第129話 お嬢様は名乗りを上げる

「公爵閣下、前方より新手あらての敵魔導機部隊が……!」

「なんだって!? ドルドゲルスにはまだ戦力があるのか!」


 間に合え間に合え間に合え――!


「ま、魔導砲撃、来ます!」

「総員、対魔法防御!」


 間に合え間に合え間に合え間に合え――!


「間に合いましたわ! 《光の壁》よ、そして反撃の《火球》! お父様、ご無事ですか!?」

「レイナか! 危ないところだった、助かったよ」

「上空から見つけたので矢の様に助けに来ましたわ」


 危ないところだったわ。魔導機の一団がお父様の部隊に魔法を撃ちこもうとしているのを見つけた時は肝が冷えた。ほんと間に合ってよかった。みんな無事で戦いを終えないとね!


「戦線の移動許可はあったのかい?」

「当然本陣からの命令ですわ。お父様の部隊を援護して、上陸した敵を撃滅せよと」

「補給は済ませたのかい?」

「ティータイムも済ませました」


 ヴェロニカを追い払った後に補給も整備もティータイムも済ませてある。魔力量の心配も私にはないし、万全の状態よ。


「はっきり言って戦況は厳しい。レイナたちの活躍の成果があっても良くて五分だ」


 お父様は周囲に聞こえないよう小声で私に話す。

 私が受け持ったところは当然圧勝ムードだったけれど、それはごく一部分の話。戦場全体で見れば、質も量も豊かなドルドゲルスに押されているのでしょうね。


「アデル侯爵は負傷されながらも前線で指揮を執られているという」

「まあ、パトリックのお父様が……」

「だがまだ勝機はある。レイナ、君を中心にこの戦線を押し上げたいがいいかい?」

「良いも悪いもありませんわ。みんなで生きて帰りましょう」

「ありがとう。よし、それなら……!」


 少し考え込んでいたお父様は、やがて考えがまとまったのか兵たちの前に出る。レンドーン公爵領の部隊は、激戦を潜り抜けてきたのか多くの損害が見られる。魔導機も出陣前に比べたら半数近く脱落しているみたいだ。


 少し離れたところにレオナルド叔父様の旗印が掲げてある。どうやら叔父様もご無事のようね。良かったわ。


「諸君! 卑劣な侵略者を退けるまであと少しだ。勝利は我らの手の中にあり、我が娘レイナ・レンドーンに――“紅蓮の公爵令嬢”に続け!」

「「「うおおおおおおぉぉぉッ!!!」」」


 お父様の檄で、兵士たちの指揮が目に見えて上がる。それほどまでに私の名前――いえ、“紅蓮の公爵令嬢”の名前は大きいのでしょうね。


 望んだ名前じゃない。そもそも望んだ力でもない。けれどその名前が人々の、歪んでしまった運命に翻弄される私の愛するマギキンの世界の人々にとって希望となるのなら――、


「上級魔法《獄炎火球》! 皆さん、道は私が――“紅蓮の公爵令嬢”のレイナ・レンドーンが開きます!」


 ――世界がビームの飛び交う争いではなく、スローライフのような平穏を選べるその時まで、私は“紅蓮の公爵令嬢”を名乗り続ける!



 ☆☆☆☆☆



「《火球》十二連射! さあ、降伏しなさい。悪いようにはしないわよ」


 激戦は三日三晩続いている。補給と整備の為に短い時間陣地へと戻り、その間に食事と仮眠を済ませて、またすぐに戦線へと戻って敵陣をこじ開ける。


 うん、そうね。いま一番思っていることはお風呂に入りたいってことだわ。いえ、今の私は二次元的美少女。臭くなんてないのよ? 本当よ? 私ってすごくフローラルな香りがすると思うの。でもそれはそれとしてお風呂に入りたいわ。


「小鳥ちゃんたち《熱線》! クラリス、他の戦線の状況は?」

『各戦線で勝利の報告多数。お味方が押しています』


 よし、もうひと頑張り。これが終わったらお風呂に入って、美味しいご飯を食べて寝るわよ! ……これっていわゆる死亡フラグ的発言かしら?


