Track.9-26「……だからどうしたよ」
「僕も力を貸そう――
世尉の
はららの身にもそれは届き、皮膚を擦り抜けて沁み込んでいく。
「
身を曝して戦いながら世尉ははららの後押しをする。血を扱う特殊な流術士である森瀬家はその
しかし。
「ぐっ――――きっついね、こりゃぁ……」
「ぅううっ――――!」
押し返される
「土師さん、手を、離すんだっ」
「――ぐ、ぅうっ!」
だがはららの両手は癒着したように動かない。もはや解除することも出来ず、腐肉の浸食は止まらない。
――バチンッ!
「アイドルの手ぇ離さないとか、
見かねて転移したコーニィドが
「ぐぉ――っ!」
斬り伏せたはずの身体が変化して現れた
背中から肉の地面に叩きつけられたコーニィドが起き上がって顔を上げると、先程よりも高い場所に現れた流憧は下卑た嗤いを浮かべながら吐き捨てる。
「くふ、ぐひっ、あひゃぁっ!ワタシを斬り捨てたと思ったか?この身体を見て弱っていると錯覚したか?冗談にも程があるぞ若造ぉっ!――ワタシは貴様が生まれるずっとずっと前から魔女をやっているんだ、異世界という名の芸術を創り上げて来たんだっ!貴様らなんぞにこのワタシが敗れるものか、ありえなぁぁぁぁぁいっっっ!!」
ぞわり、背筋を冷たい雫が滑り落ちた。
その悍ましい予感を裏付けるように、周囲の肉の地面、肉の壁から新たな死出の尖兵たちが現れる。
「嘘だろ……」
「俺たち、死ぬのか?」
「ママぁ、怖いよぉ!」
辛うじて未だ無傷である、陣の中央の一般人たちは口々に絶望を零す。それもその筈だ、優勢と思えていた六人の魔術士たちの抗戦が、今や劣勢に変わり、そこに来てこの増援だ。無理もない。
「大丈夫です!皆さんは、私たちが!」
負けじと声を張り上げる心だったが、しかし旗色が悪いのは十分に判っている、判ってしまう。
「っくそ――――糸遊さん、ちなみにそっちはどう?」
立ち上がったコーニィドは振り返らずに声をかける。
体勢を立て直すため一時的に退いた愛詩は、悔し気な表情で首を横に振る。
「そうか――――いよいよ
賭けていた。糸遊愛詩の
しかしそんな都合のいい奇跡は起こらない。
この場において最も優れた魔術師である彼女は、しかしそれ故に絶望を受け入れようとしていた。
「そんな顔、すんなよ」
ぽん、と頭に手を置き、自らを見上げた泣きそうな顔に微笑みを返す。
コーニィドは諦めていない。しかし彼もまた、
皆、一様にそうだ。
すでに握り潰した
世尉の輸血パックもそう――だから新たに
何より、全体的に体内を荒らすこの異界の
戦闘を担当する魔術士の中で、
「強がるな、小僧――――よし、貴様はワタシの芸術の一部にしてやろう。そうだなぁ……」
「誰が小僧だ、誰が。俺はお前のモンなんかにならねえ、よっ!」
言い終わると同時に再び指をバチンと鳴らす。
またも肉薄したコーニィドは
「くそがぁぁぁあああああっ!」
突撃を繰り出す長太い胴体の真横に改めて転移したコーニィドは高圧水流の刃を展開して斬り落とす。
しかしその背後からまたも新出した
「馬っ鹿野郎っ!」
息を呑んだ一同だったが、頭部を斬り裂いて現れたコーニィドの姿に胸を撫で下ろすと、彼一人に任せてはいけないと抗戦を再開する。
「
「
鋭利さが跋扈し、周囲の
「ぐ、ぅぅうううっ!」
破綻しそうなほどの力を込め、はららもまた自身を侵そうとする異界の
「せぁっ!」
比較的温存している方である心もまた、最後の一振りで急降下してきた
それでも。
「……滑稽だな」
「はぁ?」
呆れ果てたような表情を宿した流憧の溜息は、この広い空間にやけに響き渡った。
「滑稽だ、と言ったんだ。貴様らはしょうもない存在だ、見る価値が無い」
「どういうことだてめぇっ!」
次々と湧く死出の兵団を着実に削り去りながら、コーニィドは声を荒げる。
「忘れたか――ああ、貴様はそうだったな。覚えているのは、そこの
「――っ」
顔が苦く歪む愛詩。
「ワタシには“無”と“無限”の力がある。貴様らがいくら我が兵団を屠り去ろうと、無限の前には無意味に過ぎん」
「無、限……?」
力が抜けていく気がした。
振り返って視認した愛詩の表情は、それを否定していない。
「それ、本当?」
それに首肯することも、否定することも、愛詩には出来なかった。
「成程――それは、ぐぅっ!……きっつい、ねぇ……」
流憧の浸食返しに抗いながら戦う世尉は肉の地面に膝をつく。
唯一愛詩の顔を見れなかったはららの両腕は、すでに手首ほどまでせり上がった肉に飲まれつつある。
「……だからどうしたよ」
また一体、
刎ねられた首がゴトリと肉の地面を転がり、崩れた胴体と同時に
「お前が無を司っていようが、お前の力が無限だろうが――そんなことは知らねぇ、俺たちがお前に抗うのに関係無ぇだろうが。こちとらお前に奪われたくないもんがどっさりあるんだ、お前が諦めない限り俺たちだって諦めない、諦めてたまるかよっ!」
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