第44話 ノルンの酒場
僕達を出迎えたのは、まるで城塞の様な門だった。岩山をくり貫いて作ったかの様な重厚な門の上には、
「ここが鉱山都市かぁ……。確かに大きい町だけど、なんだか彩りが寂しいね」
僕とクラリスは馬車をゆっくり進めながら町の中を見渡す。門も大きいし、それに続く道も幅が広く良く整備されている。
しかし、ほとんど灰色一色で出来ていて、王都に慣れてしまった僕にはなんだか物寂しく見えた。
「仕方ないね。ここは鉱山都市。家も道も家具も。そのほとんどが採掘された石や岩で出来ている。食べ物とかは高いみたいだけど、ここでは石なんか格安で手に入るみたいだ」
そうか、その通りだな。僕達がどうしてここまで来たのか忘れていた。この付近で採れるという
何はともあれ、とにかく目的地に着いたのだ。まずは宿を確保して、それからキキを探しに行かなければ。
しばらく右往左往して何とか宿を確保する。とりあえず荷物を置いて、町の状況から確認しなくては。
ちなみに、宿屋の建物や家具なんかも当然石で出来ていた。まさかベッドまで大きな石で出来ているとは思わず、勢いよくベッドに倒れこんでしこたま頭をぶつけたのはクラリスには内緒だ。
「ねえクラリス。武器屋を探す方がいいのかな。それとも鉱夫の人達が集まる組合なんかに行った方がいいんだろうか」
「ハクトはどうしたいんだい?」
「僕は……。まず、武器を見てみたいかな! この町ではどんな武器が使われているのか、それに品質も。そこら辺を見てみたい」
「そうか、じゃあまずはそっちに行ってみようか」
そうしてクラリスと二人で武器屋に向かう。
途中、道行く人に店を聞きながら向かった先には、この町で唯一の武器屋があった。
やはり鉱山都市というだけあり、この店も建物は石造りだ。開け放たれた店の入り口から入ると、そこには多種多様な武器が並んで……ない。
確かに壁に色々と飾られてはいるが、その多くは槌であり、武器にもなるがどちらかと言えば工具の様だった。
「ここには剣とか刀はないのかな……?」
僕の独り言を聞いた後、クラリスが店員を捕まえて話を聞いてみる。
「え? お客様は剣をお探しですか? 確かに剣も作りますが、基本的には注文生産となっております。どの様な剣がご希望ですか?」
店員は職人ではなく、注文や精算、事務などをしていそうな線の細い女性だった。
「いや、剣ではなく刀を探してるのですが……。刀はありますか?」
「刀ですか……。すいません、私では分からないのでちょっと上の者を呼んで来ます」
そう言ってスタスタと工房の方へ消えていく。
すぐに現れたのは、でっぷりと横に大きく片目に傷のある男だった。
「なんじゃ、お前は。刀を探しとるんか。生憎だが今は刀なんか作ってる余裕はない。どうしてもというなら作ってやらんでもないが、半年くらいは待っておれよ」
僕等の前に来るなり、そんな言葉を投げ付けてくる。
刀は確かに主力商品ではないだろう。だけど、半年もかかるものだろうか。
「そんなにかかってしまうのですか? それは一体──」
「そんな事も知らんでこの街に来たのか。とにかく、今は刀なんて作っとる暇はない。残念だったな、また来てくれ」
それだけ言うと、その男は工房の方へ消えていった。
男の後ろにいた先程の女性が、申し訳なさそうな顔をしてこちらに近づいてくる。
「す、すみません。工房長はああ言うともう聞かないもので……。ただ、ぶっきらぼうではあるんですけど、確かに今刀を作っている余裕はないんだと思います。基本的には槌、武器であれば剣か槍しか作ってませんので。本当にすみません」
店員の女性はペコペコと頭をさげ、そしてまた店の奥へ消えていく。僕とクラリスはそこに取り残されたままだった。
