第201話 お嬢様はアンニュイ

「はあ……、どうしようかしら……」


 エイミーに説教を垂れてみたものの、私自身が踏ん切りついているかと聞かれればそうでもないわけで。怖いものは怖いし、面倒くさいものは面倒くさい。ああ、なんで漫画やアニメの年上キャラはあんなに自信満々で主人公たちを導けるのかしら?


 経験の差? 私も世界救ったんですけどぉ……。


 年を取れば大人になれると思っていた時が私にもありました。でも現実は、こうやって年をとろうとも中身はいろいろ迷う子どもだ。いえ、私は今世だと十九歳なのでピチピチなのだけど。


「はあ……」

「あの、よろしいでしょうかお嬢様?」

「なにかしら、今年二十五歳になるクラリス」


 大絶賛アンニュイ祭り中の私に銀髪メイドのクラリス(二十五歳)が話しかけてくる。彼女がこういう感じで話を振る時、大抵は面倒ごとだ。


「なぜ年齢を……?」

「いいのよ、そういう気分なだけだから気にしないで。今年の誕生日も素敵な何かを用意しておくわ」

「はあ……、それはありがとうございます」

「ところで用件って何かしら?」

「ああ、そうです。王宮から緊急の呼び出しです。病み上がりで悪いが、ひと働きしてもらうと」


 ほらきた。



 ☆☆☆☆☆



 南部のタッカー騎士候領。その領地内の森林に、例の仮面の集団のアジトらしきものが発見されたという。


 そんなもの騎士団でもなんでも派遣して攻撃しなさいよと思うけれど、そうはいかない。先日の不明魔導機により王宮を護るロイヤルガードは壊滅した。騎士団の精鋭はその代わりに王宮を護り、派遣できるのはどうしても二線級の部隊だ。そこでその補強兼、“紅蓮の公爵令嬢”未だ健在ということを内外に示す為に私の同伴も決定された。


 いや、私を働かせすぎでしょ? 大けがをして、〈ブレイズホーク〉を失った私をここまで働かせるか普通? いつからこの王国はブラックになったの?


 前世も今世もブラック。寝ても覚めてもブラック。嗚呼、私の人生はミルクのないコーヒーの様に漆黒よ。


「だいたい何よ。武功で身を立てた騎士候なら自分で倒しなさいよ」

「それが私には手に負えない数でして……」


 ペコペコと頭を下げるのはタッカー騎士候。私が大荒れしているのもあるけれど、よくこの気迫の無い感じで騎士候になれたわね?


「クラリス、私の魔導機の準備は?」

「〈イグナイテッドイーグル〉に〈ブレイズホーク〉のコアを移植した物を準備いたしております。エイミー様からは新型が間に合わず申し訳ないとのことです」

「そう、わかったわ」


 代用機なのは仕方ないわね。車検に出してる間の代車みたいに愛着湧くかもしれないわ。まあ昨日の今日で新型ができていたら怖いけれど。


「お嬢様、右手の具合はいかがですか?」

「もう万事快調よ。じゃんけんすればきっと負けなしだわ。はい、じゃーんけーんぽん」


 クラリスはチョキ。私はパー。私の負け。


「……作戦だけれど、もう私が遠距離から森事吹き飛ばす感じでいかがかしら? アジトもなにも燃え尽きるように」


 ストレス発散に一発いきましょうか。


「だ、だめですレンドーン公爵令嬢様。きちんと捕縛し、資料を回収するなどをせねば!」


 慌てて止める同行の騎士団隊長さん。そう言えば、例の紺色の魔導機にクリフ以下先日の関係者が皆殺しにあったから是が非でも捕まえたいんだったわね。いけない。あまりのイライラに脳内が戦闘民族だったわ。ステイクール、ステイクール。


「じゃあ私が魔法で援護して敵の魔導機を散らして、皆さんが切り込みますか? それをするにはこちらの数が足りなくないでしょうか?」


 敵のアジトの正確な位置は掴めていない。それを踏まえると、敵を逃がさない為には広範な森を囲うようにそれなりに人数をかけないといけない。そうすると面ごとの人数が足りずに脆くなる……。


「なるほど……。さすがは“紅蓮の公爵令嬢”ですな……」


 なるほどじゃないんだよ。頼むから本職の方々がしっかりしてちょうだいよ。だから私が駆り出されるんだよ。階級制の社会は怖い。ちょくちょくこういう抜けているけど家柄そこそこな人が上にいる。アデル将軍が改革を行おうとしているみたいだけれど、やっぱりこういう問題は根が深い。


「ならばその先陣、僕が担当しよう!」

「え!? パトリック!?」


 ババーンと効果音がつきそうな感じで陣幕に入ってきたのはパトリックだった。なぜなにどうして?


