第202話 女神様のありがたいお告げ
穏やかな日差しが差し込む秋の午後。窓から外を眺めてみれば、赤い落ち葉が秋風に舞う。やっとのことで戦いから解放された穏やかな日々……。こういう日常を過ごせばこそ、戦って勝ち取ったものの実感が湧くというものだ。
「――るのか?」
聞こえてくるのは心地良いイケボ。ああ、こんな幸せな日々があっていいのだろうか? いや、頑張った私にとっては当然享受すべき幸せだ。
「聞いているのかレイナ!?」
「――は、はい! 聞いていますシリウス先生!」
思わず私は背筋をピンと伸ばして立ち上がる。教室中の視線が一斉に私へと注がれる。――そう、今は授業中。久しぶりのエンゼリア王立魔法学院でのシリウス先生の講義だ。
「なら質問に答えてもらおうか。バルシア帝国製の魔導機の特徴を説明しろ」
えーっと、正直まるで聞いていなかった。けれどバルシア帝国製の魔導機なら、この前戦った仮面の集団の雑多な編成の中に混じっていたし、たしかブリーフィングで……。
「えーっと、ドルドゲルス製に似た生産特化の機体で、領土が寒冷地ゆえに稼働の信頼性を重視している……でしょうか?」
「そうだな。それにつけ加えて搭乗者の人命を軽視しがちな構造もだな。かの国は兵士が畑で採れると言うほどだ。ちゃんと聞いていたみたいだな」
よし正解。この問題、ゼミでやったところだ的な。
「病み上がりというのも考慮する。もし体調が優れないのならすぐにでも申し出るように。お前は真面目だからな」
「は、はい。ありがとうございます」
シリウス先生の優しさが私の心に染みわたり、同時に本当は授業を聞いていなかった罪悪感も私の心に生まれる。大丈夫ですよ先生。先生の優しさの万分の一も感じない命令で、一戦終えてきたばかりですから。
「よし、じゃあ授業を続けるぞ」
授業が再開し、私はまた秋の陽ざしに眠りへと誘われてしまう。春眠暁を覚えずというけれど、眠たい時は夏だって秋だって季節を問わず眠いのだ。授業は聞きたいけれど、どうしてもぼーっとしてしまう。寝不足だ。でもこの寝不足には理由がある。それは昨晩――。
昨晩私は、いつも通りの時間に床に就いた。そしてすぐに眠りに落ちたと思う。問題はその後だ。
『――えますか?』
女の声が聞こえる。こう、私の頭の中に直接響くような。
『聞こえますか、レイナ・レンドーン?』
奏でられた楽器の様な麗しい声。穏やかな語り口調。それはまるで――
『私の名前はシュルツ。風を司る女神シュルツです』
――ってまるでも何も女神その人じゃない!
「え!? なに、ここどこ!? なんであんたがいんの!? それとその変な口調なんなの!?」
『ああもう一遍に聞かないで~。ここはあんたの夢の中よぉ~。それとせっかく人がサービスで女神感だしてお告げしに来てあげったってのに、変な口調って何よぉ~!?』
と、いつもの口調に戻って文句を言う女神。いや、あんたの真面目口調ってもはや気味が悪いわ。それをサービスって押しつけがましい。
「それより夢ってそういうことよ? あんたの夢なんて見たくないんですけど」
『まあ失礼ね~。それにお告げっていったでしょぉ~。これはあんたの夢を通して私の言葉を届けているだけよぉ~』
ああ、なるほど。いわゆる神のお告げってやつね。寝ていたり祈りを捧げていたら神の声が聞こえる的な。便利なシステムもあったものね。でも――、
「はあ!? あんた人の頭を勝手に覗き見るんじゃないわよ!」
『別にいいでしょお~、たいした事考えていないんだし』
まあ失礼な。私は深謀遠慮の日々を常々送っているのだ。えーっと、明日は何を食べようとか。
『それに私は情報を知らせにたって来たのよお~。ほら、あんたがファンディスクの新しい情報が入ったらすぐ教えなさいって~』
ファンディスク! マギキン原作はこの世界にとって言わば予言の書だ。もしかしたらあの紺色の魔導機の正体についてのヒントもあるかもしれない。
「邪険に扱って悪かったわよ。さあ、私にファンディスクの新情報を教えてちょうだい!」
『変わり身早いわねえ~。まあいいけど。私器大きいから! 私器大きいからぁ~!』
くそウザイ……。
『明かされた新情報。なんと新しい攻略対象キャラが……!』
「新しい攻略対象キャラが……?」
『三人!』
「三人! 三ルートか。分岐を考えてもまあ妥当な人数ね」
追加のファンディスクだとか完全版だとかにありがちな人数だわ。中には成人版から移植でイベント変更とかいうのもあるけれど、マギキンは元から変わらず全年齢対応だし。
「それで!? その三人は誰なの!?」
