第31話 アレク、男の誇り(下)
一体何が起きているのだ。客観的に見れば俺はカールの剣術と魔術によって押されている。それは間違いない。だが、カールが魔術を使用している痕跡が見出せない。
剣戟の合間に魔術を詠唱している。だがその魔術がどこから放たれているのか見当がつかないのだ。
通常の魔導具であれば、人間の魔力を収斂し、魔導具から魔術は放たれる。だがカールは魔導具を持っている様に見えないし、あの剣が魔導具であるようにも見えない。
俺が色々考えている間にもカールは出鱈目に剣を振るってくる。カールの剣術が大した事がないのが救いだ。
だが、それにも限界がある。信じられない事にこいつは火だけでなく、氷や風の魔術も放ってきている。
隙を突かれて一撃でも食らってしまえば、あっという間に畳み掛けられるだろう。
なんとかこいつの魔術を抑えたい。だが、その為の活路が見つからない。
剣と魔術でジリ貧に追い込まれていく。まだどちらも直撃は避けているので戦えるが、いつまでこれが保つか。
「アレクーーーーっ!!」
会場内の喧騒を引き裂くかの様な、澄んだ声が聞こえる。
戦いの合間にチラッと目をやれば、そこにはエリスが俺の事を必死な顔で見つめていた。
……そんな顔をしないでくれ。俺だって必死に戦っている。でもどうにもならないんだ。
そんな事を思いながら戦っていると、エリスが会場に向けて指を差している。何度も何度も繰り返す様に、一箇所を指差している。
なんだ、何があるんだ。
エリスの指し示す先に気を取られた隙を突いて、カールが仕掛けてくる。
「
またしても放たれる火球。それはカールの後ろから飛んでくる様に見えた。
……まさか。
俺は一つの考えに思い至る。だが、普通ならそんな事はしない。そんな事が出来る訳がない。
何せこの大会は、協賛に王家も名を連ねている国家規模の大会だ。そんなふざけた事をする訳がない。
俺はそれを確かめる為にカールと戦い続ける。
そして分かった事は、カールが使う魔術と立ち位置の関係だ。
カールは巧妙に立ち位置を変えながら魔術を放つ。火に氷に風。だがそれには決まったパターンがある。
俺の北に立てば火の魔術、俺の東に立てば風の魔術と決まった場所で決まった魔術しか使って来ない。
最後の氷の魔術を避けた時、俺は確信に至る。
そして同時に湧いてくる抑え切れない怒り。こんな大舞台でこんなふざけた真似をするなんて……!
「おい、貴様。これは誰の考えだ? 誰の意思だ?」
俺の言葉にカールはピクッと反応をする。
「何の事を言ってるのです? これは私の戦いです、私の意思に決まっているでしょう!!」
「……そうか、これは貴様の意思なんだな。分かった、良く分かった。貴様がどうしようもないクズだって事がな!」
言いながら、俺はカールに向けて走り出す。
そして全力で剣を振り下ろした。型も何もない、怒りに任せた剣だ。カールは両手で剣を持ち辛うじて俺の剣を受け止めた。
額が触れ合う程の距離でカールを問い詰める。
「おい、貴様は本当に魔術が使えるのか……」
「あ、当たり前だ! 現にこうしてお前に放っているではないか!」
「……そうか、あくまでもシラを切るんだな。もういい、容赦はしない」
鍔迫り合いの状態からカールに前蹴りを喰らわす。
まともに前蹴りを喰らったカールは後ろ向きにゴロゴロと転がる。涎を撒き散らしながら何か喚いている様だが知った事ではない。
正々堂々と言いながら剣を替えさせ、あまつさえ魔術を使える等と言って、観客席に潜ませた配下から援護射撃をさせるなど言語道断!
騎士道、いや男としての矜持を持たないコイツにかける情けなどない!!
