第一章 SNS幽霊事件ー虎鶫隼翔の捜査ー⑤
目的の部屋の扉をノックすると、出てきたのはまだ二〇代前半といった風の女性だった。紺色っぽいニットセーターに黒のロングスカートといういかにもラフな格好。そのうえ髪も真っ黒のストレートヘアーなもんだから、纏っている雰囲気は相当暗いって印象だ。
相手が男性だと思っていたのでかなり驚いたが、相手の女性も長い前髪の隙間から覗いてる瞳でまじまじと俺の顔を眺めたあと、確かめるような口調で、
「……ええと、……プロフィール詐欺?」
「それについてどうこう言える立場でもないでしょう。それに詐欺じゃありません。あなたと連絡を取っていたのはこっちのガキなんで」
「はいはーい! 現役JK&幽霊専門家のレイナンでーす」
俺の後ろから出てきた麗奈を見て少しは安心したのか、ほっと息を吐く女性。
こそっと麗奈に耳打ち。
「(……レイナンってなんだよ?)」
「(ハンドルネームに決まってんじゃん。私だってネットで本名公開するほどの度胸はないよ)」
「(そりゃ分かってるが、本名過ぎないか?)」
「(良いの。そんなの分からない人には分からないんだし)」
「……あの」
と、玄関先でこそこそと話している俺達を不審に思ったのか、女性が声をかけてくる。
「あぁ、すみません」
ポケットから警察手帳を取り出して見せる。
「警察です。実はあなたが目撃したという幽霊についてお話を伺いに来ました」
「警察の方ですか?」
「えぇ、大変馬鹿らしいとは思いますが、あなたの目撃した幽霊がある事件に関わっているかもしれないとの情報がありまして。差し支えがなければで結構なのですが、幽霊を目撃したという時間帯と、どんな幽霊だったかお聞きしても?」
「あの……その事件って、もしかして、子供が行方不明になってるやつだったりします?」
「……はい?」
目の前の女性から飛び出してきた思いがけない言葉に違和感を覚えていると、
「……その……、立ち話もなんですので、良ければ入りますか?」
勧められるまま部屋の中に入る。部屋の中はイメージよりもずっと広く、俺一人で暮らそうとすれば半分はスペースを余らせそうだ。靴を脱いでリビングまで歩くと、なんだか甘ったるい香りが鼻覚を刺激してくる。
これはあれか、女の子の香りってやつなのか?
「……タイガー。一人暮らしの女性の部屋に案内されて鼻の下を伸ばしてる警察官ってどうかと思うよ。状況的にも立場的にもさ」
「ぶ……ッ! お、お前、変な事を言うんじゃない!」
「いやいや凄いからね。鏡があったら一度見た方が良いよ」
「……嘘だろ? そんなにか?」
動揺する俺をさておき、麗奈はずかずかとした態度で部屋に置かれているテーブルの前に座る。SNSでやり取りしていたとはいえ、ほとんど赤の他人の家だってのによくもまぁそこまで何も気にせず振る舞えるもんだよ。俺はそういうの無理なタイプだし。
ていうか、この女性かなり胸が大きいぞ! 風貌だけなら陰気なイメージなのに、こうして対面に座ると着ているニットセーターの強調効果もあって破壊力が大き過ぎるッ!
