第9章 Truth~決別~
第247話 お嬢様インザシティ
眼下にはもはや懐かしさを感じるコンクリートの街並み。東京と比べるとビルは低いけれど、言うまでもなくマギキン世界とはまるで違う光景。
ここは日本。もっと言えば福岡県。さらに付け加えて福岡市。前世で私が生まれ、大学卒業まで暮らしていた街。九州地方の中心都市で、明太子が有名よ。次元の狭間を抜けたことも、この街並みも私は知っているわ。けれどどちらも知らない人物が一人――。
「な、なんですのここは!? 私は先ほどまでドルドゲルスに……いえ、それよりも並び立つあの
はいルシア大混乱。あんたが大暴れしたから次元を超えちゃったんじゃないのよと思うけれど、この大混乱のまま「平和な街で突如謎のロボが大暴れ!」みたいになったらどうしようもないわ。幸いここは沖合でまだ見つかってはいないみたい。さっさとルシアを取り押さえて、元の世界に戻らないと。
「ルシア、落ち着いて聞いてちょうだい……!」
「レイナ・レンドーン……! もしや貴女の怪しげな力で……!」
いや、あんたがしたんですけど。
「違うわ。私の言うことを聞いてちょうだい、そうしたら元の世界に戻れるわ。それまで一時休戦といきましょう」
「一時……休戦……?」
「ええそうよ。見慣れぬ場所で戸惑う気持ちもわかるわ。だからこそ今だけでいいから私の言うことを信じてちょうだい」
よしよし良い感じよ。後は近くの島に降りて二人で隠れ潜んで、タイミングを見計らって《紅蓮火球》を使えば――。
「貴女を信じる……?」
「ええ。誓ってルシアにとって悪いようにはしないわ」
「そんな……私は……私は……!」
「――あっ! 待ちなさい!」
逃げた。ルシアは私に背を向けて全速力で街の方へ。まずい。滅茶苦茶まずいわ。当然私も全速力で追いかけて〈ワルキューレスヴェート〉を射程に捉える。こうなったら力づくで言うことを聞かせて――。
「――!? 消えた!?」
突如目の前を進んでいたルシアの機体が幻のように消える。これは――光属性魔法の《光の鏡》ね。光を操作してまるで迷彩のように周囲に溶け込む魔法。以前ルシアはこれを使ってエンゼリアに魔導機を隠していた。
そしてそれだけじゃないわ。魔法を使っただけなら魔力反応が残る。それすらないということはきっと禁書“輝きを盗んだ男”の力。回収し損ねた残りの一冊。逃亡を助ける力を持っているとは厄介ね。
「ルシア……」
逃げるってこの見知らぬ世界のどこに逃げるのよ? あーもうまったく面倒な事を起こしてくれちゃって……。
「《光の鏡》よ!」
とりあえず私も機体を隠す。騒ぎになっている感じはないから見つかってはいないと思うけれど、さっさと立ち去るのが吉ね。
☆☆☆☆☆
「これでよし……と」
人目を避けた私は、福岡市西部郊外の山中に機体を隠した。住宅街の裏手ではあるけれど、私の記憶通りならあまり人は立ち入らないはずだわ。
「さてと、どうしようかしらね……?」
おとぼけ女神の呼び出しには失敗した。これはいくつか異世界を巡った時の経験則なんだけれど、魔力の薄い世界だと彼女たちは力を発揮しづらいみたい。とにかく、ルシアを探すにしても情報を入手しないといけないわ。それに……お腹もすいたし……。
「けれどこの格好だとね……?」
持っていた手鏡に映るのは、ぴっちりとしたパイロットスーツに身を包んだ金髪ドリルの外国人風
たぶんこのまま出歩けばギョッと二度見される。東京だと派手な格好の人も多いし「またテレビ撮影かコスプレかな?」と早足スルーの対象だけれど、この福岡では人目を引きすぎる。地方都市を舐めちゃいけないわよ。
警察になんて連絡されたら身分証明書なんてない今、下手しなくても不法滞在外国人扱いだ。本当は異世界人なんですけれどね。
所持品はこの手鏡につけたままのアクセサリーくらいのもので、着替えなんて当然持っていない。もちろん日本円なんてない。
「でもまあ、じっとしていてもしょうがないか」
天にお月様が輝き既に夜だ。時計はないけれど夕暮れから数時間は経っていると思うから、たぶん夜の九時前くらい。外の人通りもきっと少ないはずよ。
とりあえず近くのコンビニまで行って、ここが本当に私の知っている日本なのか新聞のチラ見で確認でもしましょうか。映画とかでよく見るテンプレ行動ね。というわけで私は藪をかき分けて山を下り、ぴょんっと石垣をジャンプして歩道に出る。
