BonusTrack「三つ目のボタンを作ろうか!」

「――ゎぷっ!」


 ザボン、と飛沫を盛大に上げて水面に打ち付けられた少女は、手足を藻掻かせて直ぐに顔を出し、顰めた顔をきょろきょろと振り回した。

 そして辿り着くべき岸を見つけると、そちらの方へと泳ぎ出す。


 洞穴の中は、人工的な光が灯っており暗闇では無かった。

 人工的な光、とは――内壁に取り付けられたランプであり、丸く成形された硝子の内では火ではなく球体の光源が明々と燃えている。


 少女の脚がやがて水底に達するほど岸に近付くと、濡れて重くなった衣服に顔を歪ませながら漸く少女は地に足を付けた。


「最悪――――とりあえず絞る」


 岸に上がった少女は身に纏った身の丈に対して大きすぎる上衣を脱ぐと、ぎゅぅっと絞る。水を引いた足跡の上に大量の水滴が落ちて水溜まりを作った。


「パンツは……乾くからいっか」


 そうして再び湿った上衣を着た少女ちょうどいい高さの平らな岩に腰かけ、頭を抱えて溜息を吐きながら思索を巡らせた。


「……上から落ちて来たよな。よし、登ろう」


 単純明快なその解を出すと、少女は水辺を囲う岩壁を眺め上げた。


「おお、階段あんじゃん」


 岩壁を削って造られた階段を上り、少女は自身の座標をどんどんと高く変えていく。

 所々に備えられたランプは煌々と燃えており、少女はこの洞窟が人為的に掘られたのではなく、自然洞窟を何らかの施設に利用したものだろうと推測した。


 やがて段の終わりが見え始め、切り立った崖の広場へと躍り出る。

 その円形の広場には、六つの石像が円を描いて並んでいた――いや、本来それは七つだっただろう。円の並びに、欠けた空間がある。


「……もしかして」


 それを眺めていた少女。しかしはっと目を見開いて、咄嗟に戦闘態勢を取った。

 取ったところで、何をどう出来るわけでも無いことは少女自身が知っている。


 ぼんやりと石像の中央に現れた白い靄は、段々とその輪郭と色彩とを明確に変えていく。


「――争う気は無い。ほこを収めよ」

「……ほこなんて持って無いんだけど?」


 告げて手をひらひらと振って見せる。明らかに虚勢だった。


「透明色の刃。それとも我に通じるか、試してみるか?」


 諦めたような呼気と共に、今しがた幻創した透き通った投擲用の短剣ダガーを棄却した。


「で?これって所謂、異世界転生的なアレ?あ、生まれ変わって無いから転移モノ?」


 靄が形となったのは、ゆったりとした法衣を着た男だった。しかしどういうわけか向こう側が透けて見えており、幽霊か何かの類だろうと思われる。


「其方の言う言葉が何かは判断できぬが、其方をここに召喚せしめたのは確かに我だ」

「へぇ。んじゃ何?チート能力とかくれるの?っていうか、その前に先ず何でわたしを召喚したのか、その目的は何?」

「世界を救うため」


 大袈裟に、そしてあからさまに嫌そうな素振りを見せて、少女は吐き捨てるように告げる。


「え、絶対嫌だ」

「其方に拒否権は無い。設けられた七つの座、その一つに君臨したのだ。其方は“空虚”ヴァキタスの座を為し、唯一つへと成り上がれ」

「えっと……どういうこと?」

「簡単なこと。全ての物語に生まれる、黙示録の七人の騎士――その概念はヒトを滅ぼし、あらゆる世界を駆逐する。ヒトがいなければ、世界は想像されず創造できないゆえに」

「えー、で?その黙示録の七人の騎士、ってのを倒せばいいの?」

「いや、違う」

「ん?」

「其方たち七人が、黙示録の騎士となるのだ。そして互いに殺し合い、力を奪い、唯一生き残った一人こそがありとあらゆる願望を叶われよう」

「あー、……あ、うん?」

“空虚”ヴァキタスの座、七人の騎士の一人よ。名を問おう」

「いや、名を問おうとか言われても……正直わたしの方が訊きたいことあるし。あと、どういうわけか自分の名前思い出せないんだよね、困ったもんだ」


 透明な法衣の男は押し黙る。

 少女は柏手を一つ打つと、静寂を纏った男に改めて訊ねた。


「ねぇ、今日って何月何日?」

「……其方の世界の暦で言うところの、四月一日だ」

「そっか。じゃあ、“エイプリル・フール”ってのは?どう?」

