第62話 学年末試験と卒業記念パーティー

「エイミー、今のところは大丈夫みたい!」

「了解しましたわ。では、動作を激しくお願いします」


 私が操縦してもオーバーヒートを起こさないための新型コアのテスト。

 前回も基本動作までは良かった。問題はここからね……。


 エイミーから動作の指示を受けた私は、力を込めてグリップを握った。

 私は激しいリズムを刻む踊りを踊らせるように魔導機を操る。


 右足、左足、また右足。

 しゃがんで、立ち上がり、両手を掲げる。

 軽いジャンプ、続けて前方向への踏み込み、すぐに引き下がる動作。


「大丈夫よエイミー、ちゃんと動くわ!」

「そのようですねレイナ様、良かったですわ!」


 魔導機から降りた私を出迎えてくれたのは、満面の笑みのエイミーだった。


「さすがねエイミー、本当にやり遂げてみせるなんて。必要魔力は三倍かしら? それとも四倍?」

「私もやりがいのある課題でした。この新型コアの必要魔力は、なんと通常の十倍です!」


 じゅ、十倍……!

 私の魔力をだいぶ持っていきますわね……。


「フレームもそれに耐えられるように改修していますので、ご安心ください」


 つまり訓練機一機まるごと私専用になっているのだ。

 私がこのいきさつを話したとき、お父様は授業に必要ならばと喜んで魔導機一機の買い上げを宣言してくれた。


 前世で言うところのリコーダーや習字用具の感覚でしょうか?

 しかし魔導機一機とその改修費用を合わせたお値段は、前世の学習教材とは比べ物にならないほど高価格だ。きっと小さい村なら、そのお金で三年間ぐらい村人みんなを養えるくらい。


 さすがレンドーン公爵家ってお金持ちね。


「ありがとうねエイミー。これで魔導機の講義を受けられるわね」

「いえいいんですレイナ様! 魔導機の申し子であるレイナ様が魔導機に乗れないなんて王国の、いや人類の損失ですから!」


 このエイミーの輝く瞳。本当なら乗れないで代わりのレポート提出で単位が貰えるならそれでいいけど、とは口が裂けても言えないわね。


 でもせっかく私の大切なお友達が心血を注いで作ってくれたんだから、私ももう少しだけ、ほんの少しだけ魔導機に歩み寄ってみてもいいのかしら……?



 ☆☆☆☆☆



 学年末試験。

 その成績によっては進級が危ぶまれる一年の集大成。


「ふう、今回も良い感じの順位ね……!」


 もちろんレンドーン家公爵令嬢としての立場がある私は、ただ進級できればいいというわけでもなく、それなり以上の結果をださなくちゃいけないわ。


 実技試験はたゆまぬ努力を続けてきた魔法制御のかいもあって、今回は試験場を吹き飛ばすこともなく一位だった。筆記試験もクラリスにビシバシしごかれたことによって、前回と同じ順位をキープ。


 つまり総合順位も同じくらいの位置だった。

 まあこの位置を維持し続ければ面目もたつわよね?


 上位陣は相変わらずディラン、アリシア、ルークの牙城が崩されなかった。

 けれど私が一つ気づいたのは――、


「ライナス、あなた実技の順位すごく上げているじゃない。おめでとう、努力の成果ね!」

「ありが――礼を言うレイナ。ただ……その……、あまりあの件について口外しないでいてくれると助かる」


 ウヒヒ。なるほど、やっぱり努力しているのは隠している感じなのね。


「わかりましたわ。二人だけの秘密ですわね!」

「……ああ!」


 なんとか貴族としての面目めんもくを保とうと努力しているのは私だけじゃない。みんなそうだ。

 エンゼリアでの席次は卒業後にも関わると言うわ。貴族の中での競争社会はもう始まっているのよ。


「ちょっとレンドーンさん」

「はい? ……これはルーノウ様、ご機嫌麗しゅう」


 振り向いた私の前には、今会いたくない人ナンバーワンのルシア・ルーノウが取り巻きを連れて立っていた。どうせ文句をつけてくるのだろうと思うと気が滅入るわね……。


「レンドーンさん、今回の筆記試験も私が勝ちましたから」

「そのようですわね。……それで?」


 それで一体何の用なのだろうか。

 まわりの生徒たちも何事かと怯えているじゃありませんか。


 え? 私に怯えているわけじゃありませんわよね?

 そこの「ここら一帯吹き飛ばされるぞ!」と青い顔で逃げて行った男子。顔は覚えましたからね?


「それだけですわ、まあご挨拶ですわね。あまり調子に乗らないよう。では失礼」


 あれ、それだけ?

 去り行く背中は何も語らない。取り巻き達も静かに去っていく。


 周りの目を気にした?

 それとも、何かあったら介入しようと側で構えていたライナスを敬遠した?


