第26話 予選二日目

 闘技会は1週間程かけて行われる。


 1万人からなる参加者をふるいにかけるのに約1日、そこから16個のブロックを作り、そこでの篩い分けに2日。


 決勝トーナメント参加の16名が決まったら、1日4試合ずつ行い、準決勝は1日2試合、最後に決勝戦が1試合だけ行われる予定になっている。


 その年によっては、準決勝で勝ち上がった人間が試合後に亡くなり、決勝戦は不戦勝となる様な場合もあるそうだ。


 そうなった場合は優勝者が御前試合を行ったり、獣との戦いを行ったりと、興行の為に皆尽力するそうだ。




 さて、僕は無事に予選を突破し、今日は本戦だ。結局最初の予選を突破出来たのは10分の1、約1000人程だったそうだ。


 その1000人を、1組60人から70人に分け、コロッセウム全体を使ってバトルロワイアルを行う事になる。そのバトルロワイアルの中で最後まで立っていた一人が決勝トーナメントへ参加する権利を手に入れる。

 もしその1組が全員死んでしまう等の事態が発生したら、その組からは決勝トーナメントへの進出はなしとなるそうだ。


 ここまで来ると運が大きな要素となる。仮に優勝候補がその組に居れば勝ち残るのは難しいし、実力があっても相性等により負けてしまう場合もある。


 組の振り分けは、筋力・耐久力・敏捷性の試験参加者からランダムに振り分けられるそうだ。なので、ここでの組み分け次第で決勝に進めるか否かが決まると思ってもいい。



 僕は本戦の13ブロックへの参加となり、明日戦う事になる。1ブロックからの参加者や戦い方を見られるだけでも大きなアドバンテージだ。


 クラリスと共に、観客席から1ブロックの戦いを観戦する事にする。

 闘技場には特にリング等もなく、観客席と試合場を隔てている壁があるのみだ。だから試合場を余す事なく戦いに使える。


 試合場には、いかにも強そうな男や全身をマントで包んだ怪しい男等、様々な人間が集まっている。果たしてあの中では誰が一番強いのか。誰が最後まで勝ち残るのか。


 血気盛んな男達は、試合開始の合図前からお互いに威嚇をし合っている様だった。



 ──そして遂に開始の合図が鳴り響く。





 カンッ、という短い鐘の合図を皮切りに、男達が唸り声をあげ廻りの人間へ拳を、剣を、斧を縦横無尽に振りまくる。


 ある者は振られた剣を紙一重で躱し、返す剣でその腕を切り落とす。またある者は飛んでくる斧を避けきれずに、その頭蓋を砕かれた。

 毒を使っているのか、ここからでは見えないがとある男に触れられると、触られた男達は皆地面に倒れ伏して動かなくなる。

 素手で戦う者は少ないが、そのどれもが並以上の技術で躊躇なく対戦相手を叩き潰している。


 ……なんだこれは。


 僕の予想していた闘技会とは全く異なる、阿鼻叫喚の図がそこでは繰り広げられていた。


 なんとなく、なんとなくではあるが正々堂々とした決闘の様なものを想像していたが、現実はそれを斜め上に裏切った。


 戦っている男達の後ろで、その隙を付いて矢を放つ者がいる。相手を斬り倒した者の後ろでその首を切り落とす者がいる。


 魑魅魍魎が跋扈する、地獄絵図という言葉が相応しい光景に、僕は思わず目を背けた。


 男達の断末魔に、自然と体がガタガタと震えだす。


「ハクト、見なくちゃダメ。君はあの中で戦って生き延びなければならない。あの戦いを見て、少しでも生き延びる、ううん、勝つ為の術を探して」


 クラリスが何時になく真剣な表情で僕に訴えかけてくる。分かってる、分かってはいるけど、僕はこの中で生き延びる自信がなくなってきた。



 そんな僕の不安を感じ取ったのか、クラリスがそっと震える僕の手を取り、包んでくれた。


「ハクト、怖いのは分かる。もしもハクトが死んでしまったら私も辛い。でも、今まで二人で積み上げてきた訓練は絶対に君を裏切らない。君は必ずあの中で一番になれる。自分が信じられないのであれば、君を信じている私を信じて」


