Track.9-16「外国人ってことにしといてよ」
「はい、もしもし……うん、……え、今?新宿だけど……」
芽衣の通話の相手は叔父の世尉だ。二人は店舗の外の通路に出て、芽衣は手刀の形にした手を立てる“ゴメン”というジェスチャーを咲に送り、それに対して咲は掌をひらひらと振る“問題無いよ”というジェスチャーを返した。
「うん、うん……あ、ちょっと聞いてみていい?――――ねぇ、咲」
「どしたん?」
「何かね、叔父さんも今打ち合わせで新宿にいるんだって。で、良かったら晩御飯一緒に食べないか、って」
「いいの?わたしお邪魔じゃない?」
「叔父さんは咲がいいなら連れておいで、奢るよーって言ってる」
「そんなん行くに決まってんじゃん」
「わかった。――――あ、お待たせしました。咲、オッケーだって……うん、わかった。はい、ありがとうございます」
通話を切り、芽衣は咲に向き直る。
「あと30分くらいしたらここに来てくれるって」
手首を翻して見た腕時計のデジタル表示はもうすぐ午後6時になろうとしている。
「そうなんだ。じゃあ今日は芽衣ちゃん
「あ、それがね。もう一人、叔父さんのビジネスパートナーっていうか、共同事業経営者?って人がいるんだって」
「え、それさらにわたし邪魔じゃない?」
「そんなこと無いよ」
エスカレーター近くのベンチまで辿り着いた二人は腰掛け、話に花を咲かせだす。
「何かね、叔父さんは一応あたしにその人を紹介したいらしいんだけど、ほら、叔父さんって咲のこともちょっとは知ってるでしょ、家柄とか」
「うんうん」
「でね、その紹介したい人も魔術士で、あたしに魔術士の家生まれの友達がいるって聞いて会ってみたいんだって」
「何で?」
「うーん、あたしもよく知らないんだけど……何か、外国人?なのかな、……日本の魔術士に興味があるんだって」
「へぇ、魔術士ってよくわかんないね――って、芽衣ちゃんも魔術士だっけ?」
「えっと、あたしの場合は異術士って言うんだって。普通の魔術士みたいに、色んな魔術を使うことは出来なくて、決められたいくつかの魔術しか使えない。あたしの場合は、たぶん一個かなぁ」
「え、それ微妙じゃない?」
「でも、異術士の使う異術ってのは、普通の魔術と違って一点ものだから凄いのが多いって聞いたよ」
「芽衣ちゃんのはどういう術なの?」
「あたしのは――――何か聞いたら咲引きそう」
「えー、そんな微妙なヤツ?」
案の定、“血液を蜉蝣に変えて飛ばし、対象に自身と同じ感情を抱かせ共感させる”という芽衣の
咲の中で魔術というのはもっと華々しく、それでいて夢に溢れるものだった。それは彼女の家が扱うのが人に夢を見させる幻術であり、そしてそれを学ばなかった彼女がそれに対してやや異なった認識を抱いているからだった。
「そろそろじゃない?」
「あ、そうだね。行こ」
話に気を取られて時間を失念していた芽衣を咲が気付かせ、そして二人はベンチから腰を上げる。
待ち合わせをしているのは1階だ。世尉は車で来ているから、合流したら乗り込んで移動する段取りになっている。どのご飯屋に行くかはまだ決まっていない、合流してからの話だ。
「どんな人だろうね?」
「ねー。何かでも聞いてる話だと若い人なんだよね」
「若いって、どんくらい?」
「20代だって。25くらいって言ってたかなぁ」
「へぇー……イケメンかなぁ?」
「あ、そうそう。イケメンって言ってた」
「え、楽しみなんですけど?」
そして二人が乗るエスカレーターは着実に階下へと二人を運ぶ。数台を乗り継いで1階へと降り立った二人は、世尉の姿を探すためきょろきょろと辺りを見渡しながら通路を歩く。
「芽衣ちゃん、咲ちゃん!」
声に振り向くと、通路の先に右手を挙げてぶんぶんと振る叔父の姿。それを発見した芽衣は咲を引き連れてその方向へと小走りで駆けた。
「あ、はじめまして」
「ああ、――はじめまして」
世尉の隣には、世尉とほぼ同じ程度の身長――175センチメートルの体躯を持つ男性が立っていた。
ぺこりと下げた頭を戻しながらその風体を眺めた芽衣は、成程これは確かにイケメンだと感嘆する。
しかし同時に、何かよく分からない引っ掛かりをも覚えた。
不思議な印象を抱かせる男だった。
年は確かに聞いていた通りの20代半ば――25前後と言ったところだろう。
無造作に分けられた緩くウェーブがかった赤茶けた髪は顎に届くほど長く。
露出した広めの額は理知的な印象を抱かせる。
キリっとした直線を描く眉は凛々しさを、しかし厚めの二重瞼と
筋の通った大ぶりな鼻に広い口許、そして確りとした顎は男性特有の精悍さを印象付ける。
しかしその眼差しや表情は厳しさと優しさが同居しているようで。どことなく、子供っぽい無邪気そうな印象もある。
「……あの」
「はい?」
「本当に、……はじめまして、ですか?」
どうしてだか、芽衣にはこの邂逅が初めてとは思えなかった。朧気で曖昧だが何処かで会ったことがあるような気がしてならず、だからそんな質問が口をついて出てしまった。
「……本当に、はじめましてだよ」
「ですよね、すみません……あ、あたし、森瀬芽衣、です」
ふ、と微笑んだ男は右手を差し出した。きょとんとした芽衣はすぐにはっとなりその手に自らの右手を合わせて握った。
「俺はコーニィド。話すと長いしややこしいからさ、外国人ってことにしといてよ」
「え、あ、はい」
ぎゅ、と優しく握り返された手は温みに満ちていた。その感触に、何故だか分からない懐かしさが溢れ、思わず芽衣は泣きだしそうになってしまったのをどうにかぐっと堪える。
「ってことは、そっちのお嬢さんが……」
「はじめまして。芽衣ちゃんの友達で、四月朔日咲って言います」
「咲さん、ね。宜しく」
咲もまたコーニィドと握手を交わす。
「じゃあ、移動しようか」
「あー、世尉さん、ちょっと待って。電話」
交わした手を放したコーニィドは髪の毛に隠れた右耳に指を伸ばし、嵌っていた無線イヤホンのボタンを押した。
「……ああ、俺だ。……そうか、分かった」
再度ボタンを押して通話を終えたコーニィドは、俄かに周囲を見渡す。
「コゥ、どうした?」
「世尉さん、このタイミングっす――」
言い終わると同時に。
バギンッ――――空間が割れ爆ぜ、世界の全ての色を分解して混ぜ合わせたような極彩色の渦が景色を飲み込んでいく。
「これは――
狼狽する世尉の隣で、コーニィドはひどく冷淡な顔で事態を見守っている。
突然の災禍にわけも分からず立ち尽くす店内の客。
「13人か……まぁ、何とかなる範囲だ――
そして今まさに飲み込まれようという瞬間――バヂンと鳴らしたコーニィドの指先から幾つもの
「これ、魔術?」
「叔父さん、どうなってるんですか?」
「コゥ、」
「異世界侵攻――世尉さん悪い。俺の本来の目的はこっち。この異世界が、あんたの娘さんとその友達、その二人を狙って現れるこの瞬間だ」
「どういう――」
「話は後だ――
吼える声と吸い込まれる感触とは同時――――渦に巻き込まれた客を含む芽衣たち13人は、突如として開いた異世界の扉に飲み込まれ、そしてその世界へと降り立った。
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