Track.8-36「俺は諦めねぇぞっ!」
急いで霊基配列を組み替え、
そうして出来た不可視の足場に着地した俺は、2メートルほど上空の
「近付けないのは俺だけか?」
左手を突き出す。指先に、凶悪に励起した
「ほう――」
「
「
真下から轟風と電撃の波濤――しかしそれらも
「ケイ!」
「コウ兄、飛んで来たよ!」
風を操る流術
「はぁっ!」
新手はケイだけじゃなかった。空を飛翔する魔術具を履いたクロィズもまた、俺を追って空へとやって来たのだ。
その手に握るのは“魔を排す聖剣”とも言われる軍刀・イゾルキスタ。確かにそれなら、どれだけ強力だろうが
「ふん――多勢に無勢か」
近付く者を逆に遠ざける
「回収はまぁいい、どうせ複製体だ。経過を観れぬのは残念だが、結果が十分であればそれでいい」
「待てっ!」
「待つのはあなただ、殿下っ!」
飛び出そうとした俺の身体を止めたのはクロィズだった。そしてその隙に、
この世界から、いなくなっていく。
「――――さようなら、もう逢うことの無い異界人たちよ」
「待てっつってんだろっ!」
「殿下!」
「放せクロィズ!あいつが、あいつがっ!」
「いけません殿下!脅威はここにあらず、民を導くことを!あなたは、次の公王なのです!」
そして。
世界を陥れた張本人が消えたというのに、眼下の黒い奔流は増大を続け、今や国中を覆い尽くさんとばかりに溢れている。
「――レンカ」
俺は脊髄反射でその名を呟いていた。俺の創った足場に降り立ったケイが駆け寄り、そして三人が揃ったことでクロィズは改めて俺と向かい合う。
「殿下――瞬転の魔術をいただけますか」
「レンカはどこにいる!?」
「安心なさい、彼女は無事です。あなたのことだ、必ずそう言うだろうと使いを出して控えさせております」
それを聞いて安堵した俺に、厳しい口調でクロィズは続ける。
「事態は一刻を争います。殿下、瞬転の魔術を」
「判った――クロィズ、座標を思い浮かべてくれ。レンカがいる所だ、それを汲み取る。ケイ、俺を掴んでろ」
「うん!」
「行くぞ――――
そうして転移した先はあの庭園だ。白亜のベンチに不安そうに腰かけるレンカの目の前に現れた俺たちを見て、レンカは驚きと安堵で涙を溢して抱き着いてきた。
「コウっ!」
「レンカっ――無事で良かった」
「コウも」
「再会の喜びは後にしていただきたい――見なさい、黒き“死”の奔流は迫ってきています」
空を見上げると、雨雲のように覆い尽くした一面の黒色から泥のように落ちた
まるで一瞬で経年劣化が進んだかのように風化し、どしゃりと崩れたのだ。その中にいる人もまた、一瞬で白骨化した。
「これはもう――」
「言うな、クロィズ」
「……失礼。では急ぎましょう」
クロィズに先導され、王城中央の時計台を地下へと進む。
黒い泥は空から降ってくる。あれがどういう性質を持つどんな物体かは解らないが、空から降ってくる以上は地下を進んだ方がまだ安全だろう。
それに時計台はこの国の象徴たる機構だ。地下には王家に伝わる秘宝が眠り、次の公王である俺はそれを死守しなければならない。
「……親父は、」
「今聞きますか?」
「いや、いい――――」
俺に避難誘導の指示が出なかったのは、つまりそういうことだ。
「――殿下」
「何だ」
「私は殿下に従うことが出来て幸せでした」
「ふざけんなっ!」
泥は地下深くにまで浸透していた。それが触れたものは片っ端から死んでいた。
壁も、階段も、天井も、人も。
「俺は諦めねぇぞっ!お前らもだよな、レンカ、ケイっ!?」
「私も、諦めたくありません」
「僕もだよっ」
「なら多数決で決まりだな、クロィズ、お前も諦めんな」
「はは――頼もしい限りです」
それぞれが術を展開してどうにか泥を押しのけ、俺たちは最下層の宝物庫へと辿り着いた。
入ると同時に扉を閉め、魔術で以て防壁を張る。泥は魔術にも死を齎すけれど、魔術は幾分か死に難い。少しの差だけれど時間は稼げる。
「これは――」
「これが、
「王家に伝わる秘宝――」
俺たち三人は自らを忘れてそれを見詰めていた。公王の息子、つまりは王子であるというのに俺はその秘宝のことを知らなかった。無理も無い、本来ならばそれは、公王となった時に初めて明かされるものだからだ。
「殿下っ!泥が――」
「くそっ!」
黒い泥が魔術の防壁を破り、壁を溶かして侵食してくる。
包囲された俺たちに逃げ場は無い――しかし俺は、思いついてしまった。
ああ、きっと――俺はこの日のために、
「――お前ら、どうせ死ぬんだったら全賭けするよなっ!」
「コウ、どうするの!?」
「時間が欲しい、1分でいい!死ぬ気で――泥を押し退けろ!」
ケイが様々な術を矢継ぎ早に繰り出して迫りくる泥を阻む。
クロィズもまた、イゾルキスタで振るう斬術で泥を斬り刻んで侵攻速度を緩める。
「ごめんね、私だけ……役立たずで」
「そんなことは無い。お前がいなきゃ、とっくに諦めてる」
レンカは俺の傍にいた。
必死で演算し霊基配列を組み替える俺の身体に抱き着き、抱き締めてくれた。
「――まだですかっ!」
「もはや、限界も近いっ!」
「うるせぇ!待たせたな、行くぞっ!」
四方と八方とを区分する
「レンカ――離れるなよ」
「――うんっ」
切り取られた空間だけに光が満ちて、切り離された俺たちを包む隔絶は極彩色の渦となる。
「置いてかれんなよ――――
そして俺たち四人は――――奇跡的に、
その日、俺たちの世界は滅びた。
俺は17歳で、レンカも17歳で、ケイはまだ12歳で、クロィズは34歳だった。
俺たちには、未来があった筈だった。
それを、あの白い法衣の人物が「実験」と称して放った黒い“死”の奔流に奪われた。
そう。
この日だ。
この日、始まったんだ。
俺たち四人、
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