第3章 Conspiracy~恋心~

第72話 秋は始まりの季節

 夏休みが終わり、今日から二年生だ。

 前世の私の記憶をたどると、夏休みの終わりというものはひどく憂鬱だった。けれど今世では新しい年度の始まりということもあって、この雲一つない秋空のように晴れやかよ。


「――ってどうしたのエイミー? 休み明けなのに凄いお疲れな表情で……」

「あ……、レイナ様お久しぶりです」


 いつも元気いっぱいなのに、ドヨンとした感じのエイミー。

 彼女の雰囲気は、まるで地獄の納期に追われたブラック企業に勤める社畜みたいだ。

 リオにどういうことか目線で尋ねるけれど、彼女も知らないのか首を横に振る。


「そういえばエイミー、あなた夏休みの間はどこで何をしていたの?」

「あはは、レイナ様ご安心ください……。必ずお渡ししますから」


 何を? その一言すら聞けないほどにエイミーの笑顔は怪しかった。

 というか、暗にルークとはどうだったのか聞いたつもりでしたけれど、まるで聞き出せる感じじゃないわね。



 ☆☆☆☆☆



 二年生。それはマギキンでは大きな意味を持つ。

 冬休み明けてしばらくの春先に、ルート分岐が起こるのだ。

 つまり役半年後、二年の春以降は個別ルート。アリシアが誰とくっつくか決まる訳よ。


 ちなみに冬休みが明けた直後くらいにセーブデータを複数取っておくと、各ルートの攻略がスピーディーにできるわ。これは前世の豆知識。


 しかし今世のこれは遊びゲームではなくて現実リアル

 セーブデータでのやり直しもなければ、聞き逃しがちな私が必要としているバックログもない。

 ついでにワンクリックで飛べる用語集もないから、知らない魔法用語は分厚い本で調べないといけない。嗚呼無常。


「アリシアと誰がくっつくか、それが肝心ね」


 魔導機なんて物が存在し、知らない人物がバンバン登場するこの世界で、私が知るマギキンのルートが進行しているかはわからない。


 けれどアリシアのお相手には最大限注意を払っておくべきでしょうね。

 レイナにつきまとう死の運命を回避するために。


「それにしてもアリシアは誰とくっつくのかしら……?」


 アリシア本人に何度聞いても答えは毎回一緒。「私はレイナ様を一番お慕いしております」だ。

 友達想いなのは嬉しいけれど、これじゃあ判別がつかないわ。


 私が考えるに、今のところ誰もリードしていなければ誰も出遅れてもいない。

 果たして誰がヒロインの心を射止めるのか、そして私は死の運命から逃れることができるのか?


 う~ん。みんなバトル漫画みたいな戦闘力ですし、向かってこられたらやっぱりヤバいわね。両親の為にも没落はなるべく回避したいし……。


「何をうなっていらっしゃるんですか、レイナ様?」

「ア、アリシア!? もしかして私が喋っていたこと聞いてた!?」

「いいえ。唸っているだけでしたけれど……」

「なら良いのよ! ところでアリシア、お付き合いしたい方っているのかしら?」

「私はレイナ様を一番お慕いしております!」


 唐突な質問にもこの返事。一貫しているわ。

 それにしてもこうやって頬を染めて恥ずかしそうに答えるアリシアはやっぱり可愛いわね~。

 乙女ゲームのヒロインオーラ炸裂よ。


「ところでレイナ様、履修登録をしませんか? あちらでエイミーさんとリオさんも待っていますので」

「そ、そうね! 行きましょう」



 ☆☆☆☆☆



 履修登録を済ませた私にはやるべきことがある。

 ルート分岐ももちろん大事ですけど、それと同じくらいこれも大事。


 そう、我がお料理研究会への新入会員勧誘よ!


「お料理研究会です。私たちと美味しいお料理を作りませんか?」


 というわけで、私はみんなで作った勧誘のビラを新入生に配っている。

 新入会員を獲得して、お料理研究会を拡大。そしてもっと大掛かりなお料理イベントを開くわよ!


 『募集人員は男女問わずお料理に興味のある方。未経験でも安心。先輩会員が丁寧に教えるアットホームな会です!』


 ……サリアが考えてくれた文章だけど、少し応募してはいけない求人みたいな空気がある文章ね。まあ、前世譲りの先入観がある私だけがそう感じるのでしょうけれど。


「お料理研究会です」

「ヒイッ!」


 …………。


「楽しくお料理しませんか?」

「あ、あの……、ごめんなさいィ!」


 …………。

 ……おかしくない?