 真っ直ぐな目で見つめてくるクラリスは、僕の心を見透かしている様だ。その目に吸い込まれそうになる。


 そして、クラリスの体温で僕の心は優しく溶かされる。僕はクラリスの言葉で恐怖を払い、そこには戦う意思が生まれていた。


「……ありがとう、クラリス。僕一人だったらこの場の空気に飲まれていたかも知れない。そしたらここで死んでしまっていたかも知れない。でも、もう大丈夫。きっと勝つよ。自分に自信はないけど、クラリスの事を信じる!」



 クラリスのお陰で心は立ち直る事が出来た。後はこの戦いを見て、どうやって生き残るか、どうやって勝つかを考えなくてはならない。



「ハクト、君ならどう立ち回る?」


「まずは大人数での戦いになるから、背後を突かれない様にしたいかな。序盤でやられてしまった人のほとんどは一対一で戦っている最中に後ろからやられている人が多いと思う」


 話しながらもまた一人、剣士が後ろから刺されてしまった。


「そうだね、まずはそこだね。人数が絞られるまでは、正面で戦うのではなくて自分への攻撃をいかに避けていくかが大事だ」


 段々と闘技場で立っている人数が少なくなっていく。無傷の者はほとんどいなさそうだ。片腕を失ってなお立っている者は、この先の戦いでは非常に厳しいだろう。


 人数が減って来ると、段々と一騎打ちの様相が強くなってくる。お互い自分が勝てそうな相手を見つけると仕掛けて行くようだ。


「アレだって、別に一対一で戦わなくてもいいんだ。自分の相手がいなければ誰か戦ってる人の背後を突いてもいい。何をしてでも最後まで立っていればいい」


 クラリスが告げるのは、紛れも無い事実だ。だが、出来れば正面から敵を破り予選を突破したい。そう思うのは僕の考えが甘いからだろうか。


 そうしているうちに、最後の二人の戦いになった。最後の二人はたまたまお互いが獲物として剣を持っている者同士だった。



 二人から気迫が放たれる。遠く離れた観客席にいても二人の気迫で肌が粟立つのを感じる。

 間合いを取りながら二人とも呼吸を探っている様だ。


 そして、次の瞬間。

 鎧を纏った騎士の様な男が、勢い良く踏み込んで剣を振るう。もう一人の軽装の男は、予想していたかの様にヒラリとかわすと騎士風の男の足を斬りつけ転ばせる。

 倒れた騎士風の男の首筋にそっと剣を突きつけ、騎士風の男は降参した様だ。




 こうして1ブロック目の戦いは終わった。

 意外な事に、阿鼻叫喚の地獄絵図だったが死者は全体の半分程だったらしい。

 運営の医務室に運ばれて行く人間の多くが自分の足で歩いているのが印象的だった。




 僕は側から見ていただけなのに異様な疲労感で、一度席を立つ事にした。



 飲み物を買って戻ろうとした時、不意に誰かに肩を掴まれる。

 後ろを振り返ると、やはりというか、そこにはジェドがいた。


「よう、小僧。お前何ブロックなんだよ」


「お前には関係ないだろ、どうせ本戦突破出来ずに死んじゃうんだからさ」


 僕の挑発の言葉にジェドは不機嫌な顔になるが、それでもしつこく聞いてくるので13ブロックだと言う事を伝える。


「そうか、そうかよっ! やっぱり神様ってのは本当にいるんだな! 良い事を教えてやる。俺様も13ブロックだ。お前は絶対に殺してやるからな。降参も、命乞いもさせない! 俺様が必ずトドメをさしてやる。楽しみに待っておけ」


 捨て台詞を残しジェドは観客席に消えていった。

 どうやらこれで、運よく生き残るという事は出来なさそうだ。元より勝つつもりではいるが、アイツだけは絶対に倒さなきゃならない。




 ──そう、自分が生き残る為に、人を殺す覚悟をしなくてはならない。

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