第116話 光亡一閃ブライトスワロー

前書き

今回はパトリック視点です

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「敵勢力の浸透を警戒した掃討任務?」

「はい。敵は既に水陸両用の魔導機を、我が国近郊の海域で働かせているようです」


 数日前。敵の新型魔導機の蠢動しゅんどうを脅威と見た僕――パトリック・アデルは、シリウス・シモンズ教諭に作戦概要を説明していた。既に騎士団には父上を通じて許諾はとってある。これは許可を得る目的ではなく形式上の説明だ。


「恐らく敵は、無人の島や岩礁に小規模の拠点を作っているはずです。しおの流れなどを考慮して、既に十か所程度の候補をリストアップしています」

「そうか……、だが人員はどうするつもりだ? 第二王子やトラウトはともかく、レンドーンは父君の公爵閣下が許可を出すまいよ」


 レイナが作戦行動に参加するかの決定権は、レンドーン公爵が持っている。娘を溺愛するレンドーン公爵は、そう簡単に作戦への参加を許可しないだろう。春先にルークと組んで仮面の集団の拠点襲撃を行ったが、あれはレンドーン公爵自らが立案した作戦だからこそだ。


「大丈夫です。表向きはエイミー・キャニング特製魔導機の、水中性能試験とでもして許可をいただきます。敵集団との接触は不幸な遭遇戦ですよ」

「アデル、お前……いいのか? レンドーンをあざむく様な真似をして。お前はレンドーンの事を好いていると思っていたが」

「好きですよ。けれど彼女はつるぎなのです。美しき剣です、飾られるよりも振るわれてこそ輝く。それに……」

「それに?」

「それに、彼女の事は僕が命に代えても守るので大丈夫です」


 レイナは僕に新しい道を示してくれた。そして彼女はこの国にも新しい道を示すだろう。


 彼女は神に愛されている。幼き日に決闘をして以来、確信に近い何かが僕の中にある。であるならば、僕は彼女が示すその新しい道の礎になるのもやぶさかではない。


「……。アデル、俺からしたらお前も当然レンドーンと同じように大切な教え子だ。必ず生きて帰れ」

「当然です。むざむざ命を散らそうとも思いませんし、やすやすと負けてやるほどの鍛錬しか積んでいないわけではありませんから。では、失礼いたします」



 ☆☆☆☆☆



「さてと、〈ブライトスワロー〉のお披露目と行こうか」


 逃走を図った敵の魔導機は五機。すべて水中を移動中。別動隊をディランたちが抑えていると仮定すれば敵に増援は無しか。


「まずは位置を探らせてもらう、《探知光たんちこう》!」


 《探知光》は、周囲の魔力を持つ物体を光によって判別する魔法だ。その光の大きさ、明るさ、そして色によって対象の物体がどの程度の魔力を保持し、場合によってはどの属性の魔力を宿しているかまで判別できる便利な魔法だ。


「光点五つ確認。一番近いのは……そこか! 《光の加護》よ!」


 ――見つけた。


 僕は魔法によって〈ブライトスワロー〉を強化し、一直線に突っ込む。光属性の強化魔法は生命に使えば肉体を強化し、物体に使えば素材を強化する。魔法によって強化された魔導機は多少無茶な動きをさせても大丈夫だ。


「この僕から逃げられると思うな! 《光子剣こうしけん》!」


 光の魔力を剣に沿って形成し、敵を切り裂く《光子剣》。つまり今は、〈ブライトスワロー〉の剣である〈ジャッジメントソード〉を切れ味の鋭い光の剣へと変貌させている。


「まずはひとーつ!」


 強化された〈ブライトスワロー〉は、かなりの勢いで水中につっこんでもびくともしない。勢いそのまま敵の魔導機を貫き撃破する。


「さあ、次はどうする? ふーん、寄って来たか」


 これは予想外の動きだ。仲間が瞬殺されたのにおじけづくと予想していた。しかし残りの四機は自分たちの有利な海中のフィールドに勝機を見出したのか、こちらを包囲するかのように向かってきた。


 水中での稼働は問題ない。とはいえ水中での機体操作、操縦席内の空気の確保に常に魔力を消費している。レイナのように無制限に魔力が使えない以上、早めに決着をつけるべきだね。