 私って夏休み前にもこのエンゼリアを救う活躍をした人気者じゃないの?

 そんな私が笑顔で勧誘したらみんな喜んで受け取るはずでは?


 私は少し離れたところで同じように勧誘のビラを配っているルークの方を見る。


「お料理研究会だ。よろしく頼む」

「きゃー! ルーク様ありがとうございます!」


 おかしい。この差って何ですか?

 ルークは不愛想、対して私は笑顔で配っている。

 どう考えたって私の方のビラを受け取りたいでしょ。


「ねえ、アリシア。何故私のビラは受け取ってもらえないのかしら?」

「そ、それは……」


 言い淀むアリシア。

 そんな彼女も自慢の笑顔でじゃんじゃんビラを配っている。

 中にはお高く留まって受け取りを拒否する高位貴族の子弟もいるけれど、そんなのごくわずかだ。


「レイナ様のお噂を真に受けているのと、レイナ様の目に気合が入り過ぎていると言いますか……」

「私の目が?」

「はい。レイナ様は美人なので、良く知らない方は凄まれているように感じるのかと……」


 な、なんと……!?

 私のお料理への熱意が仇になっていたなんて……!

 しかも金髪縦ロールに釣り目がちな悪役令嬢フェイスだから迫力満点と。目力めぢからマックス!


 こ、ここ戦略的撤退よ! 

 あとは任せるわ、アリシア!


「ああっ、レイナ様!?」



 ☆☆☆☆☆



「はあ……」


 そして人気ひとけの無い庭園のベンチ。

 エンゼリアは広大でお庭がいくつもあるから、こういった一人になりたい時は便利だわ。


「どうしたんだいレイナ、溜息なんかついて」

「パトリック!?」


 声をかけてきたのはパトリック。

 悩みなら聞くよと言いながら自然に隣に座る彼に、私は先ほどの出来事を話した。


「あはは、なるほどね!」

「もう、笑い事じゃありません!」

「ごめんごめん。でもアリシアの言う通り君が美人だからだと思うよ。軽くみられるよりもグッドじゃないか」

「それは……、そうかもしれませんが」


 お家の立場もあるし、舐められるよりはずっと良いのかもしれない。

 けれど私はもっとフレンドリーキャラでいきたいのだ。だって私は悪役令嬢じゃないのだから。


「それに、下級生から怖がられているのは一つ明確な理由があるよ」

「……と、言いますと?」

「レイナはパーティーに出ても知り合いの僕らくらいとしか話さないからね。ルークはあれでいろんな人と話すからさ」


 言われてみれば私はパーティーに出てもお友達としか話さない。

 派閥とか媚び売りとか面倒くさいからだ。


 それ以外だと美味しいお料理に舌鼓したづつみを打っている。

 なるほど。それがとっつきにくい原因か。

 勝負は始まる前の積み重ねが大事ってことね……。


「――って、“紅蓮の公爵令嬢”と怖がられている一因はパトリックと決闘したからなんですけど!?」

「あはは、そうだったね」


 この野郎。笑っても誤魔化されないわよ。

 乙女ゲームの女子にそうそうつかないわよこんな異名。


「そうだ、君に伝えておこうと思ったことがあったんだ」


 私に?

 なんだろう?


「学院を襲撃した魔導機に、君が戦った見慣れない機体があっただろう?」

「ええ、漆黒の機体ですわよね?」

「あの機体、どうやら名前は〈シャッテンパンター〉と言うらしい」

「〈シャッテンパンター〉……影の黒豹くろひょう……? どうしてそれを?」

「僕――というかアデル家は、あの時警備の一部を任されていたからね。独自に調べているのさ」

「というかその機体名ドルドゲルス語ですわよね? 隠す気あるのかしら?」

「さあね。お得意の流出した機体、もしくは脱走した開発者の作だそうだ」


 やっぱりドルドゲルスが関係しているのね。だとするとあのハインリッヒとかいう怪しい男は……?

 だいたいなんなのよドルドゲルスって。マギキンにはなかったじゃない!?


「それともう一つ。アデル家は警備の一部を担当したと言ったよね? 実は別担当の警備網に不自然に穴が作られていたみたいなんだ。だからあの仮面の集団が襲撃できた」

「つまり……?」

「つまり、このエンゼリアの中にがいる」

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