第一章 SNS幽霊事件ー虎鶫隼翔の捜査ー③


 麗奈に連れてこられたのは、さっきの高校から歩いて一〇分程度の小さい路地だった。街路樹がそこかしこに植えられているからか、日中だというのにどこか涼しさを感じる。通りには小洒落た喫茶店もあって、意識の高そうなOLだったら毎日のランチにでも使いそうな感じといえば伝わるだろうか。


「……疲れた」


「タイガーって刑事のくせに体力ないの? まだ一〇分ぐらいしか歩いてないじゃん」


 別に体力的に疲れたわけじゃない。精神的な問題なんだよ。こんな昼間から女子高校生に手を握られながら街中を闊歩するスーツ姿の二〇代ってのは普通に目立つらしく、たかが一〇分の間に同業者から何度疑いの眼差しを向けられたか。そのくせ俺と麗奈だって分かると妙に納得した表情でスルーされるんだから変に心が痛くなる。


 警察官として間違ったことはしていないからな?

 これはあくまで捜査するために情報を集めているだけだし! 俺にやましい気持ちがないんだから平気なはずなんだ。


 と、関係ない話題は置いといて。


「ここが地縛霊の目撃場所だと? 確かに大通りから外れちゃいるけど、人通りがないって訳じゃなさそうだぞ」


「人通りは関係ないよ。幽霊って見えない人にはどうやっても見えないんだし。確定なのは、ここで幽霊を見たって人が何人も居るって事。職業も年齢もバラバラの人間が同じ場所で見たって言ってるんだから信憑性は高いと思うよ」


 確かに、俺みたいな霊感ゼロの人間が幽霊を見るなんて無理だろう。だからこそ俺は幽霊を信じていないわけだが。逆に見える(自称)奴らにとって幽霊って存在はどう映っているんだろうな。俺が人間を見るのと同じ感覚で、そこに居るのが当たり前の存在なんだろうか?


 だからってなぁ……見たって人の証言を無暗に信じる事は出来ないんだよ。


 幽霊の目撃情報ってのは、語り継がれてる怪談と一緒なんだ。誰かの口から誰かの耳に届いた時点で、最初の話とは明らかに変わってたりするのが当たり前なんだから。


「その目撃情報ってのはどこから仕入れたんだ?」


「地域共有系SNSと風の噂ってところかなー」


「……やっぱりか」


「ま、タイガーの言いたい事は分かるよ。こんなの『友達の友達がー』っていうのと変わらないもんね」


 その通り。


 証言の真偽を正確に見極められる能力は、警察官にとって割と重要なスキルだと俺は思っている。麗奈の言ったように、『友達の友達が』って証言を鵜呑みにしてしまうようでは警察官として失格だろう。刑事が直接足を使って証拠を探すのは、そういった信憑性の低いと思われる証言の裏を取ったり、自分で直接確認を取りに行ったりする必要があるからで、ネットの情報だけを証拠とする訳にもいかないからなのだ。


 現場一〇〇回という言葉があるが、まさにその通り。


 と、そんな事を考えていると、麗奈がスマホをいじりながらニヤッと笑みを浮かべた。


「でもね、タイガーと合流できたら直接聞きに行こうって思ってたんだよ? 流石にさー、花の女子高校生一人で顔も知らない人に会うのは危険でしょ?」


「まぁ、そりゃそうだが」


「一応、そのSNSで会う約束は取り付けてあるからさ。ここの調査が終わったら行きたいんだけど良いよね?」


「仮にもお前に捜査協力してもらってる立場だから拒否はしない。――が、本当に信憑性のある人達なんだろうな? 偏見かもしれんがSNSで発する情報なんて、ほとんどデマカセだと思ってるんだが」


 俺がそう言うと、麗奈は何やら難しそうな顔をして立ち止まった。


「……うーん」


「なんだよ?」


「いや、なんていうかね。タイガーってさ、昔気質っていうか、ただのロートルな所あるよねーって。まだ若いから許されてるけど、歳が歳だったら老害なんて言われちゃうよ」


「……まじで……? 俺って、そんなに古い人間?」


 大橋ちゃんにもロートルロートルって言われてたけど、こうして高校生に言われると、思いのほかショックが大きかった。なんだか馬鹿にされてるような気もする。

……なんだろう? 捻くれた視線で世間を捉えようとしてるのが悪いのか? もっと現代社会に対して真っ直ぐな視線を向けるべきなんだろうか?


