第404話 牙路まで同行

「私も抱きたい、こっちおいで」

「ぷるんっ……ぷるぷるっ」



サンの言葉にシルは振り返るが、胸元の辺りを見つめてしばらく考えた後、仕方がないとばかりにサンの頭の上に飛び乗る。サンは抱き上げたかったのだが、何故かシルは彼女の頭から離れない。



(もしかしてこのスライム……胸が大きい女の子が好きなのか?)



レイナは自分の胸元を確認し、続けてネコミンとティナの胸を確認した。自分も含めて3人とも胸は大きく、一方で子供のサンは胸元が小さい。それに先ほどからシルを抱き上げる時は胸元に挟まろうとしてきた事を思い出す。


まさかスライムが邪な感情を抱いて人に懐いているとは思いにくく、恐らくは柔らかくて大きい物が好きなだけだろう。実際に同じスライムのクロミンにもよく懐いており、胸が小さいといっても子供を相手に無碍な真似はせず、サンの頭の上で元気そうに跳ねる。



「ぷるっくりんっ」

「ぷるぷるっ」

「……シルがここまで他の人間に懐くのは珍しいですね。普段は私の傍から離れないのですが」

「多分、サンもクロミンも特別な存在だから気が合うのかもしれない」



レイナやネコミンだけではなく、サンにも懐いたシルを見てティナは不思議そうな表情を浮かべるが、そもそもサンも普通の人間ではない。元々は彼女も魔獣なので普通の人間ではない雰囲気を感じ取ったのか、シルはサンの頭の上で元気に跳ね回る。


一方でクロミンの方はサンに抱きかかえられ、いつも以上に上機嫌な様子だった。どうやら同種のスライムと出会えたことが嬉しいらしく、よくよく考えれば他のスライムと出会ったのは今回が初めての事だった。



「そういえば奴隷商人に連れ去られたのかと心配してましたけど、その奴隷商人は結局どうなったんですか?」

「私が黄金級冒険者になった後、すぐに捕まえました。ヒトノ帝国とケモノ王国の一部の貴族と繋がっていたようですが、私が子供の頃に逃げ出した時の件もあってかあまり信頼されていなかったようですぐに見捨てられましたが……」

「それは良かった」



ティナの話を聞いてレイナ達は安心した表情を浮かべ、奴隷商人が未だに活動していたのならばケモノ王国の騎士として見過ごすわけには行かない。奴隷商人が既に捕縛された事を聞いて安心する一方、レイナはティナにこれからどうするのかを問う。



「ティナさんはこれからどうするんですか?」

「私は……牙路を抜け、自分の故郷へ一度帰りたいと思っています。もう私以外の住民は残っていないでしょうが、それでも自分の目で村がどうなっているのかを確かめたいんです」

「そうですか……でも、だからって牙路を抜けるのは危険じゃないですか?」

「承知しています。しかし、正規の手順で国境を越えるとなると時間が掛かりすぎるのです」



ティナ曰く、正規の手段でケモノ王国からヒトノ帝国の領地へ移動するのは金と時間が掛かり、しかも山越えのために色々と準備が掛かるという。その辺の話はレイナもヒトノ帝国から脱するときにリル達から事情を聞いていた。


いくら黄金級冒険者でも国境を越えるとなると色々と手続きを行う必要があり、そもそも王都からここまで移動するだけでも相当な日数を費やしたという。ティナとしては一刻も早く故郷へと戻りたいそうだが、だからといって牙路に単独で挑むのは無謀である。



「気持ちは分かるけど、牙路を抜けるのは得策じゃない。あそこがどれだけ危険な場所か知っているの?」

「承知しています。ですが、私はどうしても故郷へ戻らなければならないのです」

「でも、牙竜に襲われたら……」

「大丈夫です、私は仮にも黄金級冒険者……牙竜には後れを取りません」



レイナの言葉にティナは自信ありげに背中の大剣を握りしめ、自分ならば牙竜を相手にしても勝てるという自信に満ち溢れていた。冒険者の中でも最高階級に位置する人間だからこその説得力だが、それでもレイナ達は心配せずにはいられない。


やっと見つけた黄金級冒険者が牙路へ向かっている事にレイナは困り、少なくとも目的を果たすまではティナが引き下がる様子はない。だからといってこのままティナだけを向かわせるわけには行かず、レイナは同行を申し出る。



「じゃあ、俺達も一緒に行かせてください。こちらとしてもティナさんの協力はどうしても得たいんです」

「それは……承諾しかねます。牙路がどれほど危険な場所なのかご存じなのですか?」

「よく知ってる、この間に私達も通ってきたばかり」

「ぷるるんっ(あの時は迷惑を掛けた)」



ティナはレイナの言葉に戸惑い、正直に言わせればレイナ達に付いてこられても足手まといになる可能性が高いのでやんわりと断ろうとしたが、ネコミンがすぐに言い返す。


ネコミンの「通ってきた」という言葉にティナは訝しみ、まるで自分達が牙路を通り抜けた事があるような話し方にティナは疑問を抱く。

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