Track.9-13「芽衣ちゃんだよ」

   ◆



「退院と、お誕生日、おめでとう!」


 5月になり、あたしは咲と同じ17歳になった。

 先月の末であたしよりも先に退院していた咲は、なんだか眩しくて可愛い学生服であたしを祝ってくれている。

 あたしの通っている――絶賛休学中だけど――高校と違って、咲んとこはブレザータイプだ。ブレザーは見れなかったけど、薄桃色のニットベストが可愛らしいし、スカートの配色もとても羨ましい。にしても短くない?


「学校はどう?」

「んー、順調とは言い難いね。何しろ違うクラスだけど当事者は普通に通ってるしさぁ、出遅れてわたしはぼっちだしぃ、あんなことがあったせいで何だか近寄りがたい存在になっちゃった感じ」

「そっか……」

「あーでも大丈夫。ちゃんと学校は通うし、卒業もする。向こうも何かアクションしてこないでしょ、学校側がちゃーんと揉み消したし、大人しくしてる筈だよ」


 そう――咲を襲ったあの悲劇は事件として表面化することなく、当事者たちは目に見える罰も無いまま学生生活を謳歌しているらしい――勿論、目に見えない心への罰がどれほどだったのかは計り知れないけれど。


「何かアクション起こされてもさ――正当防衛の範囲内で乗り切るよ」

「……やり返したいとか思わないの?」


 鼻先で笑う、意地悪な表情で綻んだ咲は溜息交じりに返す。


「思うに決まってんじゃん――でもさ、そういう復讐は多分、芽衣ちゃんは背中押してくれないだろうなぁ、って。芽衣ちゃんだってさ、影でこそこそ虐めてた奴とかSNSでボロクソ言ってきたやつにはそういう復讐しないでしょ?」

「……うん、しない」

「だったらわたしだってしない。わたしは芽衣ちゃんに応援してもらって、同じくらい芽衣ちゃんを応援したいから。だから、……赦すじゃないけど、わたしからも手を出したりしない」

「うん。それがいいと思う」

「うん――馬鹿にされたわたしは、馬鹿にされたわたしのままで馬鹿にした奴らを馬鹿にし返す。アイドルになることを馬鹿にされた芽衣ちゃんが、アイドルになって馬鹿にしてきた奴らを見返すように」

「……何か、そう言われるとちょっと恥ずかしいよ」

「わたしはすっごく真面目だよ?これからはそれを信念に掲げて、やられたらやり返すなんて無限ループの復讐は絶対にやらない。でももしもわたしが我を忘れてそんな復讐に手を出そうとしたら、芽衣ちゃんに止めてもらうの」

「……止められるかな」

「心の中の話だよ」

「あたし、咲ちゃんの中でそんな強い子なの?」

「前に言ったじゃん――わたしには昔から頭に思い浮かべてた理想の友達像ってのがあって――その子はわたしよりも少し背が高くて、綺麗な黒髪で、クールな顔で、それでとても強くて……わたしが本当に間違った時はちゃんと叱ってくれる。でも、そうじゃないところは受け入れて、認めてくれる。――――芽衣ちゃんだよ」

「……じゃあその理想になれるように、現実のあたしも頑張るよ」


 そう告げると彼女は「えへへ」とはにかんであたしの腕に抱きついてきた。笑顔にしてはぎこちないにも程がある微妙な表情であたしはその頭を撫でる。


 改めて強い子だなぁ、と思う。

 あたしはこの子と、咲と出遭えていなかったら、きっとアイドルには戻ることが出来なかっただろうとさえ思える。

 あたしがもう一度その道を進もうと思ったのは、この子の強さに導かれた結果だ。


 果たして。

 あたしはそれに、ちゃんと返すことが出来るだろうか。

 彼女から貰った応援に見合うだけの応援を、彼女に差し出せるのだろうか。



 違う。


 返さなきゃ駄目だ。

 貰った勇気に、感謝を込めて。

 森瀬芽衣は、四月朔日咲を応援しなきゃ駄目なんだ。

 それはアイドルとしてじゃなく――こんなあたしと手を繋いでくれた、出遭ってくれた、ひとりの大切な友人として。



   ◆



「魔術のことで訊きたいことがあったら連絡して」

「はい、ありがとうございます……」


 告げられ、渡された名刺をあたしはポケットの中に仕舞った。


「じゃあね。――世尉、くれぐれもよろしくね」

「何だよその言い草――医者の不養生には気をつけろよ」


 隣に立つ叔父さんは、やっぱり常盤さんと二人の間でしか通用しない遣り取りを交わした。

 何だろう――付き合ってたのかな?


「本当に、ありがとうございました」


 改めて頭を下げる。安堵と落胆のどちらともつかない溜息の後で、常盤さんは微笑んだ。


「……前言撤回、必ず来なさい。そしてちゃんとした笑顔を私にも見せなさい」

「……はいっ」


 期間にすればたかが一か月程度の入院。

 でもこの常盤総合医院という場所は、あたしが生まれ変わった場所と言ってもいいだろう。


 バタムと閉められたドアの、閉ざされた窓ガラス越しに大きな建物を見上げる。

 白く、清廉な雰囲気。

 その向こう側には運動公園の緑が広がっていて、もうすぐ日の落ちる夕焼け空が目に眩しい。


「叔父さん」

「ん?」


 ハンドルを握り、アクセルを踏んで駐車場を出ようと車を走らせる叔父さんは、しっかりと前を向いたままで助手席に座るあたしに応じる。


「これから、宜しくお願いします」


 ちらりと、僅かに首を回して隣を見た。いや、運転手はちゃんと前を見てください。


「……ははっ!こちらも、どうぞ宜しく」


 爽やかでいて快活な笑みと声はあたしを羨ましくさせる。いつかあたしも、こんな風に小さな不安なんか一息で吹き飛ばしてしまうような笑顔を身に着けるんだ。


 勿論、笑えなくなる前の笑顔だって。

 咲のような天使スマイルは無理かな――顔、違いすぎるしな。


 大丈夫。

 怖いものはまだまだたくさんあるけれど。


 同時に。


 未来への期待も、あたしへの期待も、ちゃんとある。

 それはまだ小さな種火みたいなものだけれど。




 たくさん笑う、その中で――――大きく眩しく輝く太陽みたいに育てていくんだ。

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