 そんな事を考えていると、麗奈が近くの植樹の中に入っていこうとしていた。


「おい、勝手に荒らすなよ。こういうのって都とか市の持ち物だったりするんだから」


「平気平気。この辺りはそこにある喫茶店のマスターが趣味で植えてる場所だし」


「思いっきり私有地じゃねぇか! それこそ怒られるだろ!」


 あわや草むら一直線という麗奈の腕を強引に掴んで引き寄せる。


「(ニヤリ)」


 そのまま勢いで俺の胸に飛び込んできた麗奈は、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。おい、なんか嫌な予感がするんだが。


 こいつの行動に対して根拠のない不安に苛まれていると、麗奈は口元を緩めながら、


「キャー! こんなところで無理やり抱き寄せるなんて、タイガーって意外に大胆なんだね」


「ちっ、違う! これはお前が勝手に入ろうとするから止めただけだ! 決してやましい意味なんかないッ! 誤解するんじゃないぞッ!」


 周りを見渡しながら必死に弁解の言葉を吐き出していく。

 捜査一課の刑事が援交疑惑でお縄に掛かったりでもしたら洒落にもならない。特に今は小学生の行方不明事件の調査であちこちに警察官がウロウロしてる状況なんだ。ただでさえ幽霊係っていう出世ルートから大きく外れたポジションに居るんだから、これ以上の失態は勘弁願いたいんだよ。


 麗奈はそんな俺の様子を楽し気に眺めた後、通りの反対側にある小洒落た喫茶店を指差す。


「はー、満足した。それじゃ、休憩がてらあそこのマスターに許可を貰っちゃおっか。それなら問題ないでしょ」


「それが分かってるなら、最初からそうしてくれ」


 その喫茶店は、店の外観や雰囲気から、お昼休みのOLで満員かと思っていたが、意外とそうでもないらしく、店内にはポツンポツンと何人かが座っているだけだった。麗奈は慣れた様子でマスターに手を振ると奥側のテーブル席に直行する。


「慣れてるようだが、ここには良く来てるのか?」


「んー、二週間前くらいにたまたま見つけたの。クラスの友達にもまだ教えてない穴場なんだから感謝してね。タイガー的にはこんな昼間から女子高校生とお茶してる所なんて見られたくないでしょ? これでも場所を選んでるんだからね」


「それが分かっているなら、普段からもう少し気を配ってくれないかな」


 従業員はマスター一人だけなのか、他の客の接客を終えると俺達のテーブルへとやってくる。麗奈はどこかよく分からない産地のアイスコーヒーとケーキセットを注文すると、慣れない横文字のメニューに四苦八苦している俺を横目にマスターへと話しかけ始めた。


 店自体の雰囲気に沿ったようなマスターとでもいった方が良いだろうか。薄いひげをわざと残している黒ぶち眼鏡で痩せ気味の男性だった。胸には黒谷と書かれたネームプレートがぶら下がっている。


「ねぇマスター。最近この辺で幽霊を見たっていう人がいるのは知ってるよね?」


「ええ、もちろん。最近ではその幽霊を見つけようとする人達も多くて少しばかり困っているところですよ」


「ん? なんで? 人通りが多くなればこの店も繁盛するんじゃないの?」


「それはまぁ、そうなんですけどね。……あんまり声を大きくしては言えないですけど、そういう人達って、たった一杯だけコーヒーを頼んで勝手に数時間も居座ろうとするのが多いんですよ。一応は注文をしている以上、お客さんとして扱わなければいけませんし……」


