第83話 お嬢様は張り込み中

前書き

今回の前半部分はディラン視点です。

――――――――――――――――――――――――――


「では殿下、私は失礼いたしますわ」

「はいレイナ、また今度」


 発表会と共に開かれていたパーティーも終わり、各出席者は帰路につく。


 楽しいレイナとの歓談の時間も終わりだ。月下の舞踏会はレイナの体調不良によりチャンスはなかった。けれど今日、邪魔らしい邪魔も入らずに話すことができたのは、大きくプラスじゃないだろうか?


「さてと、僕もそろそろ帰ろうかな……」


 ルークとエイミーも発表会後の打ち合わせと調整があると言って先に去ってしまった。レイナが帰った今、ここに残る理由もないだろう。


 第二王子である僕――ディラン・グッドウィンの立場上、こういった式典のたぐいは必ずと言って良いほど顔を出さなければならないが、出席したところでそれほど役目がない場合も多い。大抵は国王である父上、もしくは王位継承者である兄上が二、三言話をするだけだ。


 むしろ第二王子である自分には、非主流派である怪しい策謀をする者達がどうにか取り入ろうと寄ってくるので、こういう場には極力出たくない気にもなる。


「失礼。ディラン第二王子殿下、少しよろしいでしょうか?」


 ――ほら、こんな風にね?


 話しかけてきたのは少し禿げており赤鼻で中年の男だった。身なりは意外にもしっかりとしていて、ある程度以上の貴族に仕える者なのだろうが、少なくとも僕の記憶には無い顔だ。


「いかにも僕こそ第二王子ディランですが、名乗らないのは不作法と思いますが?」

「名乗るほどの者じゃございやせん。しかし殿下に一つお尋ねしたい儀が」


 僕に尋ねたいこと……?

 どうせろくでもない事だろうが喋らせてみるかな。


「聞いてみようか」

「へい、感謝いたします。では単刀直入に申し上げます。殿下は今の立場にご満足されていますか?」


 ほら、やっぱりろくでもない事だ。直接的な物言いは避けているがこれは明らかにクーデターの誘い。さてと、どうするか……。


「申し訳ないが、質問の含意がんいが広すぎると思うね。答えようがないかな」

「失礼いたしました。実はさるお方が殿下の事を強く買われておいでなのです。その方は殿下の元でこそこの国は輝くと」


 くだらない使い古された誘い文句だ。今度は詩人を雇った方がいい。僕が父上や兄上を裏切るとでも? どうやら目の前の男とその主人からは、僕が相当鬱屈うっくつした人生を送っていると思われているらしい。


 この男と話していると、せっかくレイナと話せた幸福な感情が逃げ去ってしまうな……。


「さるお方とは?」

「そいつは言えません。ではここらで失礼いたします」


 それだけ言い残して、男は去って行った。さすがにそれを喋るほどのバカを使いには出さないか。さてと――、


「ウィンフィールド、いるか?」

「はい、こちらに」

「先ほどの男とその主人を探れ」

「はい、かしこまりました」


 簡単には尻尾を掴ませないだろう。しかし僕の執事であるウィンフィールドは優秀な男だ。必ず手掛かりをつかむはず。


 しかし、反乱を起こす予定ならもっと僕に対しても内密に探ってくるのが当然だろう。

 まさか、もうすぐそこまで計画が進行しているということか?



 ☆☆☆☆☆



 冬休みも残りわずかとなったある寒い日のこと。王都に滞在する私の元にリオが訪ねてきた。


「いらっしゃいリオ、エイミーは魔導機関係の何かがあって今日は無理なんだって。何しましょうか?」

「お嬢、遊びかどうかはともかく、娯楽を持って来たぞ」

「娯楽?」


 なんだろう。ボードゲームとかかしら?

 言っとくけど私は人生ゲーム系強いわよ。前世の人生は半端に終わっちゃったけどね!


「探偵ごっこだ。正妻殿密会の秘密、だな」


 リオとそのお父様であるミドルトン男爵の仲は年々改善している。なので、長期休暇になるとリオは本宅の方に顔を出すようにしているそうだ。


 というわけで今回の冬休みも挨拶に訪れると、リオはミドルトン男爵から一つ相談を受けた。なんでも正妻さんが王都でたびたび怪しい男と出会っているという。不貞か、はたまた別の理由か。疑念を抱いた男爵は、リオに調査を依頼した。


 それがリオから私が聞いたおおまかなあらましだ。そう言えばルシアに向かってリオが啖呵を切った時に、男爵と正妻さんが最近不仲って言っていましたっけ。


「探偵ごっこねえ……、中々面白そうだわ」

「だろ? お嬢には貴族に伝手があるからな。そして私には王都の市民に伝手がある。両面から攻めればイチコロだよ」


 そして正妻さん――ミドルトン男爵夫人の不祥事を暴くのは私、というよりはお父様の派閥にとって利益となる。ルシアとの一件以来、ミドルトン家はルーノウ派閥から離脱の姿勢を示してレンドーン派閥からの援助を受けている。