「おい、カール! 最後は騎士として、男として俺の剣を受けてみろ! これを受け切れたら認めてやる! これを受けられないのであれば貴様は二度と俺の前に姿を表すな!!」
カールに最後の一撃を放つべく構える。それは、いつか見た技。俺が躱せなかった技。
頭に強くイメージをして地面を蹴り込み、カールに高速の連撃を叩き込む。
「
人体の急所へ繰り出される高速の剣戟は、カールの薄い防御を破り次々と体に吸い込まれていく。
その一撃が決まる度にカールの体は大きく跳ね上がり、最後の一撃、頭部へ剣を振るう前にカールは地面に倒れ伏した。
「勝者、アレク!!」
場内アナウンスが高々と俺の勝利を告げるが、俺の心の怒りはおさまらなかった。倒れ伏すカールを一暼し唾を吐き捨てる。
「貴様の様なクズがここにいる事自体が間違っているのだ。二度とその面を見せるな!」
カールに背を向け歩き出す。勝つには勝ったが、本当に後味が悪い。勝利の余韻など皆無だ。
その瞬間に聞こえる悲鳴。
「避けてーーーーっ!!」
何事かと振り返ると、巨大な氷柱が唸りを上げて俺に向かってくる。
……その下には血塗れになりながらも、俺の事を見上げて薄汚い笑顔を見せるカールがいた。
「……貴様はっ!! 最後の! 最後まで! どうしようもないクズだなっ!! ふざけるなぁあぁぁあぁあ!!」
手に持つ剣を、渾身の力で氷柱に向かって振り下ろす。
バキンっと重たい音をたてながら、剣と氷柱は激しくぶつかる。その衝撃で氷柱は幾つもの氷塊に砕け散り、剣は根元から折れてしまった。所詮は安物の数打ちだ。ここまで保っただけ十分だ。
クルクルと勢い良く宙を舞う剣先。その剣先は偶然にも倒れたカールの右上腕に突き刺さり、その腕を両断する。
そして砕けた氷塊は切り落とされた腕に直撃し、そのまま押し潰してしまった。
「ぎゃあああああああああ!!」
絶叫して転げ廻るカール。これでは流石に何も出来ないだろう。
「クズに相応しい末路だな。頭が潰れなかっただけ幸運だと思え」
預けた
◆◆◆◆◆
「アレクっ!! もう、どうしてあんな危ない事したの!?」
俺を出迎えてくれた第一声は、エリスの非難だった。
「何がだ? 特に危ない事なんてしていない。ちゃんと勝てたではないか」
「そうだけどさ。最初にアレクが剣の交換なんて受けなければ、あんな奴剣ごと真っ二つだよ!」
おいおい、俺はそこまで過激な事は考えていなかったぞ。
「エリスが試合前に言ってたじゃないか。少しは盛り上がる戦いが見たいと」
「それは見たいけど、でもアレクが危ない目に遭ってまで見たいなんて思ってないよ! あんな奴、それこそ一瞬で倒せただろうに、アレクは余裕ぶって遊び過ぎだよ」
俺の事を半開きの目で睨んでくる。ああ……、ここはそうだな、そう言う場面だ。先程までのカールへの怒りなど何処かへ行ってしまった。
「す、すまない……。別に余裕ぶってた訳ではないが……。あ、後、ありがとう。エリスのお陰で奴の魔術の謎が解けた」
今度は腕を組んで胸を反らしている。いちいち忙しい奴だ。
「だが、どうして奴の魔術に気が付いたんだ? 俺は戦いながらでそこまで見れなかったのだが……」
「あー、アレね。多分ちゃんと見てれば気づけたと思うよ。普通はみんな闘技場に集中するから観客席なんか見ないもんね。でも、見てれば怪しい動きしてる奴がすぐ分かるよ」
「そんなものなのか? 俺には魔術の出所が見えなかったが」
「自分で戦ってるとそうなんだろうね。あいつらは集団で一角に陣取って、その真ん中にいる奴が魔術を放って、周りの奴らは隠蔽の魔術で上手く隠してたよ。だから周りの観客もほぼ気付かなかった」
なるほど、そんなカラクリになっていたのか。
「聞けば聞く程許せなくなるな。アイツには本当に男としてのプライドはないのかと問い詰めたくなる」
「……アレク、ボクは女だけどあんな卑怯な真似はするつもりはないよ? そこは訂正して欲しいな」
「あ、ああ、すまない。そうだな、アイツは人としてのプライドが欠如している。もうあんな奴とは二度と顔を合わせたくない」
「はは、そうだね。それは言えてる。まぁあの腕じゃしばらくは出歩けないだろうし、これでもアレクに向かってくるんであれば心の強さは大したものだよ」
そんな事は、なるべくなら起こらないで欲しい。人から恨みを買うのは仕方ないが、俺は生理的にアイツを受け付けなさそうだ。
せっかく勝ったのに、俺はやけに気持ちが重くなった。
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