隣から「ぐぬぬ」と聞こえてきたが、ご愁傷様だ。
「あの、刑事さん達は、あそこで見た幽霊について聞きたいんですよね?」
「そうです。……ええと?」
「高井です。高井瑞江(たかいみずえ)」
「では高井さん。単刀直入にお聞きしますが、あなたは本当に幽霊を見たんですか? こう言っちゃなんですが、にわかには信じられない内容ですので」
「……はあ」
と、高井さんは重たい息を吐いた。
「分かってはいます。あなたたちも嘘だと思っているんですよね?」
「……申し訳ありませんが、証言を聞いてみない事には判断できません」
一応はそう言っておく。
そりゃあ信じてないけどさ、ここで高井さんの機嫌を損ねても仕方ないし。
「私は、確かにこの目で幽霊を見ました」
「それは本当なんですか?」
「はい。あれは間違いなく幽霊でした」
俺に質問に対し、高井さんは間髪入れず返答してくる。
「一週間前の夜です。少し遠くへ買い物に行った帰りに、普段は使わない路地に入ったんですけど、そこで奇妙な格好をした女性を見かけたので話しかけてみたんです。ボロボロの洋服を着ているのに気にした様子もなくて、ずっと立ってるだけの女性の幽霊に」
「女性の幽霊……?」
「はい、髪が長くて色白の女性でした」
ふぅむ。
何というか、随分とオーソドックスだなぁ。
誰もがイメージする最大公約数の幽霊というか、『幽霊といえば』みたいな感じ。これじゃ証言としてはかなり弱いよなぁ。
そんな俺の懐疑的な視線を感じ取ったのか、彼女はジトっとした瞳を俺に向けてきた。なにそれ、すげー怖いんだけど。
「あ……いえ、すみません。どうしても先入観が拭いきれないもので」
ここで拗ねられて話を切られても困るので、慌てて両手を振って釈明する。
――と、俺が頭の中で質問を整理している間に、隣に座ってる麗奈が口を開く。
「ねぇねぇ。なんでその女性が幽霊だって分かったの? ドラマとかアニメの幽霊みたいに、分かりやすく発光してたわけじゃないんでしょ?」
「見た目は普通の人間でした。でも、だからこそ私も最初に話しかけられたんだと思います。……でも、事情を聴いているうちに彼女が切り出してきたんです。『私はもう何年も前に死んでる』『私達は子供を探してる』『今起こってる行方不明事件をどうにかしたい』って」
「あー、それで私達が追ってる事件を知ってたんだね。でもさ、それだけでその女性が幽霊だって信じたの?」
「いえ、その時点では流石に私も信じていませんでした。……ですが、会話を終えて帰ろうとした瞬間、今までそこにいたはずの彼女が、空気に溶けるように消えてしまったんです。そこでようやく、私は彼女の話していた内容が事実なんだと気が付きました」
「ふむふむ。なぁるほどねぇ」
幽霊肯定派の麗奈は満足気にそう言っていたが、俺の頭はパンク寸前だった。
ここで幽霊を否定するのは簡単だ。だけど、それでどうなる? ようやく見つけた証言をふいにして、結果として何が残る?
聞き込みした情報のみで真実に辿り着けるほど、実際の事件は単純じゃない。そこから精査して、証言の裏付けを取って、証拠を見つけなければいけないんだ。そこに憶測や思い込みといった不確定な情報を入れるのは極力避けなければいけないんだけど、この場合は何が有益になる証言になるんだ?
「高井さん、その幽霊は誘拐事件を知っていたんですよね?」
「はい、誘拐された子供の中に娘さんが居るようです」
「その幽霊の名前は聞きましたか?」
「……すみません、そこまでは。今でこそ冷静になりましたけど、その当時は酷く興奮状態だったもので」
ひとまず聞き込みはこんなところか。
もちろん高井さんの話を全て信じる訳じゃないけど気になる情報はあった。捜査一課の連中がどこまで調べたのか後で聞いてみて精査するか。
と、これからの捜査方向を固めつつ立ち上がった時だった。
「刑事さん、どうかよろしくお願いします」
「え、あ、はい?」
高井さんは突然、俺と麗奈に向けて頭を下げてきた。
そのまま懇願するように彼女は言う。
「……彼女と会ったのはたったの数分間でしたけど、あの悔しそうな表情は今でも忘れられません。彼女は子供を狙った誘拐事件が解決する事を願っていました。私ではお力になれませんが、刑事さんが少しでも早く事件解決する事を、彼女の分まで私も願っています」
そう言って高井さんは頭を下げたまま懇願するような声を出す。
あくまで勘でしかないけど、俺はどうしてもそれが虚言の類とは思えなかった。
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