その三人は一体誰なのか。それが私にとって一番重要だ。もしかしたらもう私の回りにいる誰かなのかもしれない。攻略対象キャラということはアリシアとラブい関係になるはず。そしてその邪魔をするレイナに降りかかる不幸もあるはずだ。
つまり攻略対象キャラが誰か知ることができれば、私が前世の記憶を取り戻してから必死こいてやってきたように友好な関係を気づいて無害化も可能って寸法よ。
『その三人とは……!』
「その三人とは……?」
『わかりません!』
「わかり――はあ!?」
おとぼけ女神が手でばってんをしている。美人だからそれも絵にな――こいつに限ってはならないわね。
「なによわからないって! 肝心な事じゃないの!?」
『仕方ないでしょお~、第一回の公式生放送で明かされたのがそれだけだったんだからぁ~。後は出演声優のトークで終わって、新情報待ちだったファンでトゥイッターは軽く炎上よお~』
ああうん、それもありがちね。ゲームの新情報が見たくて公式生放送を見たら、ろくな新情報もなく出演声優と開発者のトークで終わる。炎上はともかく軽く文句をつけたくなる気持ちはわかる。
「――ってどうすんのよ!? 私この前ボコられたのよ!? 右腕ちょんぱで生やしたのよ!? ビックリ人間だわこん畜生!」
『私に言われても知らないわよお~』
うん、まあそうよね。そうか。おとぼけ女神がイラつくからって当たりすぎたわ。少し反省しよ。……いや、今の事で思い出した。あの後戦闘があってあんな事があったから完全に忘れていたけれど、私はこのおとぼけ女神に聞かなくちゃいけないことがある。
「ねえあんた、バルシア帝国のレオーノヴァ陛下と会ったことある?」
バルシア帝国の女皇帝リュドミーラ・レオニードヴナ・レオーノヴァ。彼女は私に、「神にお会いしたことがある、いいえ、話したこともある」と言った。それが本当か確かめないといけない。あの美魔女皇帝が異世界転生者なのか確かめないといけない。
『バルシア帝国のレオーノヴァ? いいえ、ないわよ~。どうしてそんな事を聞くのぉ~?』
「レオーノヴァ陛下が私に言ったのよ。神にお会いしたことがあるって」
『そうなの~? 比喩表現じゃなくて~?』
「あの感じは比喩表現じゃなかったわ。たぶん」
私がそう言うと、おとぼけ女神こと風の女神シュルツはう~んと唸りながら、あごに手を当て考え出した。
『あんたも知っている通り、この世界の管理者は私だわ~。他の神が顕現やこういったお告げをする時は、私に一言断る必要があるのよぉ~』
神様業界も縄張り争いが大変なのね。やっぱ名刺とか配り歩いているのかしら?
『土着の下級神って可能性とかって可能性もあるけれどぉ~、あれはどっちかというと精霊扱いされるからね~』
「ハインリッヒの時に考えたように、他の神様が勝手にやったってことは?」
『そうねえ~、バルシアの宗教って誰を崇拝していたかしら?』
それは地理の授業でやった。えーっと、確か……、
「バルシアは水の神様を中心に祭っている水神教だから、水の神エリア様よ」
『……あんた、エリアには様つけるのね。まあいいわ~。ならありえないわね。水の神エリアは真面目な子よぉ~』
「へえー、あんたと違って水の女神様は想像通りのお方なのね」
『…………。まあそうねえ~、人々が渇きに苦しまないようにを考えている優しい子だわ~。やらかし癖のある光の女神ルミナならともかく、あの子が掟破りをするなんてありえないわね~』
じゃあ美魔女皇帝の件はとりあえあず保留ね。イケメン侍らせているからって疑うのはいけないわ。私の右腕を生やすのに協力してくれたしね。
……光の女神ルミナって、品行方正で心優しいザ女神って感じで習ったけれど実体は違うのかしら? そう言えば“神との対話、その崇拝”の著者のサティナ氏も光の女神をこき下ろしていたわね。単なるおとぼけ女神の私怨かとも思ったけれど、案外本当なのかもしれない。
『まあ私が言えるのはここまでよぉ~。そろそろ朝だし帰るわね~』
「あー、はいはいご苦労さん。……って朝!?」
――と、現在に至る。
眠っている時にお告げを聞いているはずなのに、なぜか全く眠った気がしない。それに三人にの新しい攻略対象キャラや、とりあえず保留の美魔女皇帝の件も気になる。でもまあ乙女ゲーの攻略対象キャラだからイケメンのはずだし、アリシアに接近するイケメンに注意しておけばいいかしら?
この時の私は、そんな呑気な事を考えながら必死にまぶたを開けて授業を受けるのに精いっぱいで、その裏で動いている事件に何一つ気がついていなかった。
はっきり言う。
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