「あー……そりゃ困っちゃうね」


 どこか心当たりがあるのか麗奈が気まずそうに相槌を入れている。

 人当たりの良さそうなマスターだと思っていたが意外に毒を吐くタイプなんだな。通い始めて二週間程度の麗奈じゃ常連って関係でもないだろうし、共通の敵を仮想して共感を作っていく人なのかもしれない。


「そういえば、つい先ほどまで出羽さんと同じ制服を着た女の子が来ていたんですよ。その子も幽霊について私に質問していましたけど、今時のトレンドにでもなっているんですか?」


「私のネットワーク的には幽霊系のブームはじわじわ広がってるっぽいよ。マスターもこれから女子高生のお客さんで忙しくなっちゃうかもね」


 と、麗奈が世間話をしている間にようやく注文を決めた俺は黒谷さんに伝える。散々悩んだ挙句に普通のアメリカンコーヒーだった事に麗奈は笑いを噛み殺していたが気にしない。そんなんで傷つくプライドなど持っていない。


 注文を受けた黒谷さんが厨房へと姿を消していったところで俺が口を開く。


「なぁ、まじで幽霊ブームとか来てるわけ?」


「まじまじ。元々女の子って生き物は占いとか大好きだったじゃん? それが時代の変化に合わせて幽霊とか超常現象系にシフトしてるみたいだね」


「お前も学校に幽霊部を創っちまうぐらいだしな」


 すると麗奈は珍しく、少しだけ驚いたような表情へと変わった。


「ありり? その話はまだしてなかったはずなんだけど?」


「近くの小学校の校長が話してたぞ。お前どんだけ有名人なんだよ」


「私ってか、有名なのはお母さんの方じゃないかなぁ」


 麗奈の母親か。


 俺も一度だけ会ったことがあるけど、確かにあれならご近所の有名人になっていても不思議じゃないかもしれん。目の前のとっても平坦な子供とは違って、一部分だけが異常なまでに強調されてるもんなぁ。

 ふわっふわ系に見えて実の所は意外なほどのやり手とかいう噂だけど、実際の所はどうなんだろう。こいつの母親って考えたら妥当なような気もするけど。


「……ちょっとタイガー? 視線で何を考えているのかは分かるんだからね」


「大丈夫だ。遺伝の話をすればお前にもまだまだ可能性だけは残ってる」


「そんな希望はとっくに捨てたわい!」


 などとくだらないやり取りをしていると、黒谷さんがコーヒーやらケーキセットをこちらに運んできた。平日のお昼からケーキとかカロリー的な意味で大丈夫なのだろうか? と思いながら苺やら苺ムースがふんだんに盛り付けされたケーキを見つめる。


 するとこちらの視線に気づいた麗奈はフォークの先端に切れ端を乗せて、


「あーん?」


「アホ。そんなの人目のある場所で出来るか。こっちは一応警察官なんだ」


「ほほう。それはつまり他に誰も居ない場所だったら問題ないって解釈でいいのかな?」


「曲解するんじゃない!」


 こいつとカフェでお茶してるのだって捜査協力の一環だからギリギリ許してもらえてるくらいなんだぞ。とはいっても警視庁名義で女子高生とカフェに行った領収書を貰うわけにもいかないから俺の財布から出ていくのは必須な訳で、そうなるともはや勤務時間中に女子高生とデートしていたって誰かに告げ口されても大声で反論が出来なくなってしまうという悪循環の真っただ中に俺は立っているんだけどね!