「よかろう――“空虚”ヴァキタスの座に至った黙示録の騎士よ。征くがいい、騎士の座はすぐには揃わぬ。ならばそれまでの時間こそ、其方にとって幸いとなろう」

「いやそれはいいんだけどさ、そもそもあんた誰よ」

「――“物語”イストリア


 その名を聞き、エイプリルは破顔した。


「へぇ……まぁ誰でもいいけどさ。っていうかそもそも、どうしてわたしなの?殺し合いに向いてそうな奴、他にいっぱいいると思うけど?」


 エイプリルは自らの身体に刻まれた情報を読み解く。

 行使できる魔術の系統はいくつかあるが、そのどれもが稚児レベル、使い物になるものは無い。

 唯一使い方次第でどうにかなりそうなのは幻術。しかし魔力の総量と、霊銀ミスリルへの耐性が低すぎて話にならない。


 だから、どうしてそのような自分が呼び出されたのか。召喚されたのか。

 その理由が知りたかった。


「其方は、其方の物語の最後にて、自らを棄却するという策を講じて本来ならば不可能とされた二度目の契約を成し遂げた」

「あー、そうなの?」

「その在り方は、正しく“空虚”ヴァキタスに他ならない――――ありとあらゆる自らの行為そのものが空虚であり、至る先が空虚であり。全ての過去が無意味で、全ての未来が無意味であり――それは正しく、空虚に他ならない」

「へぇ……言ってんなよ。意味ならあっただろーが」

「ほう……意味はあったのか?ならば何処に?」

「あったよ。わたしの意味はあった。わたしの、意味があった。わたしがいることじゃなくて、わたしがいなくなったことに、ね」


 靄が揺れる。それは笑っているようにも、怒りに震えているように見えた。


「――時間だ。我はもう消えねばならぬ」

「おいおい、訊きたいことあるって言ってんじゃん」

「さらばだ、空虚ヴァキタスの座。意味を為した無意味。エイプリル・フールよ」

「ちょ、待っ!」


 手を伸ばすも、届かず法衣の男は消えた。

 後に残されたエイプリルは、その白い頭髪をぐしゃぐしゃと掻き乱すとぶんぶんと頭を振った。


「あー、本当に自己中。嫌んなる……」


 溜息を吐き散らかした彼女は、白く細長い指先で自らの薄い胸に触れた。

 未だ濡れている布地の向こう側に、どういうわけか二つ目の心音が響いている。


「……おいでよ」


 その指を差し向ければ――淡い霊銀ミスリルの輝きに包まれた空間に、一人の男が顕現した。


 顔の全てを覆う、ましらの面。あろうことか、目も、鼻も、耳も、口も。全てを覆ってしまっている。

 身体を包んでいるのは黒い装束だ。背に負うは黒い直刀。見慣れている。


「君は莫迦だねぇ――眼識も、耳識も舌識も……何でわたしなんかのために失くしちゃうかなぁ」


 聞こえてなどいない筈なのに、返答のようにその黒い男からが溢れ出す。


「はは、寂しくなんか無いよぉ。……あーでも、君と一緒なら退屈はしないかもね」


 再び、手を伸ばして指先でその胸に触れた。


「……ありがとう。わたしの願いを叶えるため、もう一回だけ一緒に戦ってくれる?」


『お嬢の為なら、喜んで』


「――――どエムかよ」


 こうして。

 エイプリル・フールは洞穴を後にする。

 その世界に降り立った彼女は、忠誠を誓う嗅覚と触覚だけの残された黒い影とともに旅をする。

 新たな物語を紡ぎ、そしてその最果てで願いを叶えるために。



 あの喪失にこそ意味はあった。

 しかしあの物語が“正しい”と言うのなら――何度だって立ち向かって見せよう。


 全てを、手に入れて見せよう。

 必要だった喪失をこそ、嘘だと笑い飛ばして。



 あの眩しいほどの耀きを目に焼き付け、それを原風景とするために。




「さて――三つ目のボタンを創ろうか!」




   ◆



げ ん と げ ん


――――――――――――――――――――――――――――――――Fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

げんとげん 長月十伍 @15_nagatsuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画