Track.9-28「最後の仕上げだ」

「何故だ……何故だ何故だ何故だ何故だ!ありえん、ありえんありえん、ありえんありえんありえんありえんありえぇぇぇえええええん!!」


 叫ぶ流憧。肉の壁から突き出した上半身を振るいに振り、絶叫の限りを放つ。

 接続アクセスを何度も断たれたことで彼の支配を失った異骸術士リッチたちは踵を返し、悶絶する流憧に各々の手を差し向けた。


“崩熱空間”フラッシュオーバー

“断罪する轟嵐の鎌”スラッシング・ゲイル

“轟雷竜の咆哮”ロアリング・サンダークラップ

“命を穿つ大地の尖鋭”ミネラライト・ピラー

“断裂する流刃”フラッシュエッジ

“斥別す排絶の散弾”リパルシング・ショットバレット


 赤熱が空間を染め、荒れ狂う真空の刃が迸り。

 夥しい衝撃が叩き潰し、黒々とした鉄の槍が幾本も突出し。

 黒い腐汁の刃が踊り狂い、肉壁を挽く攪拌の波動が爆ぜて。


「ご……ぁ…………」


 ずるりと――――異世界のコアから、流憧が


 唯一幻獣である腐肉の竜ロトンワームはそれでも魔術士たちを喰らい尽くそうと口吻から濁った涎を撒き散らしながら強襲するが、それも反旗を翻した死出の兵団の魔術に阻まれ、あるいは百肢の巨人ヘカトンケイルの幾つもの腕に絡めとられ、複合異骸キメラデッドの骨槍に貫かれ、あるいは灼獄魔人ウィッカーマンの炎に焼かれた。


 もはやその異世界は孔澤流憧のものでは無くなった。

 そこにいるのは、もはや“魔術師”ワークスホルダーでも、“魔女”ウィッチでも無いただの残滓のこりかすだ。


 しかしまだ脅威は続く――異世界そのものが、全てを飲み込むための拍動を始めたからだ。


「ふ、ふひっ、……ふへへひは、ぼはっ、あは、あひゃぁ――――がぁっ!」


 自失し、破綻の嗤いを上げながら横たわる流憧の胸に、深々と水車スイシャの刀身が突き刺さる。


「っ、はぁっ、――っはぁ、――ぅぐ、っはぁ――――」

「孔澤流憧……最期に言うことはあるか?」

「ぐ、ぐひ、――ふひひ、――――ワタシが、死ぬか」

「ああ。お前は死ぬ」

「ぐふっ、くふふふふ……しかしワタシの世界は、作品は、芸術は残るぞ、残り続けていつか必ずを――がぁっ!」


 突き刺した刀身に更に力を込め、穿ち肉の地面に繋ぎとめるコーニィド。

 苦痛に顔を歪め、口から赤黒く濁った血を吐き出した流憧は激しく咳込み、その度に血の飛沫が舞う。


「全部、綺麗さっぱり消し去るさ。さぁ、本当に最期だ。辞世の句はあるのか?無いなら――――」


 咳込み、血の涙を滲ませながら瘦せこけた顔を歪ませ――しかし流憧は嗤っていた。愉悦の極みに至ったように、ただただ嗤いながら泣いていたのだ。


「はは、ははひゃははは、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!――ワタシが死ぬものか、ワタシは、孔澤流憧は永焉を手に入れ、そして、必ず――――」