 とか考えてるうちに麗奈は決して少ないとは言い難かったケーキセットをあっという間に食べきったらしく、麗奈は当初の目的を果たすべくマスターを手招きしている。


「ねぇマスター」


「どうなさいましたか?」


「さっきこの辺に幽霊が出るって言ったじゃん? それって実はあの辺っぽいんだよね」


 そう言って麗奈は窓越しに通りの反対側にある草むらを指差す。

 ここから見ても何の変哲もない場所だ。


 流石に黒谷さんもあの場所で幽霊が出ているとは知らなかったのか、目を見開いたように驚いている。

 

 ま、仕方ないだろうな。


 あの辺の植樹を見た限りじゃ、結構きちんと管理されてたっぽいし。そんな場所が実は幽霊の発生場所だったなんて聞かされたんじゃ驚きもするだろう。


「でね、あそこって確かマスターが管理してる場所だったよね?」


「え……えぇ、そうですよ」


 言葉を詰まらせながらも返答する黒谷さんだったが、そこでようやく麗奈が何を言いたいのか分かったんだろう。麗奈に向けていた視線を俺へと向ける。どうやら麗奈の保護者的立場だとでも思われているんだろうか。


 ごそごそと胸ポケットから身分証を取り出し、


「警察です。ええと、ここ一週間の児童行方不明事件の調査としてあちらの草むらに立ち入る許可を頂きたいのですが」


「……あぁ、警察の方でしたか。てっきり出羽さんの保護者か何かと」


「彼女には捜査協力をしてもらっています」


「捜査協力をですか? 女子高生に?」


「はい。クソむかつく奴ですが役には立ちますので」


「……本人の目の前で悪口とはいい度胸だね。今度同僚の目の前で思いっきり腕組んでイチャイチャしてあげようか?」


 などと何やら不吉な事を口走っている麗奈は一先ず措いておく。

 黒谷さんは幽霊オタクの麗奈と警察官という組み合わせで大体の予想をつけたのだろう。こうやって勘のいい人に恵まれると本当に助かる。自分から幽霊係とか恥ずかしい名称を名乗る必要がないからな!


「そういうお話ならば是非許可したいところなんですが、つい今朝、除草剤を撒いたところなんですよ。申し訳ありませんが、明日でもよろしいでしょうか?」


「ええ、構いませんよ」


 ま、草だらけでボーボーじゃないとはいえ、除草剤だらけの中に足を踏み入れる気にはなれないし、ここは素直に引くしかないだろう。どうせここは幽霊の出現場所ってだけで、行方不明児達が隠されてるわけでもなさそうだし。


 と、そんな俺の考えとは裏腹に麗奈は不満げな様子。


「ぶーぶー。せっかく楽しみにしてたのに」


「仕方ないだろ。無理やり入っても除草剤で脚がかぶれるだけだぞ」


「ならタイガーが私をおんぶすれば解決じゃない?」


「それは解決って言わないの!」


 一個の問題をどうにかする為に二個も三個も問題を発生させてたまるか!

 俺の必至な説得(?)が伝わったのか、麗奈は渋々と引き下がった。それから自分のスマホをいじりだす。どうやらSNSで会う約束を取り付けた三人と連絡を取っているようだ。


 息を整えるため、まだ一口も手を付けてなかったコーヒーを啜る。


 と、そこで黒谷さんの目元や頬が若干緩んでいるのが見えた。


「ああ、いえ。お二人の関係が単なる警察と高校生って感じよりも親しげだったもので。何かこう、良好な親子のように思えてしまって、つい」


「……一応言っておきますけど、俺とこいつには何もありませんからね?」


「分かっています。刑事さんですもんね。対外的なイメージとか色々と気を使わなくてはいけなくて大変な事でしょう……」


 そんな爆弾的な勘違い発言を残して黒谷さんはカウンターへ戻ってしまった。


 ちらりと麗奈の方を見たが、完全に集中してスマホを操作していたおかげで今のやり取りは聞こえていなかったらしい。ほっと胸を撫でおろして、残ったコーヒーを飲む。


「その、SNSで知り合った奴はこの辺りに住んでるのか?」


「んー、みたいだね」


 言うと、麗奈はテーブルの上に置かれた伝票を俺に投げつけながら立ち上がる。


「それじゃ、今度は聞き込み調査でもしよっか。おとーさん♡」


 コーヒーを吹き出しちまった。

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