第240話 糸が繋がる

「報告の通り、先の内戦――いえ、反逆者ビアジーニの討伐における、貴族間の対立、わだかまり、民衆の不安は最小限に抑えられています」


 私――レスター・レンドーンの愛娘レイナを始め、実際に知己と戦闘を行ったもの達の間でも、特にその後関係が悪化したとは聞いていない。いつ親兄弟と骨肉の争いをしなければわからぬ貴族の身だ。上手く割り切っているということだろう。


「レンドーン公爵領の住民もか?」

「はい。密かに聞き取り調査等を行った結果、王家や我が公爵家に対する不満はなかったと」

「ほう。それは貴方――いえ、お前が普段からよく治めていると知っているからだろうな」

「恐縮です、陛下」


 この若き王、グレアム・グッドウィン陛下も君臨っぷりがだいぶ板についてきた。“万能の天才”と称されるディラン殿下に隠れがちだったがこの方も豊かな才能な持ち主であるし、なによりそのディラン殿下自ら「兄にはかなわない」と公言している。


「ウォルター叔父上、ダグラス叔父上の統治は?」

「難しい土地をよく治められています。東部地域も安定するでしょう」

「それは重畳。継承にともなう問題は、片づきつつあるな」

「ガハハ。ならば陛下、次は婚姻ですかな?」

「そうなるなアデル侯爵。王妃がおらんというのも格好がつかんだろう。先日も母上や伯母上に外交をお願いしたのだ」


 グレアム王はフィルトガの王女と婚約なされている。フィルトガ王国は、アスレスから一つ国を挟んだ大陸南部に位置する国で海運が盛んな国だ。我が国とフィルトガが強く結びつけば、周辺海域は非常に安定する。国防的にも経済的にも両国のメリットは計り知れない。しかしいろいろとごたついており、正式な婚姻は先延ばしになっていた。


「ですが国王陛下、月下の舞踏会への襲撃や、先日のアラメ焼き討ちの件もお忘れなきよう」

「わかっているラステラ伯爵。その件に関しては抜かりなく調査を進めているのだろう?」

「それはもちろん。アスレスとも合同調査を行っております」

「うむ。それならよい」


 ビアジーニ子爵の裏にいた者、月下の舞踏会の襲撃犯、そしてアラメ焼き討ちの襲撃犯はいずれも同一の一団だ。しかし、ある時は我が国ある時は大陸にと、神出鬼没に現れる集団の手がかりをつかむことができずにいる。


「そのほうたちを俺は――余は信頼している。見えぬ敵の正体もいまにつかめるだろう」

「信頼していただき嬉しいのですが陛下、我ら口うるさき老臣に頼らずともよくなるよう、若い者達を自らの臣となされますよう」

「わかっておるレンドーン、優秀なのを見繕っておる。お前たちに似て口うるさいがな」

「「「ハハハ」」」


 グレアム陛下はまだ若いが器が大きい。能力を重視し、口うるさい家臣を遠ざけないのは重要な才能だ。歴史に名を残す名君となるだろう。


 いま王国は、この若き王の下再び一つにまとまった。まだ敵の正体は見えぬが、どんな相手がこようとも必ず勝利をつかめるはずだ。



 ☆☆☆☆☆



 ガタゴトガタゴト、私たちは馬車に揺られている。ガタゴトとは言ったけれど、高位貴族用の高級馬車だから実際はほとんど揺れを感じない。そこらへん前世の車と同じ感覚ね。


「珍しいですわね、ディランから誘ってくるなんて」

「日頃のお礼ですよ。レイナ、それにアリシア」

「ウヒヒ、ありがとうございますディラン」

「はい! 私もまさか誘っていただけるなんて……。ありがとうございます!」


 というわけで天気の良い休日。私とアリシアは、ディランのお誘いで近くの街までお出かけしている。なんでも日頃お世話になっているお礼だとかで、お高いお店でショッピングしたり、御馳走したりしてくれるらしい。


「今日は珍しくルークは一緒じゃないんですね?」

「当然! ――あ、いえ……、ルークは用事があるそうです」


 白々しく聞いてみたけれど、このイベントに私は覚えがある。マギキンのディランルートでのイベントだ。


 その内容は、ディランがこうやってアリシアを街へのお出かけに連れ出すというもので、最後は王室御用達のレストランでディナーをし、花火の上がる夜景をバックにキスをする。ちなみに最後のキスシーンはイベントスチルだ。要回収。


 なので当然ルークは参加しない。今いるメンバーは、私、アリシア、ディラン、そしてディランの執事であるウィンフィールドさん。そして馬車の御者さん。


 マギキンとのイベントと比べると、イレギュラーな存在は私だ。けれど私がスーパー勘違い女じゃない限り、ディランは私のことが好きだ。それは先の戦争の際マクデルンの街で星空の下、私に告白をしようとしたことが証拠。


 だけどあれ以降、ディランから直接的なアプローチはなかった。それが今日、ルークの告白イベントの様にアリシアを私に置き換えて実行されていると、この聡明な恋愛(ゲーム)マスターである私は結論付ける。


 ――だって多分いまの私って、人生に二度はないレベルのモテ期が来ているから!


 月下の舞踏会ではパトリックにデコチューされ、アスレスではライナス(女装)に優しく抱きしめられた。そして先日はルークの告白イベント。これはもう次はディランがくるしかないわ。ウヒヒ、間違いない!