「もういい――“廻れ”」


 瞬間、流憧の肉の内に溢れた水流は一滴一滴が球形の刃となって渦を巻き、その血肉を攪拌して爆ぜるように盛大に散らした。

 飛び散った血や肉、骨片は異世界の肉の地面や壁、天井に飲み込まれ。

 呼応するように死出の兵団――異骸リビングデッドたちは白い光に包まれて霊銀ミスリルへと還元されていく。


 芽衣たちはその最中、彼らが泣きそうに笑ったのを垣間見たような気がした。

 まるで「ありがとう」と呟くように、唇を蠢かせたように見えたのだ。


「――さて。最後の仕上げだ」


 地響きのような音を立て、異世界は徐々に内側へと縮んでいく。

 コーニィドは愛詩に振り返り、「この世界のコアはどこだ」と訊ねた。

 愛詩はひとつ頷くと掌から一本の銀色線を走らせ、その霊銀ミスリルの弦は真っ直ぐに真上へと向かい、半球ドーム状の肉の天井の中心へと突き刺さる。


 そこから、赤黒い心臓のような真球がゆっくりと滲み出た。


「――森瀬、と、その友人」

「はい」

「え?わたし?」


 二人を見詰めるコーニィドの顔は真摯で、こんな状況じゃなければ真っ直ぐすぎて目を逸らしてしまうほどだった。


「……最後は、お前たちに任せることになっている」

「え、えっ?」

「……何で?」


 そしてコーニィドは胸に両手を当てると――――“黒い匣”を現出させる。


 右手の匣は、浮かび上がると同時に真横に細長く伸び、黒い刀の形状となった。

 それはコーニィドの右手に収まり、刀身に当たる部分からまるで陽炎のように揺らぐ霊銀ミスリルの奔流を生み出す。


 左手の匣は、浮かび上がると回転しながら咲の元へ飛来した。

 驚きながらそれを受け取った咲の両掌の上でそれもまた細長く形を変え、六つの遊輪を冠す一振りの錫杖カラッカの形となった。


「これ、は――?」

「……俺には分からない。俺は、それを預けられていたに過ぎないからな――そしてそれの使い方を理解できるのは、この世界で君、唯独りらしい」

「わたし?」

「ああ」


 戸惑う視線が再び錫杖カラッカへと注がれる。

 しかし咲はどうしてだか、その錫杖カラッカを見ていると微笑ましく思えてきてしまう。


 すらり――錫杖カラッカの途中から引き抜かれ現れた細身の剣。右手に杖を、左手に剣を握った咲は、皮膚から流れ込んでくるに思わず吹き出してしまった。


「どうしたの?」

「ううん――――ごめん、これは流石に独り占めさせて?」

「う、うん……」


 芽衣は戸惑ったが、しかし咲の「いつか教えるから」と続く言葉に頷くしかなかった。

 気になる。でも、それは今の話じゃない。今は、この異世界をどうにかする方が先だ。


「コゥさん、それで、あたしたちは何をすれば……」

「森瀬。お前の中にも、“黒い匣”がある筈だ」

「え?」

「それを、解き放ってくれ。後は全部、勝手にやってくれるってさ」


 顔を見合わせる二人――そこに、愛詩が横やりを入れる。


「安心してください。その結末は、ちゃんとえていますから」


 孔澤流憧の討ち方は結局最後まで仕舞いだったが、どうやら“結実”が齎す答えも同じだと、そう愛詩は告げる。


 芽衣と咲は頷き合い、そしてコーニィドを再び見る。


「黒い匣って、どうやって出せばいいんですか?」

「向き合え――森瀬、お前はずっと、そうやってきた筈だ」

「向き合う……」


 瞼を閉じ、自らを意識する。

 自然と、何故か意識はするすると闇の中を下り、いつか夢に見たシアタールームに立っていた。


 自身と同じ顔をする白い少女が、黒い球体を持って正対していた。


 その顔を見詰めた瞬間に――――芽衣は、理解した。


 彼女こそ、ずっと自分が殺し続けてきた、自分自身で。

 彼女こそ、ずっと自分を殺し続けてきた、自分自身だ。


 白い異人として限界し。

 無限に繰り返される死を以て、自らとそして世界を壊そうと――――



「ごめんね、隠してて」

「……ううん。あたしこそ、ごめん」

「どうして謝るの?」

「……だってあたし、何度も、何度も何度も君を殺して」

「だってそれがあたしの役目だから」

「そんなこと無いよ!そんなこと、無い……つらいこと、苦しいこと、全部全部押し付けて……あたしだけ、」

「あたしだけ生きるのは嫌?じゃあ、みんな巻き込んで一緒に殺す?」


 ふるふると首を横に振る。


「……そうだよね。だから、――――殺されるのはいつだって、あたしだけでいいんだよ」


 涙がぼろぼろと落ちる。まるで傷口から血が止まらないように。


「大丈夫――――あたしが殺されるのは、これで最後だから。芽衣あたし芽異あたしを殺すのは、これが最後だから」


 芽衣の喉を嗚咽が埋め尽くし、何かを言いたいはずなのに何も言えないでいる。

 そんな芽衣に、芽異はにこりと笑った。


「これからは――――あたしを、たくさんしてね」

「――――うん」


 意識が急速に引き戻され、瞼を開くと――芽衣の手には、黒い球体が浮かんでいた。


 その黒い匣は浮かび上がり、異世界のコアと衝突すると弾け――無数の、黒い蜉蝣で構成された奔流となって世界に飽和する。


「咲、」

「うん」


 咲が握っていた杖と剣。それらから手を放すと、ふたつもまた宙へと浮かび上がって連結し、ひとつの大きな鍵のようになった。



 ――――やっぱり、寂しいなぁ。



 そんな声を幻聴し。

 そして異世界のコアの真下で、白い芽衣がその鍵を引き寄せて、自らを貫く光景を幻視した。


 弾け、どこまでも白く清廉な光は。

 溢れ、異世界ごと全ての景色を塗り潰した。

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