「全機、一斉射。《獄炎火球》!」


 敵の抵抗が激しい辺りにもう一発お見舞いする。ディラン、ルーク、パトリック、ライナス、みんな無事だと良いけれど。特にライナスは初陣だし、お姉さん心配だわ。肉体年齢は一緒なんだけれど、どうしても年下に見ちゃうときがあるのよね~。


「……抵抗がなくなった?」


 急に戦場が静かになった。飛び交うビームはなく、兵士たちの気勢の声も聞こえない。


『お嬢様、お嬢様!』

「どうしたのクラリス?」

『敵が撤退していくようです! 私たちの勝利です!』

「勝った? 本当に?」

『嘘は申しません。旦那様が追撃と掃討は味方に任せて一度帰還するようにと仰せです』

「わかった、すぐに戻るわ!」


 永遠に続くかと思われたビーム飛び交う激戦は、こうして幕を閉じた。この戦いでグッドウィン王国は、本土防衛の成功と敵魔導機部隊の壊滅という成果をもって、急速的に拡大を続けるドルドゲルスに土をつけた。



 ☆☆☆☆☆



「レイナ、ご無事でしたか!?」

「ディラン! 殿下も良くご無事で!」


 本陣に戻ってすぐ。私の〈ブレイズホーク〉を見るなり駆け寄ってきたディランと、お互いの無事を確認して抱擁をかわす。


 ディランは前線で味方を鼓舞し続けた。その言葉と戦いぶりは、兵士たちの折れそうな心を支え続けて見事勝利へと導いた。


「本当に無事で良かったですわ――ハッ!?」

「……? どうかしましたか?」


 私はある事に気がついてパッとディランから離れる。

 いいえ、私は臭くなんてないのよ? 乙女の恥じらい、乙女の恥じらいですわオホホ。


「よおレイナ、遠目に見ても分かるくらい随分と暴れていた見てえだな」

「ルーク! まあ“紅蓮の公爵令嬢”様にかかればこんなものよ」

「お前その名前を自分で……いや、その通りだな!」


 ルークも魔法を巧みに使って前線を援護していたらしい。そのおかげで死傷者も抑えられたみたいだ。


「レイナ、大丈夫なようで何よりだ」

「ライナス! あなたこそ大丈夫だったの? あなた繊細だから」

「ああ、オレ様の芸術でキャンバスを染め上げてやった」


 なんかライナスのオレ様キャラが進化してるぅ!?

 いえ、大丈夫そうなら問題ないんだけどね。


 噂によると拳を飛ばしたりして戦っていたらしい。なんかロボットアニメを見たことの無い私のイメージするロボットアニメ感ある戦い方みたいね。操縦者の性格は熱血漢じゃなくてオレ様系芸術家だけど。


「やあレイナ、君に捧げた勝利を見てくれたかい?」

「パトリック! こんなところにいて良いの? アデル侯爵の具合は大丈夫なんですか!?」

「父上なら大丈夫さ。見た目の通り頑丈だからね。二、三日寝ていればよくなると思うよ」

「それなら良かったですわ……。時間を見つけてお見舞いに行きますとお伝えください」


 パトリックはビュンビュン飛び回って、ひたすら斬りまくっていたらしい。マギキンの時から隠れ武闘派なキャラだったし、あなたに限って言えばこちらの世界観の方が生き生きとしているかもしれませんね。


 でも親子共にご無事で良かったわ。あの熊の様なアデル侯爵は少し苦手だけれど、何かあったら悲しいもの。


「正式な祝勝会は後日ですが、今日は僕たちでささやかに勝利を祝い、散っていった者達を弔いましょうか」


 ディランが静かに提案し、私たちは無言でうなずいた。

 私は一人おとぼけ女神の言葉を思い出す。マギキンにはこんな防衛戦は存在しなかった。つまりこの戦いで死んでいった人たちは、敵も味方も本来は死ななくて良かった人たちってことでしょうね。


 ハインリッヒ、待ってなさい。あんたの世界に対するクソ迷惑行為は、許されざるギルティよ。この“紅蓮の公爵令嬢”のレイナ・レンドーンお嬢様が、必ずあんたの分不相応な野望を焼き尽くしてあげるんだから。オーホッホッホッ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る