「攻撃――来るっ!」


 接近する敵魔導機が、腰に装備された鎖付きの一対のアンカーを発射してくる。恐らく敵もこちらと同じ、あるいはそれ以上に魔力を水中での動作用に振り分けているのだろう。


「そのくらいの攻撃じゃ……当たってやれないね!」


 接近する計八本のアンカーを回避し、その内一組は叩き切る。そして狙うのはアンカーが切られたことに動揺している一機だ。


「ふたーつ! そしてそこだ、《光の矢》よ!」


 接近して組み付き二機目を撃破した僕は、隙を見せた別の機体にすかさず《光の矢》を撃ち込む。

 かつてレイナと決闘した時は、遠距離攻撃なんて騎士の道では邪道なんて考えてさえいた。しかし戦いの中、それも命の取り合いの実戦となると卑怯も正道もない。生き残った者こそが正しい。


「みっつめもらった! うおおおおおぉ!」


 《光の矢》で怯んだ三機目を、気合の雄叫びと共に急加速して《光子剣》で貫く。


 これで残りは二機。多対一の戦闘で重要なのは、いかに疑似的に一対一の環境を作り出すかだ。僕の戦い方は強化しての高速での接近戦。相手の群れへと飛び込むのなら、それなりに頭を使わなければ生き残ることはできない。


 その点レイナはすごい。わずか十一歳にして魔法の組み合わせで僕を手玉にとった。僕なんかよりよほど彼女の方が戦いの才能があるんじゃないだろうか?


「さてと、海での実戦記録は十分かな」


 我が国の魔導機強化に必要なのは、一にも二にも運用の情報だ。〈バーニングイーグル〉という初の国産魔導機を実用化して数年。開発に成功した当初こそ世界でも最先端の性能を持つ機体だったが、現在ではドルドゲルスの機体に後れをとると言える。


 新型の開発には実戦運用での魔導コアへの負担や、各魔法との相性、そして多様な環境での運用記録が必要だ。僕たちの専用機みたいなオーダーメイド的な機体はともかく、大量生産品の魔導機にはある程度いろんな人間が乗るのに耐えうる操作性と汎用性が求められる。


 僕の動きが止まったのを見た残りの二機が接近してくる。彼らの中に撤退の二文字は存在しないようだ。


「まだ向かってくる勇気は褒めようかな。《閃光》をプレゼントだよ!」


 眩い光が海中を照らして、敵の視界を奪った。


 可能な手はすべて打つ。それこそ僕が知った戦いへの礼儀だ。それはデートで女の子に対するときでもそう、そして実戦でもそうだ。可能な限り勝つための対策を講じ、勝利への一手を打つことに変わりはしない。


「《光の加護》よ!」


 僕はもう一度強化魔法をかけなおすと、〈ブライトスワロー〉を急浮上させて一気に海面へと飛び出し空を舞った。飛び散る海水に日差しが反射して、まるで舞台への登場演出のように僕を彩る。


「さあ、君たちに僕とこの〈ブライトスワロー〉の力を余すことなく見せようじゃないか」


 〈ブライトスワロー〉はレイナが指摘したようにシンプルな機体だ。戦場を舞う騎士をそのまま等身大に大きくしたような白銀の騎士で、装備も剣と盾それにマントとシンプルなものだ。


 だがこの機体は、僕の戦い方に最高にマッチするようにエイミーが組んでくれている。《光の矢》や《閃光》といった突っ込むことだけではない戦い方も覚えたが、僕の本質は強化しての高速での剣撃だ。だから僕が父上から学んできた剣術、その全てを魔導機という巨人の身でも発揮できるようにあえてシンプルにしてある。


「輝け〈ジャッジメントソード〉! 《光子剣》最大出力ッ!」


 僕が握った〈ジャッジメントソード〉へ光の魔力が流れ込み、その大きさを何倍にも巨大にする。もっともっともっとだ。もっと巨大に、おとぎ話の巨人さえ切り裂くような大剣を――。


 魔導コアによって増幅した魔力は〈ジャッジメントソード〉を、それを握る〈ブライトホーク〉と比べてすら遥かに巨大な剣へと完成させる。


「一刀おおおおおおおお両断んんんんんんんん!!! 《光子大剣こうしたいけん》んんんんんんんん!!!」


 敵魔導機が苦し紛れにアンカーを射出するが、そんなものは関係ない。振り下ろされた巨大な剣は、その進路上にある物全てを切り裂く。そして――、


 ――海が割れた。


「海断ち斬りとでも名づけようかな。レイナ、今日も勝利を愛しき君へと捧げよう」


 想像以上の力だ。これならば例え大軍相手でも薙ぎ払えるだろう。

 レイナ、君に出会ってから剣しか知らなかった僕は多くの事を知った。そして多くの事を知った今だからこそ真に言える。君のことが好きだ、愛している。

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