このままここにいても仕方ないので、とりあえず店を出る。
「クラリス、さっきの店の工房長、何か気になるよね」
「んー、そうだね。口は悪いけど人は悪くなさそうだ。なんで目が傷付いてるのか気になるね」
「そうじゃないよ!」
「嘘だよ、分かってる。今この町では刀なんか作っている余裕はない。武器なら剣と槍。そして私達は知らない何かがこの町では起こっている。それはなんだろう?」
「……そんなの分かんないよ」
「じゃあ調べに行こうか?」
いつもの調子で僕を煽ってくるクラリス。乗せられるのは悔しいけど、この町には刀を作って貰いに来たんだ。調べないと進まない。
「そうだね、調べに行こう。そうすると、次は鉱石の採掘組合とかに行けばいいのかな?」
「んー、それも悪くない選択肢だと思う。けど、君は何か大きなものを忘れてないかい?」
僕はクラリスが言う事に合点がいかない。僕が忘れている大きなものってなんだろう……
「君は王都に来て、まずはどこに行ったんだっけ?」
「王都について、宿屋に行って……、あっ!」
そうだ、僕は王都の酒場に向かう為に村から出てきたんだった。僕の表情にクラリスは納得したらしく、いつもの微笑みを浮かべながら次の言葉を続ける。
「そう、君は酒場に行ったんだろう? この町だって酒場はある。じゃあそこに行かない手はないさ。まずは行ってみようじゃないか」
そうして、ここノルンでも僕とクラリスは酒場を目指す事になった。
◆◆◆◆◆
ノルンの酒場は、これまた大きな造りだった。王都の酒場は木造で、それでも年季とその規模で重厚さを演出していたが、ここの酒場は本当に大きい。王都の酒場の倍はあるだろう。
一つが人の胴体程ある岩を丁寧に組み上げ、それが普通の家の倍の高さまで続いている。
この建物ならクラリスの魔術でも防ぐかも知れない……。
「ほら、そんな呆けた顔していると口の中に虫が飛び込んでくるよ。さあ、いこう」
僕は慌てて口を閉じてクラリスに続く。
これまた石で作られた大きな扉は、クラリスでは開けられない様な気がした。だが、予想に反して扉はスルスルと開いていく。しかも横に開いていった。
どうやら扉の下に滑車が仕込んであり、その滑車のおかげで重さに関係なく扉を開けられる様になっていた。
そうして飛び込んで来た風景は、窓が少ない為に少し薄暗かった。しかし、カウンターやテーブルは基本的に石で出来ているが、その配置はほとんど変わらない。
「いらっしゃい!」
カウンターの奥、おそらく店主と思われる大柄な男が威勢よく声をかけてくる。
一瞬ピクッと驚いたが、表面には出さず僕とクラリスは二人で店の奥へ進む。
「何にするんだい?」
これは依頼ではなく注文の話だろう。二人で一つずつ果実酒を頼むと、店主は「あいよっ!」と返事をし、元気よくカウンターの奥へと引っ込んでいった。
「クラリス、ここはあまり冒険者の人達はいないみたいだね」
「それはそうさ。もう昼時だよ? 働き者だったら朝から依頼を受けて今頃きっと泥まみれになって働いているさ。どうだい、君もそういう仕事をするかい?」
いつもの様に嘘か本当か分からない事を言ってくる。
そうか、でもここは王都じゃないんだ。そんなに沢山の人がいる訳でもないし、沢山の依頼がある訳でもないのか。
壁に張り紙はしてあるが、その数は王都の3分の1程度に見える。
注文の酒が届くまで壁の張り紙をいくつか見て回る。
『鉄の採取手伝い。1日5千ギル』
『鉱石の加工。1日3千ギル』
『鉱石運搬の護衛。条件有。1日8千ギル』
なるほど、鉱山都市だけあって依頼される内容はほぼ採掘絡みだ。護衛の依頼だけは僕らでも出来そうかな。でも条件ってなんだろう?
