Track.8-39「いい加減目を覚ましやがれ!」
そしてあの日の夜――――俺は偶々、この世界で出来た友人に誘われて池袋で映画を見た。
どんな映画だったかって、なんか、アイドルのドキュメンタリーだったかな。よく知らんやつだったけれど、意外と面白かったのを覚えている。
その後、友人と別れて駅へと向かう途中だった。
何で別れたんだっけな、それも覚えてないな――でも何となく、ただ何となく一人でいたい気分だった。いや、予感だったかもしれない。
そこで、お前と出遭ったんだ。
怪しげな謳い文句のピンク看板やらどこの国籍かも判別できない東南アジア人風女性の声かけやらくたびれたサラリーマンとはしゃぎすぎる若者とが混雑した集団やらの中から、いきなり推定JCとラリッた兄貴が特急列車キャノンボールよろしく飛び出してくるなんて普通思わないだろ?
んでさ。
その推定JCが腕から血を流しているとか、ゴリマッチョ兄貴が「殺す」とか「犯す」とか「ぶっ壊す」とか叫びながら追いかけてるとか、どっからどー見ても異常だろ?
俺はその頃にはもう根っからのこの世界の魔術士だったからさ――追い掛けない筈が無かったんだよ。
でも本当は、何となく勘付いていたんじゃないかな――あの時の黒い泥と、同じ匂いだ、って。
——いや、判らないな。運命だったかもしれないし、ただの偶然だったかもしれない。でもその奇跡的な出遭いの果てに、今こうして俺とお前がここにいる。
漸く。
漸くだ――――漸く、お前を正しく殺せる。
「――――じゃあ何で殺してくれないの?」
……そうだよな。そう、思うよな。
俺だって不思議なんだよ。
こうやって
どれだけ振りかぶっても、どれだけ振り抜こうとしても。
いつだって俺は、そう出来なかった。
「――ねぇ、もしかして」
そうだよ。
俺が殺せなかった魔女は、いつだってお前だった。
俺は森瀬芽衣って魔女を、ずっと殺せずにいたんだ。
「何で?何で――――だって、復讐、なんでしょ?」
そうだよ、これは復讐の物語だ。
お前をここで殺さなければどうなるかなんて判り切ってる。
黒い死の増幅する円環となったお前は、自らが創り上げた自らを閉じ込める異界に引きこもって、黒い球状の小さな世界になる。
それを見つけた誰かが、それを複製することに成功し、その戦略魔術兵器の実験として異世界にお前の複製体を放って異世界を壊す。
その何例目かは判らないけれど、いつかお前は俺たちの世界を滅ぼす。
そうなるんだってことは、判り切ってる。
もう、何度も繰り返してきたからな。
は、失敗だらけにも程があるぜ、全くよ……。
だから今、お前がお前の世界に引きこもる前に、お前をここで殺さなければいけないんだってことも判り切ってる。
でも、出来ないのが俺なんだ。
「――殺してよ」
無理だ。
「何で殺してくれないの?」
そんなの、簡単な話だよ。
だってさぁ――――お前、さっきからずっと何言ってるか判るか?
俺には、俺にはさ――――
————
「……え?」
そんなやつを、そんなことを言うやつを――――どこのどいつが殺せんだよ!」
「……四方月さん」
「いいか森瀬!お前の過去がどれだけ不幸なのか俺には知らん、知りようが無ぇ!俺には、誰かの都合で創られた
「……っ」
「生まれた瞬間にお前は17歳だったんだろ。お前の過去は誰かの書いた筋書きで、お前を産んで育てた両親なんて
「――っ」
「お前はこの先、兵器として誰かの思惑に都合よく使われる。だから何だ!お前は今、そうじゃない!お前は今、お前として生きてるんだろ!生きて来たんだろ!」
「――――っ」
「何度も自分を殺して、殺して、殺して――その度に強くなって、強くなると誓ってお前はここにいるんだろ!違うのか!?」
違わない、と叫びたかった。
でも嗚咽が邪魔して、うまく喉から言葉が、声が出てはくれなかった。
今もあたしの身体は、迫り来る死を吸収しては反復し、新しい死を複製しては黒い奔流を垂れ流している。誰かが“永焉”だなんて呼んだけど、上手いこと言うなぁなんて思う。
四方月さんの身体から滲み出た黒い匣で出来た黒い刀はあたしの身体に突き刺さったままで。
それを通じて真っ向からぶつけられた四方月さんの想いは、今も尚あたしに呼びかけ、語りかけている。
「何でお前は強くなりたかったんだよ――――思い出せよ、寝てんじゃねぇぞ、いい加減目を覚ましやがれ!」
より一層、強い波動が黒刀を通じてあたしの内側を満たす。
黒い死の奔流に抗うように突き進むその波動は、あたしの魂の奥底に――――そして、あたしを――――
バギンッ――――繋がっていた精神世界が爆ぜて割れた。透明色の硝子が砕けて散ったような輝きを振り撒いて、あたしの意識は現実へと引き戻される。
あたしの身体から放たれた黒い奔流は、今も世界を侵略せんとばら撒かれている。いや、死を探しているんだ。行き場の無い怒りのように、八つ当たりのように誰も彼も死に追いやって、そうやって自ら創り上げた死を回収しようと世界を彷徨う。
「――トーカ!?」
「あれ?私……」
それはやがて過去の死をも覆す。
あたしに刻まれた
だって――世界のありとあらゆる死は、あたしが悪いんだから。
あたしがいなければ、トーカは死ななかったし、実果乃もああやって死ぬことは無かったんだから。
だから、その死はあたしのものだ。
――そうやって自意識過剰な加害妄想を振り撒いて、あたしは死を取り込んで膨れ上がる。
「くそっ、あと一歩なのになぁっ!」
奔流に飲まれないように飛び退いた四方月さんは、相変わらず険しい顔をしている。あたしを、殺そうとしてくれている。
「……リセっ!」
ああ、土師さんの声だ。良かった、気が付いたみたいだ。でも、この状況じゃ気絶していた方がマシだったかもしれないよね。
「――――芽衣ちゃん」
夷。
ごめんね――もう、どうにも出来ない。自分ではどうにも出来ないの。
あたし、君を止めたかった。叱りたかった。あたしの心を無視して勝手なことをしないで、あたしの大切な人を巻き込まないで、って、叱りたかったよ。
きっとあたしなら、君も聞いてくれるかな、なんて――ああ、そうか。そうだ、そうだった。
あたし、そのために強くなりたかったんだった。
すごい魔術士な君をどうにか止めるために、強くなろうって思ってたんだった。
――でも、これじゃ駄目だね。
「“死”なら、
無理だよ、土師さん。だってあたしにもどうすればいいのか、よく分からないんだもん。
「お待たせしましたっ。殿下、無事ですか?」
「遅ぇぞ、クロィズ。全っ然無事じゃねぇよ」
あの人――ああ、常務さん。いつもと格好が違ったから分からなかったよ。
「夷ちゃんっ!」
「先輩っ!」
ああ、天井が崩落して心ちゃんと、あと一人は分からないけど降りてきた。
大丈夫、崩落した天井が潰した観客の死はあたしが奪うから。天井の上の
誰も死なせない。
死は、あたしのものだから。
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