「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですわライナス。ご心配ありがとうございます」


 ……まさか本当に挨拶したかっただけかしらね?

 まあいいか。学年末試験も終わったし後は三年生方を送る卒業パーティーだけ!

 我がお料理研究会もお祝いの料理を出す予定だし頑張るわよ!


 なお、学年二位の秀才アリシア、理数系の科目の成績を大きく伸ばしたエイミーらの徹底指導によってリオの留年は回避された。



 ☆☆☆☆☆



 卒業記念パーティー。

 エンゼリアで三年間を過ごされた先輩方が、恩師や学院に感謝を述べ、在校生は先輩方の門出を祝う伝統あるパーティーだ。


 マギキンでのレイナの破滅の日は二年後の卒業パーティーの日。

 つまり最悪の場合、私は二年後のこの場で死ぬことになるのだ。


 まあ、それを今心配しても仕方ないわよね。

 不安を何とか頭の隅へと追いやって、私は仕事に集中する。


 パーティーには美味しいお料理がつきもの。というわけで我がお料理研究会もいくつか出している。

 ルークはアイスクリームの担当を、アリシアとサリアはフルーツサンドを作り、そして私がお出ししているのはフルーツポンチだ。


「まあ、見た目も綺麗で美味しそうね。おひとついいかしら」

「はい喜んで。どうぞ召し上がってください」


 私は老婦人にフルーツポンチをすくって差し出す。

 パーティーにはエンゼリアのOBオービーOGオージー、そして卒業生の保護者の皆様や各国の来賓の方々が大勢訪れる。こういう場では奇をてらわずに、見た目が華やかでシンプルに美味しい物をチョイスした私の判断は正解だったようね。


 私を含むお料理研究会の会員一同は給仕をしているし、視界の端ではディランが各国の来賓に挨拶をしている。ライナスは展示されている自分の絵の解説をしているし、他のみんなは自分の部の先輩の所とみんな忙しくしているわ。


 今日の私たちはお祝いする側。

 精一杯お役目を果たしますかね。


「お料理研究会です。美味しいお料理はいかがですか?」


 格式ある場だ。お魚屋さんみたいな大声での呼び込みはしない。

 あくまでお上品に、ささやかなお料理研究会のアピールを込めて呼びかける。


「レイナ様、追加のお料理持ってきました」

「ありがとうサリア」


 私はサリアが持ってきた追加のフルーツサンドを受け取る。彼女もこの一年で成長したわね。

 来年は新入会員も勧誘して、お料理研究会を大きくするわよ!


「君がレイナ・レンドーンだね?」


 私が内なる野望の炎を燃やしていると、後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、私よりも少し年上で二十歳そこそこの、ニヤリとした笑顔の男が立っていた。

 中々のイケメンだけど、なんかこう……話しかけられた時に背筋がぞわりとしたような……?


「はい、私がレイナ・レンドーンですけれど。……失礼ですがどちら様でしょうか?」


 名の知れぬ男は、私の身体を値踏みするような不躾な視線でなめまわした後、口を開いた。


「失礼。私はハインリッヒ・フュルスト・フォン・フォーダーフェルトだ。この国風に名乗ればハインリッヒ・フォーダーフェルト侯爵、ということになるかな? お察しの通りドルドゲルス貴族だ」

「初めましてフォーダーフェルト侯爵様。ご存じのようですが、私はレンドーン公爵令嬢レイナですわ」


 ドルドゲルス貴族と言うことは来賓の方ね。

 あまり関りはないと思うのだけれど、一体何の用かしら?


「君の事は噂に聞いていてね、興味があるんだ。どうだい、あちらで少し話そうじゃないか?」

「まあ光栄ですわ閣下。けれど私はここで料理を振舞う役目がありますの。残念ですわ」


 ナンパ? それとも私の魔力の話を聞きつけての興味かしら?

 どちらにせよ何か嫌な感じがする男だし、あまり仲良くしたいとは思わない。


「まあそう言わずに。どうだい君、レイナ・レンドーンさんを借りていいかな? があるんだ」


 男――ハインリッヒが問いかけたのは私ではなくて、状況を見守っていたサリアだ。


……。ええ、構いませんよ! レイナ様、ここは私にお任せください!」


 おそらく国の上層同士のであろうと考えたサリアが、親切心から答える。

 ハインリッヒは「お友達もこう言っているよ?」と視線で投げかけてくる。

 ……これ以上断るのはさすがに不自然ですわね。


「ありがとうサリア。わかりましたフォーダーフェルト侯爵様、ではあちらでお話ししましょうか」

「ああ、それが良いね。あまり話が聞かれないところが良い」


 端正な顔立ちだけれど、どこか爬虫類を思わせる目つきね。

 何故かは説明できないけれど私の本能が警戒心をマックスに訴えている。


 不安はぬぐえないけれど、私は謎のドルドゲルス貴族について行くことにした。

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