「……え?」
「……あ」
第一福岡県民発見。よく確認せずに飛び出した私の前には、仕事帰りらしいスーツ姿のお姉さん。ギョッと見開いた目がその驚きっぷりを物語る。
「えーっと……、ごきげんよう?」
「きゃ……」
「きゃ……?」
「きゃああああああっ!?」
「うわああああああっ!?」
お姉さん絶叫。つられて私も絶叫。お姉さんくるりと回れ右して猛ダッシュ。
「ちょっと待って……!」
そう呼びかけようとしたのもつかの間、お姉さんの姿はすぐに見えなくなった。なによ……、そんなに驚かなくてもいいじゃないの。ちょっと傷つくわ……。
「あ、バッグ……」
私の足元にはお姉さんが驚きのあまり落としたのだろう、オリーブ色のトートバッグが落ちていた。心の中で断りを入れて、一応中身を確認。お財布、スマホ、メイク道具入りのポーチ、小さな水筒、手帳、たぶん仕事の書類。他にもたくさん色々と入ってる。不用心ですわねえ……。
「無断でお金を借りるのは……、気が引けるわね……」
置き引きみたいな真似は私の倫理観がノーを突きつける。まあこの中身を拝見して、ここが私の知っている令和日本と確認できただけでも良かったわ。困っているだろうし警察にでも届けてあげましょうか。
手帳を見る限り私が死んで一年と少しってとこか。マギキン世界で過ごした時間とは食い違うけれど、おとぼけ女神曰くそういうもんらしいし。
「あっ、そういえば……!」
失礼して財布をパカリと開けて中身を拝見。下山門のレンタルビデオ屋の会員カード、姪浜のスーパーのポイントカード、天神のエステの割引券……あった!
「あったわ、免許証!」
目的の物見っけ! うん。さっきのお姉さん、生前の私よりも若いわね。
さてと、この文明社会において身分証明というのは極めて重要なファクターよ。なにせ車を運転しないのに免許証の取得は必須と言えるほどだ。さっきも思ったように、それがなければ今の私は住所不定国籍不明のドリルお嬢様。つまり私がするべきことは……!
「《造形》せよ!」
もう一度藪に隠れて、魔力を収束させる。気合入れなさいレイナ。この造形難易度は高いわよ。でも大丈夫。ライナスがしているのを見ていたからコツはわかるわ。
「――できた!」
そして完成した。お姉さんの運転免許証と同じ感じで、顔が今の私、名前その他は生前の私のものが……!
「
こういう時、なぜか
えー、運転免許証の偽造は法律で固く禁じられています。偽造、使用などは重大な犯罪であり、それはもちろん魔法を使って偽造しても犯罪です。よし、良い子への説明終わり。
「えーっと、これが手に入ったということは……」
私は身に着けたいくつかのアクセサリーを眺める。
「よし、これにしましょう」
私が選んだのは、二年前の誕生日にディランからプレゼントしてもらった大粒のエメラルドを使った指輪。小粒のダイヤモンドも装飾に使った贅沢な一品だ。
確かディランはくれる時、「気に入らないデザインだったら、他の方に譲っても大丈夫ですよ?」と言っていた。決してそんな事はなく、念入りにリサーチしたかのごとく私のお気に入りデザインだったから愛用していたのだけれど、今は非常時。
身分証はある。物もある。お金はない。私が行くべき場所は決まった。
「いざ、ゴートゥー質屋!」
☆☆☆☆☆
私の造った偽造免許証は、無事に役目を果たした。ま、売ったのは確かな品物ですし、損させたわけではないですし。
「結構な金額に……、なったわね……!」
私の手元には分厚い札束が入った封筒。ありがとうディラン、ありがとう黄色い鳥の質屋さん!
無事目的を果たした私はその足で洋服を買い、ちゃんとマスクも買った。今の私の顔の造形だと、黒いマスクも似合う。小顔感激!
「さて、まる一日ご飯も食べていないし、まずは腹ごしらえといきましょうか」
目的地は決まっている。なにせマギキン世界でも苦労して再現した味だ。本物を味わえるなら味わいたい。独特な匂いに導かれ、私は目的地へとたどり着く。ガラガラと扉を開け、暖簾をくぐった私は口を開く。唱える呪文は一つだ。
「
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