そんな事を考えていると、二つ酒を持った店主が戻ってきた。
「なんだい? 兄ちゃん達も依頼を受けんのかい? でも生憎だったな。あんま碌な依頼は残っちゃいねえぞ?」
「やっぱり依頼は朝から受ける人が多いんですか?」
「そりゃそうさ! 鉱夫の朝は早い。こんな時間にゃまともな依頼なんざ残ってねえって事よ! だがな、実は違う」
表情を突然真面目にして、店主は続ける。
「ここ最近よ、この近くでは魔物が出るんだよ。それも結構な数だ。今までこんな事はなかったんだがな。だから今この酒場では魔物の討伐依頼が増えててな。今朝も皆、依頼を奪い合って旅立ってったよ」
「それは報酬がいいから、ですか?」
「それもある。だがな、本音で言えば魔物が大勢いるとよ、本業の鉱石の採掘に支障が出る。ただでさえ大変な採掘作業が、魔物のせいでままならねぇ。だからどこの組もまずは魔物退治にやっきになってるって訳だ」
それはそうだ。作業に集中している時に襲われる事ほど恐ろしいものはないだろう。だが果たして普通の鉱夫で魔物に勝てるものなんだろうか。
すると、僕の表情を読み取ったのだろうか。店主が言葉を続けてきた。
「大体1組で3人から5人くらい人を出して、班を作って魔物退治に出かけてる。鉱夫ってのは力と丈夫さだけが取り柄だからな。そんじょそこらの魔物には負けやしねえよ」
「魔物はいつ頃から出始めたんですか?」
「いつだったかなぁ……。ここ1、2週間くらいか? たまには現れてたんだけどよ、こんなに沢山出てきたのはそれくらいだ」
「じゃあそれが片付かないと刀は作って貰えなさそうだな……」
僕の独り言を聞いてクラリスは視線を向けてくる。
「まぁそう悲観すんなよ、兄ちゃん。今日の夕方、鉱夫連中が帰ってきた時に今日の成果と目撃情報を確認する。数が減ってりゃ採掘も再開されるし、そうじゃなきゃそれ以上の人数で退治すりゃいいんだ。しばらくしてりゃ落ち着くさ」
僕達は黙って頷く。個人的には魔物には恐怖を感じる。早くこの町周辺の魔物が討伐されればいいな。
「そうなる事を祈ってますね。それでもし僕達に手伝える事があったら言って下さい。ところで、僕達は実はこの町に鉱石を掘りにきたんです。どなたか詳しい方はいませんか?」
「詳しい奴なんざごまんといる。ただ種類によって人が変わるからな。ちょっと詳しく教えてみろよ」
そうして僕達は店主と色々と言葉を交わした。
店主はジンと言い、この町の酒場でもうずっと店主をしているそうだ。
僕達が求めている
「でもよ、なんであんな石が欲しいんだ? こんな町だからこそまだ使い道もあるけどよ、もっと都会の奴らには使い道なんてねえだろうよ?」
「実は、僕はその
「なんとまぁ……。あんな石で武器を作ろうとする奴なんざ初めてみたわ。そんな事出来んのか?」
「ちょっとまだ分からないですが……。出来ると信じてこの町に来ました。どちらにしてもまずはその石を手に入れないと依頼も出来ないので」
ジンはその言葉に何度か頷くと、
まず、この町では破断石を目的で採掘する人はいない事。しばらく前であれば破断石は採掘の副産物としてそれなりに保管されていた事。だが今はそれも無くなってしまい、新たに採掘される事はないだろうと言う事も付け加える。
「どうして採掘されなくなってしまったんでしょうか?」
「わざわざ探しに来てるくらいだからあの石の事は知ってると思うが、アレは扱いに困る。掘った後の保管もそうだが、掘る時だって大変なんだぜ? なんせ魔力を使って掘ると爆発しちまう。しかもあの石は決まった所にしか見つからない。その決まった所ってのが──」
ジンが語り始めた時、酒場の扉が勢い良く開かれる。
「ジンさん、大変だ! 魔物が、魔物の群れが……!」
転がる様に飛び込んで来たのは、血塗れになった鉱夫と思われる男だった。
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