 アリシアが同行しているのは運命の収束、もしくはディランの性格から察するに私だけを誘うのが気恥ずかしかったからだ。――となると、残る課題はアリシアの好きな人物。それが四人の内誰か。私は恋敵にはなりたくありませんからね!


「楽しみですね、レイナ様!」

「え、ええ……。そうねアリシア」


 完全に「好きな人とのお出かけ楽しいな」の顔だ。溢れるヒロインオーラに思わずたじろぐ。これは……、アリシアの意中の相手はディラン? いいえ、待つのよレイナ。早合点して間違った四分の一を引いたら奈落だわ!


「そういえばディラン殿下。王女様の許可があったとはいえ、よく外国に魔導機を持ち込めましたね? 船のチェックとかなかったんですか?」


 何の脈絡もなく、というより単なる世間話なんだろう。アリシアがそうやってディランに質問した。


「魔導機の運搬は大使である母上を乗せた正式な外交船で行いましたからね。こちらの同意がなければ立ち入りはできません。というやつですよ。もちろん今回に限った無茶な作戦です」

「今回は王女様の許可がありましたけど、例えそれがなくても魔導機を持ち込むことは可能だと?」

「まあ理論上はできますね。もし明るみにでれば、大問題ですけど……」

「いろいろと大変なんですね……」


 大使の乗った外交船――。そうか、その考えが私には抜け落ちていた。


 月下の舞踏会の時、逃げるブリジットの〈ワルキューレ〉と〈クロノス〉を、私とパトリックが逃した場所は港だった。それは沖合に停泊していた外交船に着陸したからでは? 内戦の時もそうだ。きっとあのまま海沿いまで逃げて、外交船でひそかに回収した。失敗はしたけれどピアジーニもそれを狙っていたとしたら? あれは自領ではなく海に向かっていたんだ。あの直後に即位記念式典があったし、怪しまれずに出入港できたはず。


 エンゼリアの禁書庫から持ち出されたのは三冊。盗まれた本のタイトルだけなら、王弟であるディランの権限によりリスト化されている。「魔人と漁師の七晩」、「黒糸操術の書」、「輝きを盗んだ男」の三冊だ。


 一冊はブリジットに黒い炎の力を与えた。一冊は残りの悪役令嬢二人を操っていた。そしてその二冊は焼けたけれど回収できた。しかし最後の「輝きを盗んだ男」だけは回収できていない。効果はわからないけれど、光の女神ルミナから宝物を盗んだ大泥棒の話が書いてあることはわかっているわ。


 もしかしたらその効果は、所有者の逃亡を助けるものじゃないのかしら? だとしたら私とパトリックが見失い、そしてトラウト家が張った魔力の探知をかいくぐったのにも理由がつく。


 じゃあどうしてアスレスではブリジットは逃げなかったの? ――いえ、そもそもその禁書を持っていなかった。役目は済んだから用済み? 違うわね。あの最後の感じ、自分の身体が限界なのを悟っていたんだわ。だから必要なかった。つまり禁書はブルーノが持っていた?


 じゃあ敵の目的は――? それを果たしたブルーノはまんまと逃げおおせた。

 

 そもそもルイとルビーが誘拐された時、相手のアジトにあった多種多様な魔導機のレプリカは、それなり以上の魔導機生産能力がないと用意するのは不可能よ。あのアジトには格納庫はあっても生産設備はなかったから、どこかから用意して持って来たというのがエイミーたちが出した結論だ。


 つまり、敵は単なる組織ではなく、我が国やアスレス王国と外交関係のある国家それ自体。つまり、敵は弱小国家ではなく、魔導機を大量生産できる能力のある大国。つまり、敵は先の大戦に参戦していて〈バーニングイーグル〉や〈エクレール〉の残骸を回収でき、戦後賠償としてドルドゲルスの領土と一緒に生産工場の一部を接収した国。糸が一本に繋がっていく。そうつまりそれは――。


「うわっ!?」

「きゃあっ!?」


 その時、私たちの乗った馬車が急停止した。何なの!? すぐにウィンフィールドさんが御者に確認をする。


「どうした、何があった!?」

「そ、それが……、前方から馬が……」

「刺客か!?」

「いえ、王宮からの急使だと叫んでいます……」


 王宮からの急使……? まさか、一足遅かった!?


「火急の知らせにて馬上にて失礼! 王弟、ディラン殿下に申し上げます!」



 ☆☆☆☆☆



「――何!? バルシアがドルドゲルスに侵攻した!?」


 王と和やかに話をしていた私たちに飛び込んできたのは、そんな急報だった。


「……宣戦布告はどうした? 俺は聞いていないぞレンドーン?」

「陛下、恐れながら申し上げますに、ここにいる誰もが聞いておりません」


 バルシアから周辺各国への通知はなかった。つまり突然の侵攻というわけだ。


「失礼いたします!」

「今度はどうした! 王の御前であるぞ!」

「はっ! ご無礼失礼いたしますアデル将軍、しかし火急の用件にて!」


 これ以上火急の要件がきてたまるかと思いながらも、私は努めて平静を装う。トラウト公爵も、アデル侯爵も、ラステラ伯爵も尋常非ざる事態を予感している。もちろん私と陛下もだ。


「申し上げます! アスレス王国にて、現王家に不満を持つ一部貴族と民衆が蜂起! 早内戦の様相とのこと!」

「アスレスがだと……!?」


 ここにいる誰もが言葉を失う。大陸が再び戦火に包まれようとしている。前大戦を上回る大きな戦いの予感がした――。

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