 ミドルトン男爵夫人はドルドゲルス出身。その不祥事が発覚したとあっては、ミドルトン家の家中かちゅうはいよいよ反大陸の姿勢に傾くでしょうね。


「さあ、準備をして調査を開始しましょう!」



 ☆☆☆☆☆



「おっ、いたぞ。正妻殿だ」


 リオの指さす方向を確認すると、馬車から降りて一軒の店に入る気難しそうな女性が見えた。あれが今回のターゲット、ミドルトン男爵夫人ね。


「ところでお嬢、この服装は何か意味があるのか?」

「何言っているの、張り込みと言えばこの格好がマナーよ」

「そういうものなのか……?」


 私たちが着ているのはトレンチコートだ。塹壕トレンチの名の通り、前世ではもっと後の時代に広まったものだと記憶しているけれど、張り込みに必要なので職人さんに作ってもらったわ。


 本当はアンパンも欲しかったんだけれど、納得のいくアンコを今世で再現するのに数日かけるのはさすがに気が引けたので、今回はなしだ。


「お姉ちゃん達、変な格好でなにしてんの?」

「しーっ! 私たちは忙しいのよ。さあ、お菓子を上げるから別の所で遊びなさい」


 やれやれ、わんぱくキッズは困るわね。私のあふれ出るオーラに引き寄せられるのか、隠密行動をしていてもよく人から話しかけられる。


「お嬢の髪型のせいじゃないのか?」

「リオ、なにか言った?」

「いーや別に。それよりもお嬢」

「ええ、事前の調査通りだったわね」


 リオによる王都市民への聞き込みで馬車が立ち寄る店を特定。そして私が貴族的なコネを使って、男爵夫人の王都でのお金の流れなんかを調査させた。


 そこで浮上したのがこのお店。男爵夫人は隔週で決まった曜日、決まった時間にこのお店を訪れることが確かだと判明したわ。そして張り込んでいたというわけよ。


「さあ、お店の中に入るわよ」

「この格好で大丈夫か?」

「大丈夫。お店の中は結構広いって調べてあるわ」



 ☆☆☆☆☆



 このお店は昼にはコーヒーを、夜はお酒を楽しむバーのような場所だ。

 私は男爵夫人からは目立たないけれど、こちらからは見やすい位置に座る。


「あれは……、不貞の相手か?」


 リオの声音は困惑の色だ。男爵夫人は確かに男と会っているけれど、相手は少しは禿げていて赤鼻のお世辞にも顔が整っているとは言えない男だ。若いツバメといった感じではないわ。


 何か密談……?

 ここからは聞こえませんわね。


「もう少し近寄って――ん? あれは……」


 店内を見渡した私は、怪しげな男が遠巻きに男爵夫人を見ているのに気がついた。

 けれどあの方、なんだか知り合いに似ている様な……。


「お嬢、正妻殿が店から出るぞ」


 男爵夫人と相手の禿げた男は、用が済んだのか店から出て行った。追うべきか、いや――。


「ちょっとそこの方、よろしいかしら? もしかしてウィンフィールドさんでは?」

「げえ、パンツ――いや、これはレンドーン様。珍しいところでお会いしますね」


 私が声をかけたのは、男爵を見ていた怪しい男――ウィンフィールドさんだ。

 彼はディランの執事の一人で、話すことはないけれど昔からよく知っているわ。長身でルックスが良く、王宮のメイドたちから人気らしいとはクラリスの談だ。……というかこの人、私の事をパンツ呼ばわりしましたわよね?


「本当に珍しいことで。なぜこちらに?」

「今日は非番でして、酒でもたしなももうかと……」

「あら、目の前のグラスはお水ですわよ? もしかして何か殿下からの用事かしら?」

「それは……、言えませんね」

「ミドルトン男爵夫人を見ていたのは?」

「いくらレンドーン様と言えどお話しすることはできません」


 あら口がお堅い。真面目で良い執事ですわね。


「うーん、でも良いのから? 人を下着呼ばわりしたのを殿下にお伝えしても……」

「それは……、その……」


 こういう真面目な手合いは正攻法で脅すのに限るわね。

 自分の失言も誤魔化したりしないわ。


「教えて、くださりますよね?」


 私はニッコリと笑いかけた。



 ☆☆☆☆☆



「なるほど、不穏な動きね……」


 男爵との不仲で家中での立場がなくなりつつある夫人が、怪しい誘いに乗った?

 まだひとひねりありそうね。


「リオ、申し訳ないけれどこの件、本格的にうちの諜報担当者たちに調べさせていいかしら?」

「ああ構わないよ。お嬢なら悪くは扱わないだろうさ」


 この王国で、マギキンのシナリオを超えた何かがうごめいているの……?

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