第252話
――もしかしたら私はただ、羨ましかっただけなのかもしれない。
その異名の通り炎の如く明るい彼女の生き様が、直視できないほどに眩しかった。
そんな彼に愛される彼女と、愛されない私。その違いに苦しむだけの恋愛だった。
恋は戦いだ。生まれながらの王者と思っていた私は挑戦者だった。彼に愛されるためには、勝たなければならない。恋を成就させるためには、勝ち取らなければならない。
だから私は――。
☆☆☆☆☆
明るいとも暗いとも言える七色の次元の狭間。私は先に叩き込んでおいたルシアを追う。あのメッセージカードの通りに《紅蓮火球》を使ったけれど、まだ帰れるかはわからない。だから私は願う――。
私は帰らなくちゃならない。みんなの所へ! 願う力こそ魔法だ。魔法は――世界は――その呼びかけにきっと応えてくれる――!
「見えた……出口!」
ルシアは空いた穴へと吸い込まれていった。私もそれに続く。もってちょうだいよ〈ブレイズホーク〉。あなたならできるわ。なんかもうボロボロでガタゴトいっているけれど、気合入れなさい!
「出た! ――ここは!?」
時刻で言えば夜だ。静寂。漆黒の帳が降り、夜の静寂に包まれている。巨大な城の様な建物。ここは……!
「
間違いない。エンゼリアだわ。まだ良く似た異世界の可能性は排除できないけれど、少なくともこの建物はエンゼリアだと思う。
「そうだルシアは……いた!」
いた。開けた所――よく武術部なんかが鍛錬をしている――に、片膝をついている。さすがにもう戦う力は残っていないようね。これから一戦交えるとなると、私もきついわよ……?
「ルシア、どうやらご無事のようね。私は宣言通りあんたを元の世界に返してあげたわよ?」
「ううっ……ここは……? エンゼリア……?」
「そうよ、エンゼリアよ。もうあんたもボロボロでしょう? 武装解除に応じれば、悪いようにはしないわ」
「武装解除……?」
「ええ。騒ぎを聞きつけて時機に増援が来るわ。観念しなさい。投降してバルシアの情報を喋れば、いくらかは罪も軽くなるはずよ」
まあ私は知らないしお父様達任せですけれど、ここは戦闘を避けるのが得策だ。寮には生徒がいるだろうし、またここで大暴れされたら確実に被害が出る。
「フフフ。レイナ・レンドーン、貴女の仰る事いちいち最もですわね……」
「なら……!」
「だけど、私には貴方に勝たなければいけない理由があるのです! 《光の剣》よ!」
――!?
投降に応じるかと思ったルシアは、再び語気に怒気を込めて突進してくる。連戦で当然〈ワルキューレスヴェート〉もボロボロだ。だけど光の剣と盾を展開して迫ってくる。
「あんた状況わかってんの!? いい加減にしなさいよ!」
「アハハ! 私にとっては、貴女に勝つことこそが全て!」
「このわからず屋! 《火球》!」
このエンゼリアの敷地は大濠公園よりも広大だ。ここなら位置によっては十分に魔法が使えるわ。もうルシアの優位は薄い。
「――ぐう!? それでも私は!」
今度はお得意の光のハルバードだ。ルシアと〈ワルキューレ〉のどこにそんな力が残っているのか、気合と共に振られる。
「この私の執念があああ! 貴女を殺す!」
「執念だとか根性だとかなら、ブラック社畜で鍛えられたこの私にぃ――」
私は迫るハルバードをジャンプして回避すると、そのまま魔力を足に集中させて魔力の塊であるハルバードに着地。それを踏み台に――鼻っ面を思い切り蹴飛ばす!
「――敵うわけがないでしょうがあああっ!!!」
「ぐああああああっ!?」
蹴り飛ばされた〈ワルキューレ〉が転がる。もう回復魔法どうこうじゃない。その余裕はルシアにはないみたいだ。
「なんだ? なんの音だ?」
「あれは……魔導機!」
「え? まさかレイナ様?」
まずいわ。戦闘音を聞いて生徒たちが寮から出てきちゃった。危ないから避難してなさいよ。えーっとまずは机の下に隠れて、次に校庭に避難して校長先生が「何分かかりました」って謎のトークを始めて!?
