Track.7-43「……ごめんな」
「私が知り得る限りでは、彼女がロンドンに渡ったって記録は無いけど?」
「……マジすっか」
「知り合い?」
「小学生の時、少しだけ」
「へぇ――――」
5年振りの再会だって言うのに、感慨めいたものがあまり出てきてくれなくて困った――何をどう困ったのか、と問われると、答えづらいんだけど。まぁ気持ちの問題だ。
正直、彼女は変貌していた。豊かな黒髪は真っ白になっていたし、そしてすごく美人になっていた。身体は痩せすぎどころか枯れ細っていたけれど、あの頃オレが惹かれていた神秘性は濃度を深めてそこにあったままだった。
「
「本当に知り合いなのね――運命かしら」
「それで?オレにこいつを会わせてどうすんの?」
「彼女、来年の4月が来る迄には死んでしまうのよ」
「は?」
聞かされたのは、四月朔日夷の身体に巣食う
四月朔日という幻術士の一族に生まれ、なまじ祖父・四月朔日
幻術士の特性から生まれつき
何とも悲劇的な人生だけど――やはり、あまり感慨は湧かなかった。
「ちなみに、君、彼女の中身って視れる?」
「中身?――――ちょっと待って下さい」
言わんとしていることは何となく解った。だから俺は
「……二つ」
「そう、二つ。霊基配列があるのが分かるでしょ?」
「脊髄に、重なるように二つ――合ってますか?」
おそらく座標としては完全に一致している。でもそれは異なる二つのものだから、オレの目にはぼんやりと滲むように視えている。
一致する別の霊基配列のうち、片方はもうすぐ誰かに移植されるらしい。その対象者はまだこの病院には来ておらず、週明けには救急搬送という形で運び込まれるのだとか。
そしてオレは、彼女と、その移植の対象者との橋渡しをする役目にあるのだそうだ。それが済んで彼女が消失した後は、その対象者を鍛える立場になるのだとか。
未来が決まっている、というのはとても気持ちが悪かった。でも常盤さん曰く、そうしなければ進まない世界なのだそうだ。それを、12周目と13周目を費やして理解したオレは、14周目を無駄にして15周目で漸くアイツをあの百合の丘まで連れてくることが出来た。
もうご存じだろう。四月朔日夷の二つ目の霊基配列を移植されたのは、森瀬芽衣だ。
オーディション最中の、自分に自身が無いからこそ何にでも一生懸命に当たる、彼女のひたむきな笑顔はもう無くて――というより、彼女は一切もう笑うことが出来なくなっていて。
そして時折
「……白い魔女って誰?」
「白い魔女は、白い魔女……」
「どうやって殺したんだ?」
「……殺されて、だから、殺し返した」
「安芸、お願いがあるの――友達の正しい殴り方を教えて」
——――そんなの、オレが一番知りたいくらいだ。
「何で野球のボール?」
「殴るフォームはさ、とりあえずキャッチボールから始めた方が解りやすいから」
病院裏の運動公園は軽い修行には絶好のポイントだった。
少しずつ距離を離しながらキャッチボールを続け、身体全体を使ってボールを放り投げる感覚が身についたら、ボールを取り上げた。
「何も腕だけ使ってボールを投げているわけじゃない、ってのは解ったろ?」
「うん――――多分」
「そしたらその
足を踏み込み、蹴り足から軸足へと重心が移ることによるエネルギーを、腰の捻り・胸の捻り・肩の捻り・肘と手首の捻り――それらの関節が行う回転運動によって加速させる。
打撃と投擲の違いはあれど、基本的な身体の使い方というのはどの運動も
オレが知っている空手の基礎を叩き込むのは、その基本が身に沁みついてからだ。
「最近、めっきり会えなくなったね」
「……そうだな」
この日は逆に、オレが実果乃の家に上がり込んでいた。というのも、この15周目は暁の死にオレが落ち込む間が無かったせいか、実果乃が心を病んで学校を休んでしまっていた。
しかしオレが森瀬の修行にほぼつきっきりになってからは、こうして実果乃を案じて会いに来るってことも少なくなり、実果乃は増々心の病みを拡げていった。
「言わなかったっけ?オレ、今弟子がいてさ」
「弟子って?空手の?」
「うん、まぁそんなとこ」
「……男の子?」
「いや?女の子」
「……そっちのが、傷つくな」
「何で」
「だって……」
「お前も知ってる奴だよ」
「え?」
「森瀬芽衣」
その日は、もう実果乃とキスをすることも無かった。
結局オレたちは互いに疎遠になり、メッセージアプリでの遣り取りですらいつの間にか未読となった。
でも一度だけ、オレたちが共に登校をして顔を合わせたことがある。オレは休学届を出すためで、実果乃は実に3週間振りの登校だった。
もう季節は葉桜を迎えていて、オレたちはもう級友では無かったけれど、つるむ誰かのいないオレたち同士だった。
「ねえ」
「――何」
「何で
「何でって……偶々だよ。偶々あいつが、オレに、強くなりたいって言ってきたから」
「何で私じゃ駄目なの?いつも、何で、私じゃなくて
「知らねーけど……そういうとこなんじゃねえの?」
「っ!!」
実果乃は手を振り翳した。その手にはペンが握られていて、尖った先端はオレに向けて振り下ろされようとしていた。
15周目は、どうしても彼女に手を上げることが出来ないオレの弱さのせいで閉じた。ペンはオレの右目を貫通しておそらく脳に達しただろうけど、激しい痛みと衝撃で叫びあげる前に意識を手放した。そうさせたのはオレなんだから、一度くらいはそうさせてあげるべきだと思ったし、そうなったこと自体に後悔なんて無かった。
でも16周目も結局は同じ
違う。
違う。
違う。
「っ!?」
振り下ろされたその腕を、内側から開くようにして左手で払いながら手首を取った。
当然、身体は密着して眼下に愛しい人の泣き顔があった。
違う。
違う――――オレは、お前が好きなんだ。
「ん――――っ」
「――――、……ごめんな」
最後に奪った唇はひどくがさがさとしていて。
尖った角質の棘が、とてもとても痛かった。
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