Track.8-31「あたしのものだ」
何で?
おかしいじゃん――だって、あたし、死んでもいいんだ。
殺されたって、殺した相手を殺し返して、そして、あたしは生き返る。
知ってるはずだよね?
何で?
何で……あたしのこと、助けたの?
馬鹿だよ。
何で――――こんな、――――
あたしが死ねばよかった。
死ぬべきなのは、あたしのはずだったんだ。
いつだって。いつだって。
死ぬべきなのは、あたしだった。
だからこの死は――――
————あたしのものだ。
◆
「何、これ――」
素っ頓狂な表情で素っ頓狂な声を上げた夷は、今しがた航を穿って自らの傍に舞い戻ったその
航の死により芽衣が戦意を失ったことで、すでに
眺める先の膨張した肉の塊のようなソレを、夷は理解できずにいた。
「だって――おかしい、おかしいよ」
そもそも。
後は手際よく夷ら襲撃者が身を退けば脅威は取り除かれ、芽衣たち警護員は勝利を手にした筈だ。
どこにも、魔女が誕生しなければならない理由は微塵もない。
「何で?わたし、何で?――こんな
突如込み上げてきた激痛を伴う嘔吐感に顔を歪めて落下した夷は、センターステージに墜落すると同時に赤黒く灼けた泥を吐き出した。
(何で?どうして?“阿摩羅識”と
“阿摩羅識”に認められる前の夷は、一度
対象に及んでいる異常な状態を全て排除する
しかし“阿摩羅識”に認められることで“無限”をも得た彼女は、恒常的に
だからこそ彼女は驚嘆し、困惑した。今の彼女に、
しかしその疑問はすぐに晴れることになる――吐いた泥が、ヒトの形を取って蠢いたからだ。
「――――素晴らしい」
降りてきた肉色の
「新たな世界を拓くのに相応しい鍵だ」
「――――お前か」
思い返せば。いくつも不自然な点はあった。
例えば、
そう――おかしいのだ。
何度も何度も、夷は永遠を望んでいた。17周目にあたるこの周回を最後だと決めていたにも関わらず。
確かに本心では、宿願が成就されるまでずっと繰り返したい葛藤はあった。しかしそれはあくまで、理想が実現されるまでの話だ。
まるで自分が、理想を棄てて永遠を望んでいたように――
そもそも。
何度も書き変わっていた
「ええ、そうです――私ですよ」
「あの術を体験したあの時から、ずっと心を奪われていました――」
あの術とは言わずもがな、夷が咲の霊基配列を改造して創り上げた異術
夷は彼が保有する百を超える異界欲しさに襲撃し、彼を異界ごとその術で以て殺し切ったと思い込んでいたのだ。
「――ありがとう、脆弱な魔術士。夢を見せていただけるという点では、確かにあなたは
「
「ほう、ほう――随分と誇りを持っていらっしゃる。しかしその誇り高き幻術とやらで、あなたは一体何が出来たのでしょうか」
「じゃあもう一度味わわせてやるよ――――え」
そこで漸く、夷は気付いた。
無いのだ。
契約通り確かに
「お前、まさか――――」
「ええ、ええ――誠に素晴らしい力です。本当にありがとう、ミス・ワタヌキ。お礼と言っては何ですが……あなたを、私の至高で究極の芸術の一部にして差し上げましょう。いえいえ、礼には及びません。礼をするのはこちらですし、芸術のテーマはあなたもきっと気に入るはずですから!」
「――――ふざけてんなよ、返せよ……“阿摩羅”を返せ……っ」
「もう――私のものですから」
倒れ伏したまま白いスーツ姿の魔女を仰ぎ睨む夷の身体に力は入らない。当然だ、
そして頼りの綱だった“阿摩羅識”を奪われたショックもまた大きかった。性分から強気な言葉を吐くも、その胸中にはすでに絶望が広がりつつあった。
こんな最後なんか認めてんなよ――という渇望と。
でもどうしようも無いことくらい解ってる――という慟哭で。
痛みすら感じないほど、四月朔日夷は参っていた。
「――御覧なさい」
促され、夷は花道を細めた目で見詰めた。
項垂れた芽衣もまた、航の遺体を弱弱しく見詰めている。
「――何、あれ」
微弱と言うには
「私たちの望んだ、永焉の始まりです――」
そして。
「――――だからこの死は――――あたしのものだ」
芽衣がそう呟いた瞬間。
航の胸に空いた空洞から、黒い蜉蝣の群れが舞い上がり、宙をぐるりと旋回しては、芽衣の身体に殺到した。
「知らない――――あんなの、わたし、――――」
「本当にそうでしょうか?だとするなら、勉強不足も甚だしい――――ラテン語の特性を、よぅく理解しておくといいですよ。あの言語は少しばかり特殊で、語順を入れ替えると全く変わった意味になることがあるのです」
「語順?」
「ええ――――
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