「ぐっ……! くっ、レイナ・レンドーン……!」
何が彼女をこうまでさせるのか、ルシアは気力を振り絞るように立ち上がる。
「私は……泥を啜ってでも貴女に勝ちたかった……! それなのになぜ!? なぜ勝てないのよ私は!?」
「ふん、この私を甘く見んじゃないわよ。泥を啜った経験なんて売って歩くほどにあるわ!」
ルシアの頭の中の私はゆるふわスローライフでもしてんの? どちらかというと前世から一貫して泥道を歩いている女なんですけど。
「
「ぽんぽん自分の魂を売るようだから、あんたは私に勝てないのよ!」
そういう簡単に心を曲げない芯みたいなのって大事だと思う。
「私はただ、この恋が報われたいだけですのに……!」
「見返りを求める物なんて恋でも愛でもないわ。報われたいと思った時点で、それはただの独りよがりよ!」
私が料理をしたいから、私は料理をする。
私が誰かを助けたいから、私は助ける。
私がみんなを護りたいから、私は戦う。
見返りが欲しいんじゃない。私が好きでしていることだわ。
「フフ、独りよがり。そうか、そうなのかもしれませんわね」
「ルシア……?」
戦いの最中だというのに、寂しそうに笑うルシアを心配してしまう。
「決着をつけましょう、レイナ。私の運命に、そして私たちの運命に」
「わかったわ、来なさいルシア。くだらない運命なんて、私が吹き飛ばしてやるわ」
ルシアが剣を構える。私も剣を構える。永遠にも思えるような時間が過ぎ去るけれど、たぶんこれは一瞬だ。
「レイナああああああ!!!」
「ルシアああああああ!!!」
どちらが先か、それとも同時か。赤と白、二つの閃光が激突した――。
☆☆☆☆☆
「ん……?」
「起きたわね、ルシア」
「レイナ・レンドーン……?」
それはほんの少しの差だった。けれどそれは隔絶した差だった。私の剣はルシアの〈ワルキューレ〉を貫き、行動を停止させた。機体から降りた私は、操縦席からルシアを引っ張り出して地面に寝かせていた。
「すぐに救護班も来るわ。いろいろ聞くのはそれからね」
「……貴女、どうして私にそんなに親切を? 私は何度も殺そうと――いえ、今も殺す機会をうかがっているのに」
「それは……、あんたが周りを巻き込まないように戦っていたからよ」
さっきの戦いでも福岡でも、ルシアはいたずらに被害を広げるような戦いをしていなかった。
「フフ、戦場に立っていない人間を攻撃するのは、私の矜持に反しますわ。それにここは私の母校でもありますから」
思い返せば取り巻きはともかく、ルシア本人はアリシアへ嫌がらせをしていなかった。そこらへん矜持とやらに関わってくるのかしら?
「禁書は回収したわ。もう逃げられないわよ」
「そうですか。元より……はあはあ……、禁書を使うような魔力は、今の私には残されていませんけれど……」
ルシアの息が荒い。私はハッとして彼女に流れる魔力を確認する。非常に微弱だ。まるで消え入りそうな蝋燭の火。
「ちょっとあんた、魔力が……!」
「さすがに……はあはあ……、貴女に勝つためとはいえ、身体を酷使しすぎましたわ……。もう長くはもたない。はあはあ……、それくらい自分でもわかりますわ……」
「ちょっと! まだあんたには聞きたいことが……!」
ボロボロだ。ルシアの魔力はズタズタのボロボロだ。そして身体もどんどん冷たくなっていく。
「なんで! なんであんたはこんなになるまで!」
「私はただ、貴女が羨ましかったのかもしれませんわ……」
「羨ましい……?」
「フフ……、女として生まれたからには……はあはあ……、好きな殿方に愛していただきたいと思うのは……自然ではなくて?」
「ルシア!」
こんな時どうしていいかわからない。だからただ名前を叫ぶ。消え入りそうな彼女の名前を叫ぶ。
「もっと違う生き方だってあったでしょう!」
「そうかも……しれませんわね……。だけど私は……この生き方しか……」
私があわあわしている裏で、彼女は劣等感に
「ああエンゼリア……、憧れの学院……。卑怯な手段を使ったとは言え、入学できた時は本当に嬉しかった……」
「また通えばいいじゃない! 罪を償って、それで……!」
彼女は
「フフ……、ですが私はもう……。貴女の言う通り、愚かな女ですわね。多くを望まず……ただ幸せを享受すればよかった……」
「ルシア……!」
ルシアの身体が消えていく。つま先から、指先から、光の粒子となって消えていく。これが魔力を無理に使った結果だと言うの……?
「ひとつだけ教えて差し上げますわレイナ・レンドーン。
「――!? それって――」
ルシアは私の問いかけを聞くことなく、天に向かって消えゆく腕を伸ばす。
「ああ、光が! 私をこの世界の呪縛から解き放とうと……。ディラン様、お慕いしておりました――」
「ルシア! ルシア……」
ルシアは消え去った。光の粒子となって、天に昇った。それはキラキラ輝いてとっても綺麗で、まるで命の輝きの様で――。
「
夜が明けていく空を見上げて呟いた。はっきり言って嫌いだった。けれど……、こんな……。
「おとぼけ女神、聞こえるかしら?」
『なんでしょう、レイナ・レンドーン』
すーっと私の横に気配を感じる。空気を察したのか真面目な口調だ。
「ルシアの魂も輪廻転生とかするの?」
『今の彼女の魂は引き裂かれています。ですが時が
「そうなんだ……。なら私のお願いを聞いてくれる? もしルシアが転生したら、今度は死の運命だとか呪縛みたいなのとは全く無関係な生活をおくらせてあげて……」
『……汝の願い、聞き届けました』
ルシア、せめて来世では安らかに暮らしなさい。そこであなたは、普通に生きて、普通に笑って、そして普通に恋をするの。大変なこともあるかもしれないけれど、こんな死に方はしない。そんな人生を笑って歩みなさい。
だからそう――、
紅蓮の公爵令嬢 第252話
『Reincarnation』
だからそう、あなたに幸せな転生を――。
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