



 僕は岩斬を握りしめてアレクに立ち向かう。そして、そっと背中を包む柔らかな温もり。横にはクラリスが立っていて、僕の背中に手を添えていた。


「殺されるかも知れない。だけど、私も付き合おう。君の友達だ、二人で助けようじゃないか」


 二人で正面にアレクを見据え、迎え撃つ。ゆっくりと進んでくる様子は、まるで御伽噺の魔王みたいだ。



 瘴気のような黒い霧を全身に纏い、血で染まった真っ黒な剣を携える。



「ねえ、アレクの呪いは何が原因なのかな」


「多分、あの剣だろう。あれに強い力を感じる。あの剣を手放す事をさせられれば……」


 剣、か。やっぱりというか予想通りだった。


 だけど、剣を取り上げるのは、難しいだろう。アレクほどの剣士が、滅多な事で剣を手放すとは思えない。


 そうなると、最悪腕を切り落とすとか過激な方法を取らないといけない。


 考えているうちにアレクとの距離はどんどん詰まってくる。


 間もなくお互いの間合いに入ろうかという時、アレクが先制して仕掛けてきた。



 蛇の様に伸びる腕。それは通常のアレクの間合いよりも30cm程は長いだろう。僕とクラリスを突き刺すべく伸びてきた腕を、横に飛びなんとかかわす。絶対に傷一つ負っちゃいけない。


 伸びた腕を戻さずにそのまま振り回すアレク。それは剣術というよりは鞭術に近い。


 形あるはずの剣がうねりしなり、まるで鞭の様に縦横無尽に空間を切り裂いていく。


「くっ! なんだあの剣は! いや、腕?」


「ああ、人間の動きじゃないね。私もあんなの初めて見たよ」


 空気を切り裂く音を響かせながら、アレクは鞭の様な剣を振り回し続けている。必然、僕とクラリスは距離を取るしかなく、またアレクとの距離が離れていく。



 くそっ、このままじゃいつまで経っても近づく事すら出来ない!


「ハクト、私が引き付けるからあの剣を狙って」



 そう言ってクラリスが杖をかざす。掲げられた杖は青白い光を放ち、そこから氷の礫がアレク目掛けて無数に放たれる。


 クラリスの陽動を一つも無駄にできない! 礫の射線から回り込む様にアレクに接近して、その剣目掛けて一撃を叩きこむ!



「……お前の攻撃は軽いと言っただろう。陽動も幼稚だ。もう少し研鑽するんだな」


 無数の礫をその剣で払いながら、アレクの視線は僕を捉えていた。


 そして、僕の刀を足で踏みつけ止めると、その足を軸に強烈な回し蹴りを放ってくる。


 なんとか片腕で防ぐものの、アレクの蹴りは闘技会の時とは比べ物にならない威力で、僕の体を遥か遠くまで吹き飛ばしてしまった。



「ハクトっ!」


「大丈夫、問題ないっ!」



 すぐさまクラリスが駆け寄ってくるが、片手で制止する。蹴られた方の腕はジンジンと痺れているが、動かない訳ではない。


 だが困った。ただでさえ強いアレクが、呪いの力なのか何者も寄せ付けない程の強さになっている。おまけに今の蹴りで僕の刀はアレクの足の下だ。



「まずは刀を取り戻さないと」


 刀を足に敷いたままだが、アレクは直ぐに足をどかした。騎士としての矜持なのか、剣や刀を粗末に扱う事はないのかも知れない……。



 ──っ!



 こんな緊迫した状況だったが、アレクの行動にはやはり一つの筋がある様に思えた。


 男としての誇り、騎士としての誇り、そして一人のアレクとしての誇り。

 呪いに蝕まれているとはいえ、まだそれは全てではない。アレクの心もきっと残っている!



 そう思った瞬間、僕は体よりも先に口が動いていた。



「アレクさんっ! どうしてこんな事をするんですか! こんな事をしているのを知ったら、エリスさんに怒られますよ!」


 僕とクラリスの問いかけに意味不明な返答をしていたアレクだったが、エリスの名前を出せば多少は変わるだろう。


 僕の言葉にピクッと眉を動かし、少なからず反応を見せた。



 ……だが、アレクの口から出てきたのは驚くべき真実だった。



「……そうか。こんな状況を見たらエリスはなんて言うだろうな。……エリスは悲しむのか。エリスは怒るのか。……その答えは、もう二度と聞けないんだ。エリスの声も、エリスの考えも、エリスの笑顔も、エリスの剣もっ!! エリスはエリスは、もう二度と、俺の前には、出てきて、くれないんだああああぁぁぁぁぁ!」



 突然、叫び声を上げながらアレクが突っ込んできた。それはアレクの攻撃というには単調に過ぎた。だが、有り余る力でただひたすらに真っすぐ剣を振り、僕の頭を脳天からかち割る。



 動きが直線的だったから避ける事は出来た。だけど、アレクの剣の先はまるで地面が爆発したかの様に抉れていて、その力の凄まじさを物語っていた。


 そのままアレクの攻撃は止まらない。最短距離を一直線に切り裂いていく。



 さっきまでの鞭の様な攻撃から変わり、本来のアレクの様な攻撃に戻ってきた。やはり、エリスの名前を出した事は正解だったのかも知れない。アレクの攻撃を必死に避けながらそんな事を考える。


 ……だけど、一体エリスと何があったのだろうか。



「エリスさんは、何があったんですかっ!」


「エリスは……、エリスは…………」




 そう呟いたかと思うと、アレクが突然剣を手放した。


 そのまま膝をつき、両手で顔を覆う。




「エリスを守れなかった……。俺が守らなきゃいけなかったのに。エリスはアイツらに、アイツらが、エリスは……。アイツらに、殺されてしまった……」


「えっ!?」


「エリスは……、エリスは……。あいつらが仕組んだ罠にかかって、死んでしまった……、殺されてしまった!! 俺が守らなきゃいけなかったのに、俺がエリスを……、俺が、俺が……!!」



 そんな馬鹿な……。アレクの言葉が断片的である為に詳しくは分からないが、エリスは殺されてしまったという。


 一流の剣術の使い手と思われるエリスが、そんな簡単に殺されてしまうのか。




 ただ、それであればアレクの豹変ぶりも理解できる。……理解は出来るが、納得は出来ない!



「アレクさん、それは本当なんですか!? エリスさんが、その、死んでしまったというのは……」



 声を掛けながら悟られない様アレクの剣に近づいていく。


「ああ、本当だとも……。エリスは、俺の腕の中で、息を引き取ったからな……」



 アレクは未だ俯いたまま顔を覆っている。この隙にあの剣をっ──!


 勢い良く剣に飛びつく。だが、柄を掴むその瞬間に呪いの剣は予想だにしない動きを見せる。




 剣が自ら震えたかと思うと、そのままその勢いを増してアレクに向かって転がっていった!

 そして自らの柄をアレクの手に収めると、一段と怪しくその刀身を黒く染め上げた。



 剣を諦め、慌てて自分の刀だけを取り戻す。その直後、アレクは剣を携えてすっと立ち上がり、再び僕等の前に立ちはだかる。






「もう、エリスはいない。こんな世界に意味はない。だから、俺は俺の望むままに、この世界を壊してやる!」

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