「どうしてこちらに?」

「よくぞ聞いてくれた! レイナ、君がまた戦場に駆り出されたと聞いて駆け付けたんだよ! ちょうど僕の新しい愛機、〈ブライトスワローヴァンガード〉も完成したしね!」


 ヴァンガード。またVってついているのね。


「パトリックの機体も造っていたんですね」

「前大戦終結後、君を失った我が国の軍備を整えるため、エイミーが計画したのがこのVシリーズさ。だから僕やディランのはもう完成しているってわけ。ごめんね」


 いや、謝られても困るんですけれど。たぶん私がエイミーに新型をお願いした一件を聞いてのことでしょうけれど。


「この機体やディランの〈ストームロビンV〉があと数日早く完成していれば君があんな目に遭わなくてすんだのだが……。エイミーはよくやってくれている。文句は言うまい」


 ああそうか。それもあるからエイミーはあんなに落ち込んでいたのね。けれどまあ、それは私に運がなかったってことよ。もし私がアリシア的ポジションのヒロインだったら、事が起こる寸前で助けがきたんでしょうけど。しがない悪役令嬢の私は、いつも自分で壁をぶち破るしかない。


「それじゃあ、快気祝い代わりにできるだけ私に楽をさせてくださいね?」

「任された。このパトリック・アデル、王国最強最速の騎士として君に剣を捧げよう!」



 ☆☆☆☆☆



「さて、どうもきな臭いんだよなあ」


 僕――パトリック・アデルは操縦席で独り言ちる。臭いのは操縦席の中ではない。僕はいつもフローラルな香りを心がけている。清潔でいるのは女性に対する最低限のマナーの一つだしね。


『各機、作戦を開始せよ』

「了解。アデル機は突撃をかける。《光の加護》よ!」


 きな臭いのはこの一件。いやこの一件だけではなく、しばらく前からの雰囲気だ。


 馬鹿正直のディランはともかく、どうにも王家の雰囲気が怪しい。ジェラルド国王陛下は前大戦で決戦となった帝都ロザルス攻略戦に、名目上の指揮官として参加しただけだった。それに反して王国第二の実力者であるレンドーン公爵は、内務、外交、調略、作戦と精力的に活動していた。


「ツイン《光子剣》!」


 レイナの存在もあり、レンドーン公爵家の名声は高まるばかりだ。中には第一王子殿下とレイナの婚姻をという層もいるくらいだが、もし実現すればレンドーン公爵は外戚として望むと望まざるとに関わらず凄まじい権力を振るうことになるだろう。


 まあ、レイナの心を射止めるのは僕なんだが。最悪結婚式に乱入して花嫁を連れ去るまであるぞ。


『パトリック、そっちに行きましたわよ!』


 ――おっと、集中せねば。僕は両手に握った光の魔力の剣、《光子剣》を振るって敵を切り刻む。以前の〈ブライトスワロー〉に比べて出力が上がっている。このくらいはお手の物だ。


「うおりゃあああッ!」

「遅い。そしてエレガントではないね」


 秒殺という言葉すら生ぬるい。光が走るスピードで、敵の魔導機が真っ二つに割断される。”光速の貴公子”の名、伊達にちょうだいしているわけではないよ。


「こちらパトリック。西方の敵魔導機戦力の殲滅を確認」

『了解。突入はタッカー騎士候の配下が担当されます。パトリック様は現在地にて待機を』

「了解」


 この程度の相手、数日待って我がアデル家に討伐させればよかったのでは? 何かレイナを従軍させる必要があったのか? 父上が土壇場でこの作戦に無理やり僕をねじ込んだのも気になる。つまり本件は最初、騎士団とは別の所から計画された作戦だ。


 目線の先で、仮面もはずれ恐怖に顔を歪ませた男が捕縛される。こいつも街のチンピラをリクルートした、即席の反体制派だろう。捕縛したところでろくな情報は掴めない。


 もしかして、もしかしてだが……。ジェラルド王は、レンドーン公爵を嫉妬、あるいは恐怖しているのではないか? 恐怖というのは人間を突き動かすプリィミティブな感情の一つだ。それを悪意ある者が少し後押ししてやれば――。



 ☆☆☆☆☆



「なんだビアジーニ? こんな夜更けに……」


 夕食を終え、さあ秘蔵の酒でも飲もうかとしていると、ビアジーニ子爵が火急の要件があるのでお目通り願いたいとやってきた。


 ビアジーニは若く能力のある男だが、もう少しわきまえさせんといかんな。日々繊細な判断を要求される身としては、休息の時間は必要不可欠なのだ。


「タッカー騎士候より早馬がありました」


 タッカー騎士候。確かそやつの領地で本日賊の討伐作戦が行われていたはずだ。編成などは賊の動きを掴んだピアジーニに任せていたがゆえ委細知らぬが。


「陛下、内密の話しにて。お耳をお借りします……」

「なんだ……?」


 私は手に持ったグラスを傾けながらも、とりあえず許可を出す。これでくだらない用件だったら尻を蹴って追い出してやる。


「押収した資料にレンドーン公爵の名前がありました。関与の可能性があります」


 バクバクと心臓の鼓動が早くなる。こやつは何を言っている……?


「レンドーン公爵、ご謀反の疑いかと」


 手に持っていたグラスが床に転がり、絨毯に染みを作った。染みはまるで鮮血の様に、日の沈む方へと広がった。


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